『SIDE A:第一章』#06 "始点"

ライブハウスを出た五人は、しばらく無言で歩いていた。


夜風が少し冷たい。


先ほどまで胸に残っていた悔しさ。


でも。

その中には、ほんの少しだけ違う感情も混じっていた。


「……あの子、またライブ行きます、だって。」

まりみが、ぽつりと言った。


美咲が笑う。

「うん。」


「嬉しかったね。」


「……うん。」

蒼唯も頷く。


涼歌は何も言わなかった。

ただ、少しだけ笑っていた。


−−−−−


その様子を後ろから見ていた倉橋が言った。


「……あの、もし良ければなんだけど、飲みに行かないかなぁ…おごるから」


四人が顔を上げた。


「えっ?」


「いいんですか?」


「うん。よければ…だけど」


「行きます!飲みたいです!」


「……行きます」


「なんか…いま、少し前向きな感じに見えたから」


四人は顔を見合わせた。


確かに。笑顔が…戻ってきている。


「よし!そしたらついてきて」


こうして五人は、焼き鳥屋へ向かった。


−−−−−


「焼き鳥 茂」


メンバーの四人にとっては初めての店だった。


暖簾をくぐる。


炭火の香り。


木の温もり。


掘り炬燵の個室。


「わぁ〜」


美咲が嬉しそうに声を上げた。


「いいお店〜!」


「落ち着く…」


蒼唯も微笑む。


「……好き。」


涼歌も小さく呟いた。


「わたし、こういう店初めて!」


まりみがキョロキョロしている。


少しだけ、いつものみんなの空気が戻ってきた。


−−−−−


「お疲れさまでした!」


ジョッキがぶつかる。


カンッ。


今夜初めて聞いた、明るい音だった。


おいしー

んー、サイコー


「そういえば…」


美咲が焼き鳥を頬張りながら笑った。


「真琴さんって高校の頃、学校祭とかやってたんですか?」


「うん、やってたよ。」


倉橋はゆっくり話し始めた。


「最初は見る側だったんだけど」


もぐもぐ…


「武道場に柔道の畳を積んでステージ作ってて」


「上級生のバンドがすごくかっこよくて」


「楽しそうだなぁって思った。」


四人が聞き入る。


「それで三年生の時、友達とバンド組んだ」


ぐびぐび…


「でもベースがいなくてね」


「しょうがないから、自分がショルダーシンセでベースライン弾いたんだよ」


「ええっ!?」

まりみが立ち上がりそうになる。


「まこっちが!?」


「ショルダーシンセで!?」


「うん。」


もぐもぐ…


−−−−−


再び話し始める。


「二曲目のサビが終わって」


「ドラムとベースだけになるところかな」


「そこでね」


ひと呼吸置く。


…


「なんとシールドが抜けたんだよ」


…


「えぇーーーっ!?」


「ベースの見せ場だったんだよ、そこ」


「ドラムソロみたくなっちゃってね」


「終わったって思ったね」


ぐびぐび…


「でもさ、『がんばれー!』って客席から声が飛んできてさ」


「慌てて挿し直して…最後までやった。」


−−−−−


まりみが笑いながら目を潤ませる。

「いい話だぁ…」


「懐かしいなぁ。今でもハッキリ覚えてる」


もぐもぐ…


倉橋はさらに話し続ける。


「大学では軽音楽部に入ってね、」


「YMOのコピーやったし」


「聖飢魔Ⅱもやったね。」


「え?」


「シンセ担当でね」


「でも…」


「バンドスコアに書いてないフレーズを勝手に弾いてたなぁ。」


「好きそうですよねー、そういうの」

美咲が吹き出す。


「でね、」


「リズム崩壊しました。」


「崩壊?」


「ドラムの人がどんどん走るわけだよ」


「最初は普通」


「途中から速くなる」


「最後には一・五倍になったんだ。」


一瞬静かになって。


「一・五倍!?」


「どういうことですか?」


「止められないの?」


真琴は続ける。


「止まらないんだよ、ドラムの人。目が一点集中…」


「全員必死だった」


「でも笑いながら終わったんだよね。」


「……ライブ。」

涼歌がぽつりと呟く。


「そうなんだよ」


「ライブ…」


「楽しかった。」


その一言に、四人は静かに頷いた。


「あとM-ageもやった」


まりみの箸が止まる。


「えっ。」


「ライブでサンプラー鳴らしまくってた」


「うわぁぁ!」


ぐびぐび…


−−−−−


倉橋の話は止まらない。


「最初のシンセはKORG M1。」


「大学の時、JUNO-106も偶然手に入ってね」


「ホントですか!」

まりみがすぐ反応する。


「そのあと、シーケンサー欲しくてMC-500mkⅡ買った」

「8トラックしか使えなかったけど」


「少なかった…」


「でも」


「すっごく楽しかった」


「限られた中で、どう作るか考えるのが好きだった」


−−−−−


まりみがジョッキを両手で持ちながら、小さく呟く。


「……なんか」


「自分と同じ…」


「ん?」


「ううん!なんでもない!」


美咲と蒼唯が顔を見合わせる。


「まりみー、完全にスイッチ入ってるね」


「……楽しそう」

涼歌が微笑んでいる。


−−−−−


「ちょっと話しすぎちゃったね、ごめんごめん」


倉橋は照れたように笑い、残っていたビールを飲み干した。


気がつけば。


ライブハウスを出た時の重たい空気は消えていた。


まだ何も始まっていない。


大きな成功もない。


知名度もない。


でも。


五人で笑いながら焼き鳥を食べるこの夜が、

あとになって振り返れば、

すべての「始点」だったと知ることになる。

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