第28話 幸せの形


 実家に泊まった翌朝、俺と皐月さんと母さんで、父さんの墓参りに行った。

 墓石に水をかけると、石の色が濃く変わる。花と線香を供え、三人並んで手を合わせた。


「これ、片付けてきますね」


 皐月さんは水桶を持ち上げ、颯爽と片付けに行ってしまった。久しぶりに母と二人きりになり、少しだけ気まずい沈黙が流れる。


「仕事は?頑張ってる?」


「うん。大変だけど、楽しいよ」


「そっか。あんたにはたくさん頑張らせちゃったからね……楽しくやってるならよかったわ」


「……俺、保育士の採用試験受ける時みんなに東京で就職しろって言われたの、ちょっとだけ寂しかったんだ」


 ぽつりと溢した小さな声に、母は小さく息を呑んだ。



 まだ、短大に通っていた頃の話。

 食後の居間でテレビを見ながら、母と就職の話をしていた時のことだ。


『保育士の採用試験?もちろん群馬でするよ。できれば家から通える範囲がいいし……』


『何言ってるのよ、東京の方がお給料もいいし、働き口もたくさんあるでしょ』

 

『兄貴家出ねえの?俺そろそろ一人部屋がいいんだけど』


『もうみんな大きくなったし、お兄がいなくてもちゃんとやってけるから大丈夫だよ』


『で、でも春太も一年生になったばっかだし……』


『大丈夫だよ、あんたは心配しなくていいから』


『僕、もう一年生だから大丈夫だよ!お兄ちゃんいなくても、平気!』


『そっ、か……』


 本当は、群馬で就職するつもりだった。

 でも、みんな俺がいなくても平気そうで。

 それがほんの少しだけ、尾を引いていた。




「あんた、昔から手がかかんなくて、本当にいい子だった。だから、もう家から出してやらなきゃ、このままずーっと家族のために生きていきそうで。だから、みんなで話し合ってそう決めたのよ」


「……そっか」

 

 父が眠る墓石の前で、母は目を伏せて微笑んだ。


「皐月さんも、いい人だね。最初は初対面で同居って聞いて驚いたけど」


「うん……優しい人だよ」


 いつか。

 皐月さんのことを、パートナーとして紹介する日が来るだろうか。


 ずっとこの人の隣で人生を歩んでいくと、決意するのだろうか。

 

 薄い雲が流れる空を見上げると、風がざぁっ、と木々の間を通り過ぎていく。

 俺の中の躊躇いを、巻き上げるように。


「桃園家はね、代々大家族なの」


「え?ああ、父さんも五人兄弟だっけ」


「だからさ、どこにいても何をしてても、真っ当に生きてりゃそれでいいのよ」


 カラッとした、爽やかな梅雨明けみたいな笑顔で、母は俺の肩を軽くぽん、と叩いた。

 心の内側を見透かされたような気がして思わずたじろいだが、小さく頷いて返事を返した。


「父さん、また来るよ」


 父が生きていればなんて言っただろう。

 豪胆な人だったから、「嫁じゃなくて婿か!まあいいか!環くんは飲めるのか!?」なんて言って、二人でお酒を飲むのかもしれない。


 そうだったら、嬉しいな。


♢♢♢


「じゃあ、また。次は正月かな」


「お世話になりました」


 昼過ぎに、俺たちは実家を後にした。


「またねー」

 

「また遊ぼうねー」


 小学生達は随分と皐月さんに懐いたようだ。ハイタッチをして別れを惜しんでいる。 

 最後に、久しぶりに春太を抱っこした。


「春太、重たくなったなぁ」


「……」


 ずしりと感じる重みと、温かい体。

 春太の小さな手がぎゅっと首に回されると、小さく鼻を啜る音が耳元で聞こえた。


 杏が意地悪な笑みを浮かべて、春太の顔を横から覗き込む。


「あーあ、泣いちゃった」


「泣いてない!」


 涙を目に浮かべて精一杯強がる弟が可愛くて、口元がにやけてしまう。

 春太を降ろして、頭をくしゃりと撫でた。

 

「また正月にな」

 

 春太は小さく頷き、杏の後ろに隠れて手を振った。


 車に乗り込む直前、凛に手招きをされて庭へと連れ出された。

 そして俺の耳元で「皐月さんに下巻貸したんでしょ?」と言った。


「はっ!?そ、そうだお前!あんなもん皐月さんに貸すなよ!!」


「上巻は純愛だからRシーンはないよ。上巻が面白くて、共感できて、もしも続きが気になったら兄に借りてくださいねって言っただけ」


「!?ちょ、それってどういう意味……」


 もしや、バレているのか?

 流石にまだカミングアウトする勇気はない。


 凛は人差し指を口元に添え、「大丈夫。私は良識のある腐女子だから、誰にも言わないよ」と俺にしか聞こえない声で囁いた。


「桃園家は大丈夫だから、お兄はお兄の幸せを選んでいいんだからね。残り五人もいるんだから、誰かは子ども生むだろうし」


 酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくと動かして声にならない叫びをあげる。

 凛は満足そうな顔で「また遊びに行くね」といたずらっぽく笑った。


 ♢♢♢


 帰りの新幹線で、隣に座る皐月さんの横顔を盗み見た。


 あのまま群馬で就職してたら、皐月さんには出逢えなかった。

 そう思うと、あの時背中を押してくれた家族に感謝したくなる。


 抱えていた寂しさも、皐月さんと出逢っていつの間にか軽くなっていた。


 俺の視線に気が付いた彼は、「どうしたの?」と不思議そうな顔で俺を見た。


「いや、なんか……改めて、俺、皐月さんに出逢えてよかったなぁって」


 ごく自然に溢れ出たその言葉に、彼は目を瞬かせた。

 数秒後、皐月さんは耳まで真っ赤にして、口元を手で覆い隠した。


「桃園くんは、僕のことを天然たらしって言えないと思うよ」


「え!?な、なんでですか!別に思ったことを言っただけじゃないですか!」


 ジト目で俺を見た皐月さんは、「そういうところだよ」と顔を両手で覆って、天を仰いだ。


 釈然としなかった俺は、駅で買ったパン屋のメロンパンにかぶり付いた。昔からよく食べていた、懐かしい甘さだ。


「あ、皐月さんも食べます?もう一個ありますよ」


「……うん、頂こうかな」


 その言葉とほとんど同時に、皐月さんの親指が俺の口元を掠め、彼の口元から覗く舌がパンの欠片を舐めとった。


「〜っ!!」


「甘くて美味しいね」


「そ、そういうところなんですよぉ!!」


 俺の幸せ。

 まだ二十歳だし、将来のことは分からないけれど。


 この先ずっと一緒に暮らしていく。

 そんな未来も、いいのかもしれない。


 だって俺たちは、幸せになるために生まれ変わったんだから。


 




 




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