第3話 隣人でよかったです
キッチンに並んで立ち、キャベツを千切りにしていく。
「キャベツ、こんなに使うんですね」
「実家群馬だったから、キャベツは婆ちゃんの畑から取ってくるんですよね〜、お好み焼きよくやりましたよ。兄弟多いからホットプレートも二台あって」
「何人兄弟なんですか?」
「俺が長男で、その下に妹、弟、妹、弟、弟です」
手持ち無沙汰の皐月さんは、俺の隣に立ってなんだかオロオロしていた。
「僕はどうしたらいいですか」
「えーっと……じゃあ、たまご割ってもらっていいですか?」
「たまご……」
彼は真剣に悩み込み、片手に持ったたまごとにらめっこをはじめた。
「た、たまごも割ったことない感じですか……?」
「あの、教えて頂ければ……」
恥ずかしそうに目を伏せる皐月さんが可愛くて、俺は思わず噴き出した。
「皐月さん、実はどこぞの富豪令息とかですか?」
「まさか。ごく一般家庭令息ですよ」
割り方を教えると、彼は真面目な顔付でたまご割りに挑戦した。
熱したホットプレートの上で豚肉を焼くと、ジュウッという音と香ばしい匂いが広がる。お好み焼きの生地を流し、天かすや小エビを散らして片面が焼けるのを待った。
「よっ」
ひっくり返すと皐月さんは拍手をしていた。反応がいちいち可愛いなこの人。
ほわんと湯気が上がり、食欲をそそる良い香りが部屋を満たしていく。
ソースとマヨネーズをかけ、青のりと鰹節をまぶして完成だ。
「はい、どうぞ」
「わあ、美味しそう」
繊細な顔立ちをしているけれど、口を開くと意外と大きい。お好み焼きを頬張り、熱そうにはふはふと食べている。
「いや、でも本当改めてお礼言わせて下さい。初対面の俺に部屋を提供して頂きありがとうございます!」
膝に手を置き、食卓で頭を下げた。
彼も俺の真似をして、ぺこりと頭を下げた。
「いえいえ。今後も虫が出た暁には是非宜しくお願いします」
「害虫駆除要員ですね、任せてくださいよ!」
お好み焼きを食べながら、和やかな時間が過ぎていく。そういえば、学生時代はバイトに家のことに忙しくて、友達と遊ぶことがほとんどなかったな、と思い出す。
(不思議な縁が結ばれたな……人生って何があるか分かんないもんだな)
なぜか感じる居心地の良さに、この生活が楽しいものになりそうな、そんな予感がした。
♢♢♢
食後の後片付け中、雑談ついでに彼に確認しておきたいことがあった。
「そういえば、皐月さんっておいくつですか?俺この間短大卒業して二十歳なんですけど」
「……三十三歳です」
「なんで今間があったんですか?」
「この年になると、自分の年齢ってあやふやになっていくんですよね」
隣で皿を拭く皐月さんの横顔は陶器のようにつるつるで、とても一回り以上年齢が上には見えなかった。浮世離れしてる、とでも言うのだろうか。今まで出会ったことのない、不思議な雰囲気の人だ。
「っていうか、彼女とかいますよね!?彼女来る時は言ってくださいね、家空けますから!」
「いません」
間髪入れずに返事があった。
こ、こんな顔面国宝に彼女がいないだなんて信じられるか?
訝しむような目をむけると、皐月さんは頬を指で掻きながらもう一度否定した。
「本当にいないんです。在宅の仕事なので、出会いも無くて」
「そうなんですね……」
皿を洗いながら、人類の大きな損失だなあ、と考えていると、「桃園くんは、彼女いるんですか?」と聞き返される。
「いませんよ……中学でも高校でも面倒見良過ぎてオカン扱いだったんで」
好きな子は大抵俺の友達が好き。
彼女いない歴=年齢を思い出すと少し悲しくなってため息が出た。
皐月さんは「へえ」と相槌を打っただけで、馬鹿にしたりからかう様なことも言わなかった。流石、大人の男。同年代の友人とは大違いで、ちょうどよい距離感を保ってくれている。
今日初めて会った人なのに懐かしさを感じるのは、前世での親友に似ているからだろうか。
(紫水も、御影とこうやって過ごしたかっただろうな)
少しだけ感傷めいた胸のざらつきを、そっと飲み込んだ。
「俺、隣人が皐月さんでよかったです!」
そう言うと、皐月さんは眩しそうに目を細めて「僕もですよ」と笑った。
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