第14話 海の上を歩く

翌朝。


彼は日の出とともに目を覚ました。


雪はまだ降っている。


昨日よりも白い世界だった。


彼は荷物を確認する。


紙。


筆。


食料。


水。


道具。


そして、氷を確かめるための長い棒。


「よし。」


準備を終えると、海岸へ向かった。


目の前には、昨日と同じ白い海が広がっている。


彼はまず、棒で氷を叩いた。


コン。


少し場所を変える。


コン。


さらに前へ。


コン。


音を聞きながら、慎重に進む。


氷は場所によって厚さが違う。


見た目だけでは分からない。


だから、彼は一歩進むたびに確かめた。


「ここは大丈夫。」


さらに一歩。


「ここも。」


海の上を歩いている。


そう思うだけで、不思議な気分になった。


足元には海がある。


その上に、自分が立っている。


時々、氷の下から小さな音が聞こえる。


パキッ。


彼はすぐに立ち止まった。


「……今のは嫌だな。」


少し後ろへ下がる。


無理に進まない。


しばらく待つ。


別の場所を探す。


彼は旅の中で、何度も危険な場所に出会ってきた。


だからこそ分かっていた。


勇気と無謀は違う。


進むことより、戻ることのほうが正しい場合もある。


その日は何度も引き返した。


だが、少しずつ安全な場所を見つけながら、海の上を進んでいった。


昼頃。


振り返る。


海岸が少し遠くなっている。


「本当に歩いてる……。」


思わず笑った。


これまで何千、何万もの歩数を重ねてきた。


だが、海の上を歩いたのは初めてだった。


そして前を見る。


白い世界。


その向こうには、まだ何も見えない。


彼は目を細めた。


しばらくすると、水平線の近くに黒いものが見えた。


岩かもしれない。


島かもしれない。


あるいは、ただの影かもしれない。


彼は急がず、少しずつ近づいていく。


そして数時間後。


それが「陸」だと分かった。


「……あった。」


彼は立ち止まった。


胸の奥が熱くなる。


海を越えた先に、大地がある。


まだ名前も知らない。


どんな生き物がいるのかも知らない。


どんな景色が待っているのかも分からない。


それでも、彼には十分だった。


「また、描ける。」


彼は紙を取り出す。


まず海岸線を描く。


次に、遠くの山を描く。


そして、自分が今立っている場所へ、小さな印を付けた。


そこから線を一本伸ばす。


今日歩いた道だった。


海の上にまで、一本の線が伸びている。


彼はそれを見て笑った。


「変な地図になったな。」


夕方。


ようやく陸へたどり着いた。


足元の雪を踏みしめる。


彼は振り返った。


遠くに、自分が渡ってきた白い海が見える。


「じゃあ、次はここだ。」


荷物を背負い直す。


そして新しい大地へ、一歩踏み出した。


その一歩は、彼にとって新しい旅の始まりだった。


北アメリカの大地を描き続けた年月も、もうすぐ終わる。


そしてその先には――


さらに大きな世界が待っている。


それは、彼にとって苦痛なものにならなかった。

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