第13話 白い世界の果て
二十六歳。
彼は、これまでで最も寒い場所を歩いていた。
朝。
目を覚ますと、地面が白い。
昨日まで歩いていた道も、夜の間に雪で覆われている。
彼はしゃがみ込み、雪を手に取った。
「冷たい。」
当たり前のことを言って、少し笑う。
故郷では、こんな景色を見たことがなかった。
南の大陸で見た雪とは、何もかも違う。
空気そのものが冷たい。
風が吹けば、顔が痛い。
それでも彼は歩いた。
服を重ね、手を布で包み、道具が凍らないよう注意する。
地図を描く紙まで濡らしてしまえば大変だ。
だから、雪の日はいつも以上に荷物を大切に扱った。
寒さは厄介だった。
だが、彼にとってそれ以上に興味深いものでもあった。
木々の間に残る動物の足跡。
雪の上を走る小さな生き物。
凍った川。
朝日に照らされ、青く輝く氷。
どれも初めて見るものだった。
「世界には、こんな場所もあるんだ。」
彼は何度も立ち止まった。
そのたびに紙へ記録する。
雪がどこまで残っているか。
川がどこで凍っているか。
どの方向から風が吹いているか。
そして、海岸線。
ここまで来ても、海は終わっていなかった。
むしろ、海そのものが今までとは違う姿を見せている。
海面の一部が白くなっている。
彼は慎重に近づいた。
足元の氷を棒で叩く。
コン。
乾いた音が返ってきた。
「海が……凍ってる。」
しばらく、その場から動けなかった。
目の前に広がっているのは、海なのに地面のようにも見える、不思議な世界だった。
彼は氷の上を少しだけ歩いてみた。
足元から伝わる硬い感触。
遠くまで続く白い平面。
海なのに、道のように見える。
その瞬間、彼の頭に一つの考えが浮かんだ。
「……これなら、向こうへ行けるんじゃないか?」
まだ確信はない。
氷がどこまで続いているのかも分からない。
その先に大地があるのかも分からない。
だから、その日は無理をしなかった。
海岸へ戻り、地図を広げる。
これまで描いてきた北の大地。
そのさらに先には、まだ空白がある。
彼はその空白を指でなぞった。
「次は、ここか。」
彼は少し考えた。
船を作る。
それも一つの方法だろう。
だが、彼は船よりも、自分の足で歩くことを選びたかった。
何より、目の前に「歩けそうな道」がある。
それを見てしまったら、試してみたくなる。
もちろん、危険ならやめる。
彼はもう、無茶をするだけの旅人ではなかった。
世界を描き終えるためには、自分自身が生きていなければならない。
それだけは、旅を始めた頃から変わらない。
夜。
焚き火の前で、彼は日記を書いた。
『今日、海が道になった。
もし本当に向こうまで続いているなら、私は船を使わずに行けるかもしれない。』
最後に、小さく付け加える。
『明日、確かめよう。』
彼は紙を閉じた。
外では、静かに雪が降っている。
白い世界の向こうには、まだ見たことのない大地がある。
彼は明日の朝を楽しみにしながら、眠りについた。
このとき彼はまだ知らなかった。
その「凍った海の道」が、彼の旅をさらに遠くへ運ぶことになるとは。
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