第31話 お祓い旅行

 七月の連休、新宿駅からロマンスカーに乗って、俺たちは箱根へと向かった。

 

 お祓い旅行、とは言っても昼間に神社に行ってお祓いをしてもらう以外は、普通に観光を楽しむ予定だ。

 車内でガイドブックを開き、胸を躍らせる。

 足湯に入って、食べ歩きして、観光して。


「温泉楽しみだなぁ」なんてうきうきしてお菓子を食べていると、皐月さんは珍しく欠伸を一つした。


「寝不足ですか?」


「楽しみすぎて、あんまり眠れなかったんだ」


 目元を朱色に染めた皐月さんが色っぽくてあてられる。


「寝ててもいいですよ」


「……うん」


 ぽすん、と右肩に重みがきた。

 皐月さんがもたれかかって瞼を閉じている。


 (よっぽど眠たかったんだ)


 彼の頭をそっと撫でる。電車は二人を乗せて、目的地まで走った。


 ♢♢♢


 箱根に到着した俺たちは、まずは神社を目指した。タクシーで30分ほど国道を走ると、見えてきたのはそびえ立つ大きな朱塗りの鳥居。


 車を降りて、神社に続く長い階段を昇っていく。鬱蒼とした木々に挟まれ、日陰になっているおかげで少し涼しく感じた。

 眼下には芦ノ湖に佇む鳥居が見え、観光客は皆そこで写真を撮影している。


「あれ、SNSで見たことあるやつだ」


「後で写真撮ろうか」


 そんな会話をしながら階段を昇り切ると、視界に広がったのは深緑の木々を背景に、目の覚めるような朱の立派な本殿。


 景色に圧倒されていると、社務所に行っていた皐月さんが戻ってきた。


「厄除けの御祈祷をお願いしたから、呼ばれたら行っておいで。僕は外で待ってるから」


「分かりました。ありがとうございます」


 数分待つと名前が呼ばれ、巫女さんに拝殿へと案内された。

 正座して待っていると、襖が開いて宮司が入り、頭の上で祓串を左右前後に振る。

 祝詞が読まれている間、俺はぼんやりとしていた。


(やっぱり事故物件の詳細、聞かなきゃよかったなぁ)


 皐月さんのアドバイスを受け、不動産屋に問い合わせて改めて事故物件の詳細を聞いた。

 前の住人は部屋の中で亡くなっていたらしい。事件性はなく、死因は心不全として処理されたのだとか。


 あと数日ほどで工事が終わる。

 その後あの部屋で暮らしていけるのかどうか、それが問題だ。


(俺に憑いているのは、亡くなった前の住人なのかな)


 一人暮らしで突然亡くなって、無念だし寂しかっただろう。同情する気持ちが湧き上がる。


(このまま、皐月さんと一緒に暮らすこともできるのかな)


 考えていると祈祷は終わり、最後に社務所でお守りをもらった。

 破魔矢や御守りを眺めていると、その中の一つが目に留まった。


(皐月さんは厄払い受けてないし、お礼。土産にもなるし)


 なんやかんやと理由をつけて、それを買った。

 多分、本当はお揃いのものを持ちたかった。それだけだ。


「皐月さん、お待たせしました」


「無事終わった?」


「はい、ありがとうございます!なんとなくすっきりしました!あ、あと、これ」


 俺はさっき買ったものを皐月さんに手渡した。


 それは勾玉の形で、麻の葉模様の寄木細工のお守りだ。紫色の紐が付いている方を皐月さんに渡した。


「これ、二つで一つなんですよ。こうやって合わせると……」


 勾玉を合わせれば、二つの模様が綺麗に重なった。

 少し照れながら「お揃い、です」と言うと、皐月さんは蕩けそうな表情で喜んでくれた。


 ♢♢♢


「うわあ、凄!高そうな宿」


 予約は皐月さんに任せていたので、どんな宿なのかは到着するまで知らなかった。

 落ち着いた和モダンなロビーの床は市松模様で、寄木細工を組み合わせた建築が美しい。

 テラスでは白雲が漂う箱根の山を眺めることができ、ウェルカムドリンクを飲みながら圧倒される。


(すっげー、俺場違いじゃないかな)


 ふと隣の席に目を向けると、美男美女のカップルの会話が聞こえてきた。


「お嬢様、夕食のお時間は18時でよろしいでしょうか」


「うん、いいよ。っていうか、なんで執事モードなの?」


「男性には色んな事情があるのですよ」


(お嬢様と執事!?ここ、そんなお金持ちが来るような宿なの!?)


 眼鏡姿の爽やかな執事と、可愛らしいお嬢様。この二人の関係が気になって仕方がない。


「お嬢様じゃなくて、ちゃんと名前で呼んでよ……じゃないと寝てるときになっちゃんのお布団に入るからね」


 あ、お嬢様が積極的だぞ!?二人は秘密の恋人なのかな。執事さんどうするんだ!?


「……会長には、寝室は別にするという約束で許可を貰ったんだ。あんまり煽るなよ」


 隣で自分とはかけ離れた世界での恋が展開されている。もっと聞いていたかったけど、彼らは席を立って行ってしまった。


「皐月さん、この宿、もしかしてめちゃくちゃ高いんじゃ……」


「そんなことないよ。それに、交通費は涼太で宿泊費は僕って二人で決めただろう?」


 前に俺が皐月さんに言ったような台詞で切り返される。

 食い下がったが、結局金額は教えてもらえなかった。


 宿泊する部屋は四階で、このフロアには一室しかないのだと案内係の男性が教えてくれた。

 部屋の中も別世界のように豪華だった。

 広いテラスには露天風呂があり、ダイニングと寝室の和室が二つ並んでいる。


「夕食と朝食は部屋で食べられるよ」


「凄い……俺、殿様になった気分です」


 テラスに出て景色を眺めれば、深い山と川のせせらぎが聞こえた。


「紫水と御影が住んでいた山も、こんな感じなのかなぁ」


 ぽつりと溢すと、ふいに後ろから囲い込むように抱きしめられる。

 皐月さんが甘えるようにぽすん、と俺の肩に頭を預けた。


「皐月さん?」


「お風呂、一緒に入ろうね」


「ヒェッ」


 いや、動揺するな。

 銭湯一緒に行ったんだから、別に初めてじゃないだろう。

 でも、両想いになってからは初めてだ。

 どうしても思考回路がそっちの方面に飛んでしまう。


 じわりと汗をかき始めた首筋に、唇が滑るように触れた。

 漏れ出そうになった声をなんとか飲み込み、逃げるように体を捻る。そのまま何度かキスをして、甘い吐息がか細く漏れた。


「フロアに一部屋しかなくてよかった」


「へっ」


「誰にも聞かせたくない」


 目が合うと、彼の瞳に欲情の色がうっすらと浮かんでいるのが分かる。

 つま先から頭のてっぺんまで、血流が勢いよく体の中を駆け巡った。


「ワンフロアに一部屋しかなくても、下の人には聞こえますよ!もう!まずは大浴場行きましょ!部屋風呂は後です!」


 皐月さんはくすくすと笑い、俺は耳たぶの熱が高まるのを感じながら風呂の準備をした。

 

 

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