第9話 世界には、まだ道がある

季節は何度も巡った。


雨の日もあれば、乾いた風が吹く日もある。


木々の色も少しずつ変わり、見かける動物たちの姿も変わっていった。


その変化を楽しみながら、彼は北へ歩き続けていた。


旅に出てから五年。


二十一歳になろうとしていた。


歩き続けるうちに、一つの癖が身についていた。


初めて訪れた場所でも、まずは高い場所を探すこと。


丘でもいい。


岩場でもいい。


木に登れるなら、それでもいい。


高いところへ立てば、その土地の表情がよく分かる。


ある日。


彼は大きな岩山へ登った。


見下ろす景色は、これまでとは少し違っていた。


森が途切れ、遠くまで続く平原。


その先には、青く光る海。


そして、そのさらに向こう。


「……?」


彼は目を細めた。


水平線の近くに、ほんのわずかだが黒い影が見えた気がした。


雲かもしれない。


見間違いかもしれない。


それでも、胸の奥で何かがささやく。


「道は、まだ続いている。」


旅を始めた頃なら、あれを気にも留めなかっただろう。


だが今の彼は違う。


風の流れ。


鳥の飛ぶ向き。


海の色。


雲のでき方。


そうした小さな違いが、遠くの景色を教えてくれることを知っていた。


「行ってみよう。」


答えは、歩けば分かる。


その考えは、旅を始めた日から変わらない。


その夜、焚き火を囲みながら、彼は新しい紙を広げた。


今まで描いた地図を見返していると、不思議なことに気づく。


一本一本の川。


一つひとつの山。


それぞれを描いているだけなのに、紙を並べると、大地には流れがある。


山脈は一本の背骨のようにつながり、川はその間を縫うように海へ向かう。


「世界にも、決まりがあるんだ。」


誰かに教わったわけではない。


歩き続けたからこそ見えてきたことだった。


それから彼は、地図を描く方法を少し変えた。


山を描く時は、その連なりを意識する。


川を描く時は、水がどこから来て、どこへ向かうのかを確かめる。


海岸線だけではなく、風が吹く向きまで書き留めるようになった。


地図は、少しずつ変わっていった。


景色を写すだけの紙ではない。


世界の仕組みを描く紙へと。


朝日が昇る。


荷物をまとめ、彼は歩き始める。


目指す場所は決まっていない。


だが、進む方向だけは決まっている。


北へ。


もっと北へ。


まだ誰も見たことのない景色が、自分を待っている。


その確信だけを胸に、彼は静かに一歩を踏み出した。


旅は、まだ終わらない。


いや――。


ようやく、この大陸の本当の広さが見え始めたばかりだった。

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