『SIDE C:祐太郎編 ― 音に置いていかれた身体』

まずい、寝坊した。

なんてことだ、今日に限って…


あ、スマホの目覚まし

休日オフ設定だったーーー



今日はあのバンドのライブ。


大学のラグビー部の仲間に誘われたのである。


正直、Echoes Of SIGN@L(略して「しぐえこ」)って聞いてもよく分かっていなかった。


ただ周りのみんなが


「なんかすごいらしい」

「とにかくかわいいから」


って言うもんだから

モノは試し、行ってみることにした。


当然、事前学習もぬかりなく。

しぐえこの曲をかなり聴きまくった。



ただひとつ、困ったことがある。


お出かけ用の服がないのだ。


いつもユニクロの白いシャツだし。

あとはジオン軍の制服くらい…か。


いや、ジオンはダメだ、ズレている。


前に新歓コンパで来たことがあったけど、みんなの顔がぎこちなかった気がした。


あ!もう、出かけないと間に合わない…



青いラガーシャツ。


いわば、勝負服である。祐太郎にとって。


一番しっくりきたからだ。


昔、スクールウォーズという学園モノのラグビードラマがあった。

川浜高校の青地で胸に2本の白線が入った、新ユニフォーム。

胸に太陽のようなエンブレム。


それに似たデザイン。

自分のはニコちゃんのエンブレムだ。


駅のホームに立っていても


会場へ向かって歩いていても


目立っている。


ただし、何かがおかしい。


緊張なのか、手足が同時に出ているっぽい。


ズレている…

でも、直せない…直らない…



会場に着き、自分の席に座る。


そして周りを見渡す。

2、3列くらい前のほうに、金で「涼歌」と書かれた紫の人がいた。


すごい熱の入れようだ、自分には真似できない。


このときすでに、

客席のあちこちで「青いラガーシャツの青年」は視界に入り始めていた。


本人だけがそれを知らない。



幕が開いた。


会場全体にギターの音が響く。


始まった。


久々に聞く大きな音、映画館以来だ…


あれ。ギターが鳴ってるが、弾いてるのはあの肩から鍵盤を掛けたツインテールの人だ…


なんだこれ。面白いぞ…


テンポに合わせて自然と身体が動き始めた。

体力には自信がある。

だから、最後までノっていくことに決めた!



なんとなく違和感を感じたのは、自分自身の動きだった。


なにか少しだけ遅れている気がする。

周りが速いとか、音が速いとかじゃない。


自分…少しズレていませんか。と。


「…まぁこんなもんなのか」


しばらくこのまま行こう。



次の曲はボーカルとピアノで始まった。

すごい、空気が変わる。

艶やかな、高音も聴きやすい、良い声だ。


周りの人間が、一斉に“別のモード”に入るのが分かる。


さっきの激しく拳を突き出す感じから、

柔らかなそよ風のような、そんな一体感。



でも祐太郎は入れない。


なんだその切り替えは…

さっきのノリはみんなどうした?


祐太郎のスイッチはうまく機能できなかった。

入る、という感覚がそもそもよく分からないのもあるが。


"そよ風の中に突き出た青い巨塔"


後日誰かがSNSにそう上げていた。


「やっべぇ!ズレた!間違えた!」


みんながしんみり聞いている中、青い巨塔は一人拳を振り上げていた。



蒼唯(あおい)は黙々とベースを奏でる。

いつも落ち着いた弾きっぷり。


今日もミスなく弾けている、よし。


何気に客席を見上げた。


ちょっと薄暗かったが、何かが居る。



青いでっかいの



しかも周りと違う動き…


ま、まずい。なに?え?

青のラガーマンがいる!

そしてなんでここで拳を振り上げる?


蒼唯は必死に吹き出しそうになるのを堪えた。


後日SNSに書き込みのあった「蒼唯さんの含み笑い、爆死しそう!」はこれである。



祐太郎はとりあえず、リズムを取ろうとする。


足で。
肩で。
手で。


ダメだ、どれも少しだけ遅れる。

この日のために、しぐえこのアルバムは何度も聴いてきた。


なのに、身体だけが追いつかない。


……


それにしても前のほうにいる紫のタンクトップの人。


両手で何かを測るような、不思議な動きをずっと続けている。


変だ。不思議だ。

でも、あの人は音とひとつになっているように見えた。


「交信…してるのか?」


よく見ると、あの両手の中にしっかりと涼歌がハマっているではないか。


「えぇっ…極めてる…」



MCが始まる。


4人が深々と頭を下げる。


「みなさん、こんばんは。
……Echoes Of …SIGN@Lです。」


その「間」が、会場の空気まで変えてしまう。


まりみの笑顔。

蒼唯の穏やかな表情。

涼歌(すずか)の少し照れたような笑顔。

美咲(みさき)の優しい声。


──なんだ、この人たち。やばい。


演奏だけじゃない。

空気まで作ってしまうのか。


次のバラード。

さっきまで熱かった会場が、一瞬で静かになる。

周りのみんなは、その変化を自然に受け入れていた。


祐太郎だけが少し遅れる。


「えっ……もう切り替わるの?」


でも数秒後、その理由が分かった。

美咲の歌声が、胸にすっと入ってきた。

遅れて。

本当に少しだけ遅れて。


それが…心に突き刺さる。


うわぁ、すげぇ…


気がつけば、曲が終わるまで口が開きっぱなしだった。



ライブ終盤。


ラストナンバー「十四時」。


雑誌で読んだことがある。

高校の学校祭で、初めて人前で演奏した時間。

それがタイトルになっているらしい。



なんてバンドなんだ。



そう思った、その瞬間。


「えっ。」


涼歌がシルバーのショルダーシンセを肩に掛け、前へ飛び出した。


客席がどよめく。


「えっ!?」

祐太郎も思わず拳を突き上げる。


……


ただし、ワンテンポ遅れて。


「あっ、またズレた。」


やっちまった。


また遅れた…。


思わず笑ってしまった。

もう直らないらしい。


ただ、側から見ると裏拍を刻んでいるようにも見えなくはない。


天性のリズム感…でもない。



ライブが終わる。


周りは満足そうな顔で帰っていく。


祐太郎も自然と笑っていた。


ズレっぱなしだった。

でも、楽しかった。

それだけは間違いなかった。


もっと曲聴かないと。


外へ出る。

少し前を、白い鉢巻きに紫のタンクトップの男性が歩いている。


あ…あの紫の人だ…


胸には金色で、

──涼歌。


「あの人も毎回来てるのかな。」


なんとなくそう思った。

声は掛けない。


向こうも振り返らない。

ただ同じ方向へ歩いていく。


このとき二人は、まだ知らない。


これから何度も同じライブハウスで、

同じ音を聴き、

同じ景色を見て、

互いの姿を見つけることになることを。


白い鉢巻きの男も。

青いラガーシャツの青年も。

まだ、お互いの名前すら知らないけれど、


同じ音に導かれながら、

まだ知らない誰かと少しずつ繋がっていくのだった。

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