第4話 前世の夢と朝ごはん
白い霧が立ち込め、人里からは遠く離れた山奥にある、鬼の里。
朝露が滴る葉。
あけびや蜜柑が実った木。
滝が流れる水音。
俺は山の中を裸足で駆けていた。
誰にも秘密の親友に、会いにいくために。
「
一斉に、空へと鳥が羽ばたいていく。
金色の満月のような瞳が俺を見つけると、嬉しそうに細められた。
「
御影は妖狐の一族の族長の息子で、俺は鬼の一族の族長の息子だった。
一つ山を越えて、中立地帯の雪厳の滝。
大人たちには内緒で、いつも俺たちはここで遊んでいた。
「見て御影、花冠」
野山の花で作った花冠を御影の頭にかぶせてやる。御影の白い髪に、黄色や紫の小花がよく映えた。
「紫水は器用だね」
「今は内緒でしか会えないけど、大人になって俺たちが族長になったら妖狐と鬼の一族仲良くしような!」
親父や他の鬼たちからは、「妖狐には近付くな、喰われるぞ」と口を酸っぱくして言われていた。
でも、御影は優しくて穏やかないい奴だ。
「うん、きっとだよ」
まだ幼かった俺たちの、穏やかで幸福だった日々。それがどうしてあんな結末を迎えたんだろう。
なんで御影を殺さなきゃいけなかったんだっけ。
戦が起きたから?
いや、違う。もっとどうしようもない理由があった。
『他の奴に殺されるくらいなら、俺がこの手で』
夢の中の紫水は泣いている。
そうだよな、親友を殺したくなんかなかったよな——。
♢♢♢
「ふがっ!?」
背中に感じる衝撃。痛い。
ソファから落ちたのか。
「……あれ、俺……」
起き上がって部屋の中を見渡す。自分の部屋ではない。ああ、そうだ。俺の部屋は隣で、昨日クレーン車がぶち抜いて住めなくなって。
(それで皐月さんという神のような隣人の家に、間借りすることになったんだ)
寝ぼけた頭がだんだんと冴えていく。欠伸を一つして、目尻にうっすら浮かぶ涙を拭った。リビングのカーテンを開ければ、朝の日差しが明るく床の木目を照らし出している。
洗面所で顔を洗って鏡を見れば、髪は寝ぐせがついて変な方向に跳ねていた。
「よし、朝飯作るか」
昨日買っておいたベーコンとレタス、トマトは薄くスライスする。
ホットプレートで八枚切りの食パンを並べ、両面をじっくり焼いていく。
コンコン、パカッ、ジュウッ
カリカリのベーコンとマヨネーズ、目玉焼きを挟めば、BLTサンドの完成だ。
「おはよう、桃園くん」
「あ、おはようございます!皐月さん朝ごはん食べますか?BLTサンド作ったんですけど」
「わあ、食べたい。これもホットプレートで作ったの?」
「ホットプレートは万能なんですよ」
今日の朝食はBLTサンドと、皐月さんが入れてくれたコーヒー。
(なんか優雅だな。一人暮らし、いや初日から共同生活になっちゃったけど、いいなあこういうの)
実家では時間が無くて、いつも流し込むように食べていた。
忙しなさが無い朝なんて、初めてかもしれない。
サンドイッチを頬張りながらしみじみと味わっていると、半熟の目玉焼きの黄身が皐月さんの唇の端から零れ落ちた。
「んっ」
指先で拭い、舌でぺろ、と舐めとる。
美。圧倒的彫刻美。
これが女子ならラブコメなのにな、なんて不埒なことを考えたから、罰があたったんだろうか。
「そういえば昨日、不思議な夢を見たんですよ」
「へえ、どんな夢ですか?」
「ふふ、本当におかしな夢なんですが……子どもの桃園くんと僕が滝の近くで遊んでいる夢なんです」
「ぐふっっ!!」
パンの耳が喉に詰まる。
慌てて胸を拳で叩き、コーヒーで流し込んだ。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、です……」
(待って、ちょっと待って。それって……)
心臓の揺れが全身に伝わり、血管が波打つのが分かる。
「桃園くんには鬼みたいな角が生えてて、僕の頭には耳が生えてて……なんだか妖怪みたいだったんですけど」
(詰んだ)
そっくりさんなんかじゃない。
御影だ。絶対御影の生まれ変わりだ。
出会い頭に感じた予感は、確信に変わってしまった。
「凄く楽しそうで、夢なのに僕も楽しい気分になってしまいました」
「へ、へぇ……そういう夢、よく見るんですか?」
「昨晩初めて見ましたよ」
(これはあれか?俺と出会ったことが引き金になって……?)
冷たい汗が首筋を伝う。
前世殺した親友が生まれ変わって隣室に住んでいるだなんて、こんな出来すぎた話があるだろうか。
早くもこの同居生活に暗雲が立ち込める気配が漂った。
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