第18話 青春の続き
休日、買い出しのために商店街を歩いていると、ガラガラと音が聞こえてきた。福引が開催されている。
商店街での買い物千円以上につき、一枚もらえる青いくじ引き券。
財布にはそれが五枚入っていた。
「何が当たるかな……あ、三等はお米だ。二等は焼肉セットかあ」
抽選機を回すが、出てくるのは白い球ばかり。当然上位の賞は当たる訳もなく、俺の掌にはあっという間にティッシュが四つ積み上がった。
「皐月さん、最後の一枚お願いします」
「僕がやっていいの?」
「俺こういうの当たった試しがないんですよね……」
「そっか。僕は結構くじ運いいんだ」
皐月さんが抽選機のハンドルに手をかけ、ゆっくりと回していく。
息を呑んで出た玉を注視すると——金色。
「おめでとうございます!一等大当たり~!」
ベルの音が高らかに鳴り響く。
「えっ凄い!一等って……!」
「アニマルランドのペアチケット宿泊付きです!」
(遊園地のペアチケット……しかも宿泊付き!?)
宿泊という二文字に動揺を隠せない。
皐月さんの表情を伺えば、きらきらした瞳で「アニマルランド……!」と胸をときめかせている。
うん、そうだよね。やりたいことリストの中に遊園地、あったもんね。
「次の連休に行きましょうか、アニマルランド」
宿泊、それがなんだ。
男同士の相部屋は、普通だ!
♢♢♢
一歩足を踏み入れれば、そこは夢の国。
千葉県の海沿いにあるアニマルランドは、子どもはもちろん、大人にも人気のある遊園地だ。
俺も来たことがなかったから、実はかなり楽しみにしていた。
「皐月さん、カチューシャ買います?」
「カチューシャ?」
売店では兎の耳や犬の耳が着いたカチューシャがたくさん売っていた。
「これなんかはどうです?」
白いもふもふの犬耳がついたカチューシャを彼につけてみる。
それが似合うどころかしっくりきすぎて、皐月さんが鏡を確認する前に素早く取り去った。
「あれ?」
「アッこっち!皐月さんはこっちの方が似合うと思います!!」
(あっぶねー!何やってんだ!これつけた姿見て前世を思い出す引き金になったら!犬系はだめ!狐耳はもっとアウト!)
焦った俺が代わりに差し出したのは、ぴょこんと片耳を折った白兎のカチューシャ。
「ほら!可愛いですよ!」
「……さすがに、ちょっとこれは」
すると彼はみるみる頬を色付かせ、恥ずかしそうに目を伏せた。
その表情に、こちらまで胸の奥が騒ついて、落ち着かない。腹の底がくすぐったいような、変な感覚だ。
「じゃあ、桃園くんはこれですね」
皐月さんが選んだのは、さっき俺が棚に戻した白いふわふわの犬耳だった。
カチューシャをかぶせると、彼はうっとりした目で「可愛い」と小声で呟いた。
まるで俺への仕返しみたいに。
鏡に映ったのは、犬耳をつけて茹蛸のように真っ赤な顔をしている、哀れな俺だった。
家族連れ。カップル。男同士、女同士。
老若男女様々な年齢の人で構成された夢の国は、男二人で遊園地に来ていても浮いたりはしない。
それに少しだけ安心して、俺たちはアトラクションの列に並んだ。
「そういえば皐月さん、絶叫系とかは大丈夫なんですか?」
「どうだろう、乗ったことないから」
「えっ、一回も!?じゃあ、今日は初めての遊園地なんだ……俺とで良かったんですか?」
「うん、桃園くんがいいよ」
その溶けるような微笑みに、心臓を一突きされたみたいに息が止まる。
俺は慌てて咳ばらいをして、口を尖らせた。
「皐月さんって本当に天然たらしですよね……」
「ええ?どういうこと?」
「いや、俺はね!男だから勘違いしないですよ?でもそういうことを誰彼構わず、例えば女の子とかに言ってしまうと口説かれてるって勘違いされてトラブルの原因になりかねないんですよ!」
「誰彼構わずは言わないけど……」
「それならいいんですけど!嫌ですよ俺、逆上した女の子が家に押しかけてきて刃傷沙汰みたいなの!隣室そろって事故物件になるじゃないですか!」
「桃園くんにしか言わないけど」
「俺の話聞いてました!?」
何が悪いの?みたいな顔で首を傾げている皐月さん。
ええ?俺、何か間違ったこと言ってる?
俺だって恋愛経験は乏しいけど、皐月さんはもっと酷いな。
もし皐月さんに彼女が出来たりしたら、彼女さんを紹介してもらってしっかりお願いしよう。
……皐月さんの、彼女。
想像すると、なんだか胸が針で刺されたみたいにちくりと痛んだ。
(俺はただの隣人。同居人。友達)
何度も染み込ませるように、心の中で呟いた。
そうしなければ、自分の足元が揺らいでしまいそうだったから。
♢♢♢
「ジェットコースター、楽しかったね!」
「室内で真っ暗だから、次の動きが予測できなくて面白かったですよね」
ジェットコースターは気に入ったようだ。
コーヒーカップは回しすぎて眩暈がして、シューティングゲームは皐月さんの無双状態。最高得点を取って得意げになっている皐月さんは、一回り年上だと思えないほど無邪気に笑っていた。
ずっと昔からの友人みたいに、楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。
15時頃、皐月さんは飲み物を買いに行ってくれて、俺はベンチで席取りをしていた。
疲れてぼんやりしていると、ベンチ前の通路を通り過ぎていく、制服を着た男子高校生のグループに視線が向いた。
青春のど真ん中で輝いているような、若々しい笑顔だ。
それに少しだけ、心を引っ張られた。
家族を第一優先にして、自分が置き去りにしてきた、青春。
あまり考えたことは無かったけど、どこか心残りだったのかもしれない。
でも、今は——。
「お待たせ」
「あ、ありがとうございます」
彼はミルクティーとシナモン味のチュロスを買って来てくれた。
齧ると甘く、口の周りにじゃり、とした砂糖がつく。
早速頬張っていると、カシャ、とカメラ音がした。視線を隣に向ければ、皐月さんはスマホを俺に向けて嬉しそうに目を細めていた。
「あ、今撮りました?」
「うん。いいよね、スマホって。その時の声も、表情も、思い出に保存できて。後からいつでも見られる」
皐月さんのスマホの写真フォルダには、俺が作った料理や俺のふとした瞬間の写真がたくさん入っている。
それを眩しそうに、宝物を眺めるように見る彼の横顔に、どうしようもなく胸が締め付けられた。
「……せっかくだし、二人で撮りましょうよ」
俺はスマホのインカメラで五秒のタイマーを設定した。
「皐月さん、切れちゃうからもう少し近付いて」
「……うん」
皐月さんが近付くと、耳元に彼の柔らかな髪が触れた。
息遣いが濃く感じられ、シャッターが鳴るまでの五秒が果てしなく遠い。
高鳴る鼓動を抑えながら、二人で初めての写真を撮った。
「後で送って下さいね」
皐月さんはその写真を、嬉しそうにいつまでも眺めていた。
♢♢♢
夜のパレードも終わり、そろそろ閉園時間だ。
(相部屋……いや、修学旅行みたいなもんだろ、別に、なにも、おかしくない)
なぜかホテルに向かうにつれて、鼓動が煩く暴れ始めた。
この夜で決定的に何かが変わるだなんて、この時の俺は、まだ知る由もなかった。
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