『SIDE A:第一章』#09 "邂逅"
「かんぱーい!」
グラスの音が軽く響く。
いつもの焼き鳥屋。
テレビでは野球中継。
店主のおじさんも「今日は機嫌いいねぇ」と笑っている。
⸻
「今日のリハ、すごくよかったね^_^」
倉橋(プロデューサー)の一言に、美咲が嬉しそうに頷く。
「うん♪」
「なんかみんなの音、前よりまとまってきたよね」
蒼唯も上機嫌だった。
「Wind of the Holiday、今日すごく気持ちよかったなぁ」
「後半のところ、みんな呼吸合ってた」
「SIGN@Lの間奏、前よりノリやすくなってたー♪」
まりみも身体を揺らしながら笑う。
「なんか自然に身体動いてたもん」
「……うん」
「…楽しかった」
涼歌も小さく頷く。
「そうそう、それ!」
「技術も大事だけどさ」
「楽しそうにやってるのが一番いいんだよ」
その時。
「はい、つくねお待ち!」
店員さんの声。
途端に。
「……!」
涼歌の顔が変わった。
「涼歌さん顔変わった!」
「目がキラキラしてる」
「ふふっ♪」
笑いが起きる。
倉橋も笑いながら続ける。
「今日のExpressionの最後もよかったよ」
「美咲さん、あそこ少し優しく歌ったかな?」
「あ、わかった?」
「なんか今日はそう歌いたくなったの」
「わかるわかる」
「そういうの大事なんだよ」
「まこっちもニコニコしてたよね」
「なんか途中で頷いてたー」
「そりゃ頷くよ」
「いいもん見せてもらったからさ」
「……焼き鳥も」
「いやそれは関係ない」
−−−−−
店の奥では笑い声。
焼き鳥の煙。
冷たい飲み物。
他愛もない会話。
明日の予定。
次のライブ。
今日の失敗。
今日の良かったところ。
特別な話なんて何もしていない。
でも。
倉橋は思う。
(こういう時間なんだよな)
(こういう時間が、また次の音になるんだ)
そして。
「まこてぃさん?」
「聞いてる?」
「次の話してるよー?」
「……つくね」
「あーっと、ごめんごめん^_^」
笑いながらグラスを持ち直す。
少し頬が緩んでいた。
それを見て、美咲が笑う。
「なんか今日、ずっとニコニコしてますよ」
「そう、なんか嬉しそうです」
「いいことあったー?」
「……つくね?」
「違います^_^」
少し照れくさそうに笑ってから、倉橋はゆっくり口を開いた。
「実はね」
「全部『20年前に作った曲』なんだよ…」
四人の動きが止まる。
「え?」
「SIGN@Lも?」
「Wind of the Holidayも?」
「Fantastic Departureも?」
「……Promised Timeも?」
「うん^_^」
「全部」
少し遠くを見る。
まるで二十年前の景色を見ているようだった。
−−−−−
「大学生の頃さ」
「こないだも言ったけど、M1とMC500mkⅡを買ったんだ」
「僕にとっては魔法の箱だった」
「頭の中で鳴ってる音が、本当に形になるんだよ」
「誰に聴かせるわけでもない」
「ただ自分が満足するだけ」
「でもね」
「ライブやってる妄想はしてたんだ」
−−−−−
みんなが笑う。
「ショルダーシンセ弾いてる自分とかね」
「だからメロディラインがある曲が多いんだ」
「それでね、社会人になって」
「初めてのボーナスで、欲しかったTRINITY V3を買った」
「夢の86鍵」
「もう嬉しくてさぁ」
「ただ、ものすごく世界が広がったんだ」
「休みの日になると曲作って」
「夜中までシンセいじって」
「楽しかったなぁ…」
−−−−−
テレビの野球中継から歓声が流れる。
「今、一番喜んでるのは」
「たぶん20年前の自分なんだよ」
「やったね」
「よかったね」
って。
「そして今の自分は…」
「あの頃の自分に言ってやりたい」
「いやぁ」
「よく頑張って作ったね」
「ありがとう」
「偉かったね」
って。
倉橋の顔は懐かしみながらも優しい表情を浮かべていた。
本当に。
心からそう思っている顔だった。
−−−−−
その時。
まりみの箸が止まった。
ぽろっ。
「えっ?」
「まりみさん?」
「……?」
「なんでぇ…」
「なんでだろぉ…」
涙が止まらない。
「20年前のプロデューサーさん…」
「頑張ったんだねぇ…」
「よかったねぇ…」
「お、おい…」
「なんでまりみが泣くんだよー」
でも。
まりみは首を振った。
「違うのぉ…」
「同じ人いたぁ…」
四人が一斉にまりみを見る。
「私も…」
「高校生の頃から…」
「ひとりで曲作ってたのぉ…」
「誰にも聴かせるわけでもなくて」
「ただ好きで…」
「それが楽しくて…」
「昔の曲も…」
「なんとかしたいなぁって…」
「ずっと思ってたの…」
「でも…」
「そんな人いないと思ってた…」
「同じ人いたぁ…」
大きな眼からぽろぽろと涙が落ちる。
−−−−−
倉橋は驚いた顔をしたあと、ゆっくり笑った。
「なんだ^_^」
「いたじゃん」
「ここに」
「好きで作って」
「誰にも聴かせなくて」
「でもやめなかった人」
「ひとりじゃなかったな^_^」
その言葉に、美咲が目を潤ませながら微笑んだ。
「じゃあ」
「20年前のプロデューサーさんと」
「高校生のまりみさんにも」
「ありがとう、だね^_^」
蒼唯も静かに頷く。
涼歌も小さく頷いた。
「……うれしい」
そして。
つくねを見つめながら、一言。
「……つくね冷めますね」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
店中に響くような笑い声が、五人のテーブルから弾けた。
泣いて。
笑って。
焼き鳥を食べる。
その夜。
テーブルの上には、
二十年前の大学生だった倉橋と、
数年前の高校生だったまりみが、
確かに一緒に座っていた。
そして二人は、ようやく。
「よかったね」
と言ってもらえる場所に辿り着いたのだった。
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