第5話 佐久くんのウワサ
週が変わって、月曜日。新しいクラスにも少しずつ慣れてきた。
新しいクラスで友達もできた。森さんという子だ。森さんと同じクラスになったのは、はじめてだった。女子バレー部で、背が高い。長い髪をポニーテールにして、凛としてかっこいい感じ。出席番号が近いから話すようになったのがきっかけだった。
「いとちゃんって手芸部だったよね? 誰か入ってきた? 一年生」
給食を食べながら、森さんがちょっとハスキーな声でそうたずねてきた。
「えっと、一年生は入ってこなかったけど、二年生の男子がひとり入ってきたよ」
「あ、そうなんだ。よかったねえ」
わたしはうなずきながら、パンをもぐもぐ食べた。いちごジャムパンがおいしい。
「うん、良かった。まあ、製菓部との兼部で出られない日もあるらしいけど……」
「へえ……ん? ん? 製菓部の男子って……佐久一吾くん?」
森さんがパンを食べる手を止める。
「そうだよ。森さん知ってるの?」
「その子、めっちゃかわいいって有名な子じゃん!! かわいい弟キャラって言われて、密かに話題になったり、取り巻きできたりしてたんだよ!」
森さんはテンション高めに話し出した。
「あ……たしかに取り巻きの子がいたような気がするね」
「一吾くんのこと全然知らないの?」
ぎょっとする森さんに、わたしは戸惑う。
「うん、最近はじめて知ったばかりかな」
「えー、にぶいなー。手芸にしか興味ないんだ」
「う……そ、そうだね」
まさにそのとおりだ。わたしはちょっとへこんだ。そのあと飲んだ牛乳は、味がしなかった。そのあとの話はあまり記憶にない。
放課後、部活の時間がきた。わたしが一番乗りだった。
下田くんは、検定試験で今日は来れないと聞いた。上野さんはもうすぐ来るだろう。佐久くんはおそらく製菓部の活動か、同じく検定試験中だろうかまだ来ていない。わ、わからない……連絡先知らなくてたずねられない。
と、手芸道具を並べながら考えていたら、顧問の百道先生が来た。様子を見に来てくれたのかな。
「お、今日も早いね。上野さんと下田くんはいないのかな」
白髪交じりの百道先生は、やさしくそう語りかけてきた。
「上野さんはもうすぐ来ると思います。下田くんは検定試験で遅くなるみたいです」
わたしはテーブルに刺繍道具をきちんと並べつつ答える。
「そっか、そうだったね。――ところで麦田さん。手芸部の存続が決まったよ。正直、自分としては嬉しいしほっとしたよ」
いつもなら、飛び上がるほどのとっても嬉しい知らせ。でも、今日のわたしの気分はちょっと違った。
「あ、そうですね。二年生の佐久一吾くんが入部してくれました。……でも、ちょっと怒らせてしまったんです……。余計な気遣いや、心配をしてしまったから……」
「……なにがあったんだい?」
しゅんとしたわたしに、百道先生は目を丸くしてたずねる。
「えっと、わたし、廃部がかわいそうだから、入部しようとしてないか、って言ったんで す。……そしたら、考えすぎです、ぼくがそういう人間に見えたんですか、って言われて。そのときハッとさせられました。いやな気持ちにさせてしまって……。ちょっと会うのが気まずくて」
うつむくわたしに、百道先生は腕を組んでつぶやいた。
「一吾くんはちょっと誤解されやすいんだよね」
「え?」
わたしは思わず顔を上げた。
誤解されやすい……? 意外だった。佐久くんは、素直な感じがするし......。
「麦田さん。いやな思いさせちゃったな、と自分をせめる必要はないよ」
「……はい」
わたしはこくりとうなずいた。
「じゃあ、また様子見に来るね。何かあったらまた言ってね」
百道先生は、職員室へ戻っていった。
言葉って、会話ってむずかしい。
傷つくこともあるけれど、相手を知らず知らずのうちに傷つけることもある。
……どっちの立場も、それぞれのしんどさがあるな。
わたしは心からそう思った。
「お疲れ様です、部長!」
上野さんが元気よく手芸部室にやってきた。両手にはたくさんの手提げ袋を持っている。ビーズ用品だろう。
「あ、上野さんお疲れ様。……あのね、手芸部の存続が決まったよ」
「嬉しい!」
