第2話

 家に戻ると、ヒロちゃんはスマホを見つめていた。

 その表情は影を落としていて、私たちが帰ってきたことにも気づかない。


「ヒロちゃん?」

「……おお。おかえり」

「どうしたの?」


 ぽりぽりと頬を掻いて、呟くように小さな声が返ってくる。


「学年一の美少女に告白された」

「またまた~。ヒロちゃん、冗談は言わなくていいよ」

「……いや、本当なんだけど」


 それにしては暗くない?

 ヒロちゃんなら浮かれて自慢しそうなのに。


「よく話はしてたけど、まさか本気で告白されるとは思わなかった」

「付き合わないの?」

「断った」

「えー、もったいない!」


 高額の宝くじを当てたようなものなのに!


「何で断ったの?」


 濡れた髪をタオルで拭く。背後では同じように光が髪を乾かしていた。


「……」


 じっと私の顔を見つめたヒロちゃんは、嫌そうにため息を吐いた。


「……あり得ないわ」

「え? 何が?」


 タオルを奪われて、ぐしゃぐしゃと髪を拭かれた。


「風邪ひくなよ、ガキ」


「少し寝る」と言って、ヒロちゃんは居間から出ていった。光はその後ろ姿を見つめ、眉を寄せている。

 二人とも変なの。


 それからあっという間に、お盆はやってきて、集まれる親戚たちがあちこちからやって来た。


「二人とも明日帰っちゃうんだね」


 大人たちは宴会で盛り上がっていて、私たちは縁側の近くで手持ち花火をしている。


「来年も遊ぼうね。ヒロちゃんは暇だよね?」

「決めつけんな。……来年はゆっくり来られないかも」

「なんで!?」

「隠してた定期考査が見つかって、来年は塾通いだってさっき言われた」


 肩を落としているけど、それはヒロちゃんのせいだよ。

 トイレに行くと言って光がいなくなると、線香花火を見つめながらヒロちゃんは口を開いた。

 その表情は珍しく真面目で、名前を呼ばれただけで身構えてしまう。


「千鳥」

「なに?」

「俺……。お前が世界で一番可愛く見えるんだけど」

「……へ?」


 ぽとりと、線香花火の火玉が落ちた。


「なんでこんなガキって思うのに、めちゃくちゃ可愛い子がいてもお前のほうがってなる」

「そんなの変だよ、ヒロちゃん」

「……そういう反応されるのは分かってたけど」


 花火をバケツに投げ捨て、ヒロちゃんは頭を掻いた。


「もうなかなか会うこともないだろうし、伝えておこうかなってな。でも、もし千鳥がいいっていうなら」


 ヒロちゃんが未来を口にしようとした瞬間、冷たい声に遮られた。


「駄目よ」


 家のほうを振り向けば、ヒロちゃんのお母さんが立っていた。まるで能面のような表情で、ぞわりと寒気がした。


「あなたたちはいとこなのよ。そんなの認められないわ」


 ヒロちゃんはムッと眉を寄せた。

 伯母さんの正面に立ち、言い返す。


「いとこは婚姻も認められてるはずだけど?」

「そうだとしても、汚らわしい。親戚同士でそんな話、聞きたくもないわ」


 空気がひりつく。

 いつもなら、こんなに感情的にならない伯母さんなのに……まるで見つけてはいけない地雷に触れたよう。

 ヒロちゃんも私も何も言えなくなる。


 そんな気まずさを壊したのは、トイレから戻ってきた光だった。


「どうしたの? 何かあった?」


 伯母さんは表情を緩め、いつもの声色に戻る。

 それが酷く恐ろしいものに見えた。


何もなかった・・・・・・わ。そうよね、ヒロキ?」


 ヒロちゃんは言葉を飲み込み、静かに頷いていた。

 これ以降、ヒロちゃんがこの話に触れることは二度となかった。


 *   *   *


 ヒロちゃんが欠けて、翌年の夏休みは光と二人でだらだらと過ごした。

「ちょっと寂しいね」なんて言いながら、一年前の出来事を光には話せずに過ごした。お盆になってもヒロちゃんは来なくて、伯母さんだけがいつも通り顔を出していた。


「千鳥ちゃんと光くんも異性だし、そんなに一緒にいて楽しくないんじゃない?」


 不意にそう聞かれて、なんでそんなことを言うのかと思った。

 光といるのは、性別なんて関係なく楽しい。


「別に。店の手伝いもしてるし、遊んでばかりじゃないよ」


 光が答えた。


「千鳥は遊んでばっかりだけど、俺は宿題も多いし、暇じゃないんだよね」


 よく言うもんだ。

 昨日は一日かけてカブトムシを探していたというのに。


「……そう。来年はもう中学生だし、二人も遊ぶことがなくなるわね」


 伯母さんは意地悪だと思った。

 事実だけど、そう願っているように聞こえたから。


 私たちが成長するほど、変なことを言わないで欲しかった。


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