『SIDE A:第一章』#11 "余白"

焼き鳥屋を出ると、夜風が心地よかった。


昼間の暑さはすっかり引いていて、六月の夜らしい、少しだけやさしい空気が街を包んでいる。


みんな、ほどよくいい酔い具合だった。


駅までの道を、五人でゆっくり歩く。


いつもなら。


四人が固まって、


「それでさー!」


「うけるー!」


「ほんとそれー!」


「……笑」


なんて話しながら先を歩いていく。


倉橋(プロデューサー)は少し後ろから、その賑やかな背中を見ながら歩く。


そんな感じだった。


でも今日は違った。


「ねっ、まこっち!」


「さっきのとこ、どう思いました?」


「ですよねー!」


「……どうでした?」


何かあるたび、みんながこちらを振り返る。


気がつけば、自分も輪の中にいる。


それが嬉しくて。


少しだけ、くすぐったかった。


(なんだろうな)


(今まで、こんな感じじゃなかったよな)


(悪くないな)


駅に着く。


改札の前で、それぞれのホームへ向かう。


美咲

「じゃ、また明日!」


蒼唯

「アディオス!」


まりみ

「おやすみでーす♪」


涼歌

「……おやすみなさい」


手を振る。


振り返る。


また手を振る。


やがて四人の姿は人混みの中へ消えていった。


倉橋も電車に乗り込む。


窓の外には流れていく街の灯り。


今日のリハ。


焼き鳥屋。


まりみの涙。


「同じ人いたぁぁ」


という、あの嬉しそうな声。


(いい日だったな)


そう思った時だった。


ピコン♪


スマホが鳴る。


何気なく見る。


送り主は——


まりみ。


しかもグループLINEではない。


個人だった。


(ん?)


(なんだろう)


開く。


『今日はありがとうございました』


『まだ起きてますか?』


『なんか、どうしても言いたくて』


続けてメッセージが届く。


『実はですね』


『あたしも曲、たんまりあるんです』


倉橋は思わず画面を見つめる。


『誰にも聴かせてないの』


『途中で投げ出したのもあるし』


『鼻歌だけ録音したのもあるし』


『コードだけメモしたのもあるし』


『全部、ほったらかし』


電車の揺れの中。


窓に映る自分の顔が少しだけ笑う。


そして、また。


『でも』


『今日、まこっちの話聞いて』


『感動しちゃった』


『20年前に作った曲が』


『今、こうしてよみがえって』


『みんなで演奏して』


『なんかすごいなぁって』


『あたしも同じなんです』


『昔、一人で作って』


『誰にも聴かせなくて』


『それでも楽しくて』


『たくさんあるんです』


『中途半端なままの曲』


『ほったらかしの曲』


『なんか』


『よみがえらせてみたいなぁって』


『自分も、あの時の自分によく頑張ったね、って言ってみたい』


少し間を置いて、最後のメッセージが届く。


『今日、同じ人いたぁぁって思ったのも嬉しかったけど』


『それだけじゃなくて』


『あたしも、まだ諦めてなかったんだなぁって』


『気づいたんです』


そして。


『あ』


『長文ごめんなさい』


『寝てたら明日読んでください♪』


倉橋は、すぐには返信しなかった。


窓の外を眺める。


流れていく街の灯り。


静かな車内。


そして、小さく笑う。


(……また一人、いたか)


(いや)


(最初から、いたんだな)


(気付いてなかったのは、俺の方か)


電車は静かに走っていく。


今日という一日は終わろうとしている。


けれど。


今日鳴った音は、まだ終わっていなかった。


誰にも聴かせなかった音。


途中で止まったままの音。


忘れたと思っていた音。


それらは今も、どこかで静かに息をしている。


そして、いつかまた。


よみがえる日を待っているのかもしれなかった。

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