上野さんはかばんや袋を置いて、小躍りするようなスキップを披露した。……と思ったら、突然ぴたりと足を止めた。
「……新入部員、佐久くんしかいない感じですか?」
「今のところそうみたい」
「そうですか……」
わたしが答えると、上野さんは腕を組み考え込んだ。そのとき、メガネが鈍く光っているようにみえた。
「あの、佐久一吾くんのウワサ、きいたことありますか?」
「ん?」わたしは首をかしげる。
「わたしは佐久くんと同じクラスになったことはないです。でも、小さくてかわいいって有名です。……うちの学年……一部の生徒が、佐久くんは女好きだから、モテたいからが理由で女子の多い部活やグループに入ろうとしてる……みたいな話です」
「えっ……」
わたしは戸惑っていると、上野さんは付け加えた。
「わたしも、ハンカチ拾ってくれたお礼とか言って、部長に近づいてお菓子を配って、モテたいだけなのかも……という考えが頭に一瞬、よぎっちゃって────」
「でも、ちがったよね」
即座に否定したのは、わたしだった。いつになくきっぱりと答えていた自分に、自分で内心驚き硬直した。
「部長?」上野さんもちょっとびっくりしているようだった。
「佐久くん、手芸のことも、手芸部のことも好きって強く言ってくれた。そこに嘘はない気がする。実際、ほんとに楽しそうに手芸してたし……! あれは心から楽しんでたよね」
「......」
風の音がさあっ、と聞こえるほどの静寂。カーテンがふわっとなびいた。そのとき、黒い上野さんの髪も風に揺られている。
「......あ、え、えっと――」
黙り込む上野さんを見て焦るわたし。
「そうですね、部長」
上野さんは強くうなずく。
「確かにあの態度に嘘は無さそう。……佐久一吾くん、正直全部は信じ切れないけど……部長が言うなら、信じることにします」
上野さんはメガネをくいっとかけなおした。
「上野さん……」わたしは思わず目頭が熱くなった。
「さてと、はじめますか。ビーズリングを今日も作ろうかしら、っと」
上野さんはささっと道具を並べる。「今日はですね、部長。ミルキーカラーリングを作ってみたんです! ほらこれ」
上野さんは透明なケースからやさしいミルキーカラーの、指輪を見せてくれた。
「えっ、かわいいね!」
「ふふ、そうでしょ? こういう色も春らしくていいかなって。形もこだわってるんです、このうねうねした形に星のビーズを通してるんですよ」
「うんうん!」わたしが頷くと、上野さんはほがらかに笑った。
――今日は、ふたりだけの部活だった。吹奏楽部の楽器の音が、遠くから聞こえていた。開けた窓から、心地よい風が入ってきた。
翌日。わたしは教室に入ると、席に座っていた森さんに、「おはよー」と声をかけた。なんだかしおしおしているような.....。
「いとちゃん! あのさ!」と、森さんは相変わらずハスキーな声で切り出した。
「も、森さん? どうしたの?」
おどろくわたしの瞳を、森さんを見つめる。そしてこう続ける。
「あたし、なんでもズケズケ、ズバズバ言っちゃうとこあってさ......。な、なんかの言葉で、傷つけたら、ごめん!」
えっ。森さん、わたしがへこんだこと、気付いてたの……?
「そんな......。心配しなくて大丈夫だよ」
と、わたしは否定すると、森さんはほっと胸をなでおろした。
「そう? よかったあー! これからもよろしくね、いとちゃんー!」目を細めてにっこりと森さんは笑った。
「うん、よろしくね!」
わたしは微笑むと、自分の席に座って、かばんから教科書を出す。
—―わたしは自分が情けなくなった。
森さんは、親しみをこめて本音を言った。そして本音で謝ってくれた。
なのにわたしは――その場に合わせて、取り繕ってばかり。本当はちょっとへこんでたのに「心配しなくて大丈夫だよ」とか否定した。たしかに波風は立てていないし、平和におさまる。でも、相手が本音を言ったのにこっちは言ってないって、なにかちょっと違う。
その時、ハッとした。佐久くん、ほんとうは――。
ハンドメイドとストロベリー 蝶鮫 @kurobee
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