第4話 考えすぎな部長(わたし)
「すみません、聞こえてしまって......仮入部したいんですけど、もうだめですか.....? 製菓部の活動がいそがしくてなかなか来れなくて......」
佐久くんはうるうると不安そうな目で尋ねる。
「え、あ、いいっすよ」
「......! どうぞ、佐久くん、ここ座って!」
上野さんと下田くんは、サッと椅子を用意した。
「あ、ふたりともありがとうです。麦田先輩、なにか、初心者におすすめな手芸とか、ありますか?」
背の低い佐久くんは、上目遣いでわたしの方をみて尋ねた。
「……えっと……!」わたしは目をこすりつつ、自分の刺繍バッグから刺繍道具を取り出す。
「刺しゅうとか、楽しいよ」
佐久くんは 刺しゅう糸を見て、丸い目をきらきらと輝かせた。「わぁ......きれいな色ですね!なんかツヤツヤしてる」
「あ......わかる? このメーカーの刺繍糸、光沢感あるし、カラーバリエーションも豊富なんだよね」
私が微笑むと、佐久くんもふふ、と笑った。
「はいっ、このパステルカラーがかわいいですっ」
「わたしもそう思う! 春だから色んなお花のかわいい刺しゅうしたくなるんだ。桜とか......!」
「そうなんですね! 刺しゅうって難しそうですけど上手ですね......」
「ううん、そうかもしれないけど、簡単なステッチもあるよ。あとコツコツやっていけば必ず完成するし。実際、この本とか、わかりやすいよ。あと……」
わたしは饒舌になっていることに気づき、反省した。
「あ、わたしばっかり、しゃべりすぎちゃったね」
「えっ? いやいや、いいですよ」
「そうかな……ありがとう。じゃあ、この……桜の花びら一枚をバックステッチで縫う、ってどう? 下絵はわたしが描くよ。佐久くんの好きな色で」
わたしは下絵を軽く描いたフェルト布をわたし、刺しゅう糸セットを見せる。
「いいんですか? ……じゃあ、そうですねっ、この薄い色がいいです」
「あ、かわいいね、その色。まさに桜色だ!じゃあ、縫ってみようか」
「はい! 麦田先輩、お手本とかやりかたを教えてくださいっ」
「うん。バックステッチは、小学校の家庭科で習う本返し縫いみたいなものなんだ。あの要領でやればいいよ!」
わたしは手本と称して、バックステッチを披露する。ちくちくとひと針ひと針、縫っていく。
「やっぱ先輩うまいわね」「そっすね。図案をきれいになぞってる」上野さんは、見とれるようにつぶやき、下田くんも頷いた。
「ありがとう、ふたりとも。――じゃあ、佐久くん、やってみて!」
「……えーと……こうですか?」
佐久くんは、わたしのお手本をチラチラ見ながら、見様見真似で縫っていた。ちょっと、小さい子どもみたいでかわいらしい。その出来は—―
「えっ。佐久くん、上手だね。丁寧だし」わたしは目を見開いた。
「そうですか? えへへ」
佐久くんはそうはにかみながら、手を動かしていく。
「確かに飲み込みはやいわね」「うらやましいっす」大きい机の向かいにいるふたりもつぶやく。
ちくちくと縫う佐久くんを見守りながら、完成を待った。
桜の花びら一枚の刺しゅうを、佐久くんは丁寧にしあげた。
「で、できました……!」
「うん! おめでとう。すごいよ、佐久くん!」わたしがそういうと、上野さんと下田くんはパチパチ、と拍手した。
佐久くんは顔をほころばせた。「刺しゅう楽しいですね!」
「そうだね、刺しゅうは楽しいし、やってて落ち着くんだよね。――っと、縫い終わりはね、こうやって糸始末をして――」
わたしは裏の糸に糸端を何回かくぐらせる。佐久くんもすぐに習得していた。
「そのフェルト、切り取って裏に両面テープとかボンド塗って簡易ワッペンとかシールにもできるよ」
「……そうなんですね……先輩、ありがとうございますっ」えへへと笑う佐久くんを、わたしは目を細めて見た。すると、佐久くんはなにかを決心した顔をしていた。少し凛々しい顔だった。
「あの、みなさん。手芸部は週に四日、活動があるんですよね? 製菓部は二日しかなくて。だからかけもちで入部したいんですっ」
「わ、いいの? 佐久くん! 歓迎するわ!」上野さんはすかさず招き入れる。下田くんも
うんうん、と頷く。
でも、わたしにはひとつの不安があった。
「無理してない? あの、廃部がかわいそうだからって……」
すると、佐久くんはムッとした表情で、こちらを見た。佐久くんとの関わりはないけど、こんな表情するんだ、と一瞬身じろぐ。突然頬を膨らませた。かわいい顔なのに、ちょっとこわい。
「もう! あの、会って間もないぼくがいうのもあれですけど、先輩、それって、考えすぎですよっ!」
鈴のような、可愛い声。だけど、怒りがこもっていた。
「ちょ、佐久くん――」声をあげようとした下田くんを、上野さんはしずかに止めていた。
「過度な心配や考え事なんて、ぼくにとって、ふ、不要なんですっ! 手芸部の廃部がかわいそうだから、無理して入ってあげる? ぼくってそんなやつに見えてたんですか?!」
「……う、それは」
「ぼくが心から入りたいって言ってるんですっ。三人とも楽しそうで、ほのぼのしてて、やさしくて。こんなところで、手芸ができたら素敵だなと思ったから! ……だから、ぼくは手芸部に入りたかったんですっ!」
……佐久くんは少し息を切らしていた。
そして急にハッとしたかと思えば、
「......い、言いすぎました。ごめんなさい───」
バツの悪そうな顔をした。しゅんとして目を伏せる。
「あ、あの、佐久くん。本音ぶつけてくれて、ありがとうね。その、嬉しかったよ」
「あ........」
「来週から、よろしくね」
「は、はい……そうですね。皆さんお 疲れ様でした」
そそくさと佐久くんは去っていった。
数秒の沈黙。
「嵐が去ったような...感じっすね」下田くんは目を丸くしていた。
「部長......大丈夫ですか?」上田さんも心配そうに尋ねた。
「う、うん.....。ちょっとびっくりしたけど、なんだか.....目からウロコだったよ。新発見というか」
その言葉に上田さんは強くうなずいていた。
と、その時門限を知らせるチャイムが鳴り響く。
「来週も、よろしくね」
「お疲れ様でした」
今週の部活は終了。わたし達は手を振り別れたのだった。
帰り道に、運動部の男子達が目の前を通り過ぎる。
「今年の新入部員多かったなー。まさか20人も入るなんて...」
「すげー。俺のところは、今んとこ10人。これから増えるといいなー」
……
いいな、と思う反面。
手芸部にそんな人数が入部したら、部の雰囲気もガラリと変わるだろうな、と考えた。ていうからそもそもそんなに、増えないけどね───。
────考えすぎですよっ、先輩!
わたしはさっき佐久くんに言われた言葉を思い出して、我に返った。
佐久くんの言葉は、わたしに喝を入れて、はっと目を覚まさせてくれる。
────そして、この言葉はやがて大切なお守りになることをその時のわたしは知らなかった。
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