『SIDE B:雨とセッション』
その日は、朝からずっと雨だった。
スタジオの外は薄いグレーに沈んでいて、アスファルトには小さな水たまりがいくつもできている。
傘に当たる雨の音が、一定のリズムを刻んでいた。
ボツ、ボツ、ボツ……
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「次は、道南地方、函館の天気でーす」
まりみの声はいつも通り、明るかった。
でもその声の裏で、雨の音はしっかり主張していた。
ボツボツボツボツ……
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「午前中は雨足が強くなり……」
ボツっ……ボツボツ……
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(あれ、これちょっとリズムあるな)
本人はまだ気づいていない。
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「昼過ぎまで振り続けるでしょう……」
ボツッ……ボツボツ……
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その瞬間だった。
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「かっ……さのよお……いを……」(傘の用意を)
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一拍。
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「……(ハッ!やばっ)」
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言葉が雨音に引っ張られた。
完全にリズムに乗ってしまった。
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一瞬の沈黙。
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隣の男性アナウンサーが、口元を押さえる。
しかし耐えきれない。
肩が震えている。
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カメラの外では、スタッフが完全に崩壊していた。
音声だけは真面目に天気を伝え続けているのに、映像はもう限界だった。
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まりみは気づく。
(今の……やったな……)
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でもプロとして止まらない。
むしろ止まれない。
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「えー、続いて……道東方面はですね……」
声は少しだけ震えていた。
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雨は止まない。
そして、笑いも止まらない。
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放送終了後。
スタジオは完全に崩壊していた。
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「いや今のやばかったでしょ」
「完全に雨と会話してた」
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まりみは一人、控室の椅子に座っていた。
顔は真っ赤。
でもスマホには通知が止まらない。
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「NG大賞確定で草」
「天気予報史に残った」
「雨とデュエットしてて好き」
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数時間後。
なんと番組公式が動画を投稿。(これはずるい)
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再生数は、止まらなかった。
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翌週。
局内の会議で、誰かが言う。
「まりみさん、もう“北海道の天気の顔”ですね」
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本人は小さくうなずく。
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でもそのあと、ぼそっと言う。
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「次は……雨の日じゃないといいな……」
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この日以降、視聴率が鰻登りになったことは言うまでもない。
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