第12話 まだ、北にある
北へ。
彼は今日も歩いていた。
二十二歳を過ぎ、二十三歳になっても、その方向は変わらなかった。
ただ、歩く。
見つけたものを描く。
気になったものがあれば立ち止まる。
そして、また歩く。
旅に出たばかりの頃と比べると、彼の地図の描き方は大きく変わっていた。
最初は、ただ見たものを紙へ写していただけだった。
今では違う。
山の高さを何度も別の場所から確かめる。
川の流れを上流まで追う。
海岸線の曲がり方を遠くから眺める。
一つの場所を描くために、何度も同じ場所を通ることさえあった。
「地図って、思ったより難しいな。」
そう言いながらも、彼は楽しそうだった。
ある日、彼は広い平原へ出た。
見渡しても、山らしい山がない。
地平線まで続く大地。
風が吹くたび、草が一斉に揺れる。
彼はその景色を見て、しばらく動かなかった。
「……ここも、全部描くのか。」
自分で決めたことなのに、思わず苦笑する。
それでも紙を取り出す。
一本の線を引く。
また一本。
広大な平原の形を少しずつ記録していく。
その途中で、動物の群れが遠くを横切った。
彼は筆を止める。
「きれいだな。」
しばらく眺めてから、動物たちの姿も紙へ描いた。
地図だけではない。
そこで生きているものまで残しておきたかった。
そんな日々を何年も繰り返した。
季節が変わる。
雨が降る。
雪を見る。
そして、また暖かくなる。
彼はどんな環境でも歩き続けた。
暑ければ水を探す。
寒ければ服を重ねる。
道がなければ、自分で道を作る。
崖があれば回り道をする。
危険な場所へ無理に踏み込むことはしない。
「地図を描くために死んだら、意味がないからね。」
彼はそう言って笑った。
二十六歳になった頃。
彼は、これまでとは明らかに違う景色へたどり着いていた。
空気が冷たい。
地面には雪が残っている。
木々も少なくなってきた。
彼は吐いた息が白くなるのを見て、少し驚いた。
「こんなところまで来たのか。」
振り返る。
これまで歩いてきた大地が、はるか遠くまで続いている。
南の方角を見れば、自分が何年もかけて歩いてきた世界がある。
そして、北を見る。
そこにもまた、知らない世界が広がっている。
彼は地図を広げた。
紙の上には、これまで歩いてきた道が無数に刻まれている。
だが、北の部分にはまだ大きな空白が残っていた。
彼はその空白を見つめる。
「まだある。」
思わず笑った。
「まだ、描いていない。」
寒さで指が少し震えている。
それでも筆を握った。
空白の上に、一本の線を引く。
彼は知らなかった。
その先に、これまで経験したことのないほど厳しい寒さが待っていることを。
そして、その先にある大地が、北アメリカの最後の大きな空白になることを。
ただ一つ分かっていた。
まだ歩ける。
だから、歩く。
彼は白い息を吐きながら、北へ進んだ。
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