第8話 終わらない大地
細い大地を越えてから、どれほど歩いただろう。
森を抜けても、また森。
丘を越えても、また丘。
歩き続けても、大地は終わる気配を見せなかった。
彼は何度も高い場所へ登っては、遠くを見渡した。
それでも見えるのは、地平線の向こうまで続く緑だけだった。
「大きいなぁ……。」
思わず笑みがこぼれる。
もし昔の自分なら、不安になっていたかもしれない。
「いつ終わるんだろう。」
そう考えていたはずだ。
けれど、今は違う。
知らない景色がある。
それだけで嬉しかった。
旅を始めてから、世界は何度も彼の予想を裏切ってきた。
一本の川だと思ったら、大きな川へつながっていた。
小さな森だと思ったら、何日歩いても抜けられなかった。
そして今。
新しい大陸は、南の大陸よりもはるかに広い。
そんな予感がしていた。
その日の夕方。
彼は焚き火の前で、これまで描いた地図を並べていた。
南の大陸。
細い大地。
そして、新しく描き始めた北の大陸。
紙をつなげて眺めていると、一つのことに気づく。
「まだ、ほんの少ししか描けていない。」
旅に出て四年。
歩いた距離は、自分でも数え切れない。
それなのに、新しい大陸はまだ始まったばかりだった。
普通なら、心が折れてもおかしくない。
しかし彼は、小さく笑った。
「良かった。」
その一言だった。
「まだ、たくさん歩ける。」
彼にとって、旅が終わることのほうが寂しかった。
歩けば歩くほど、新しい景色に出会える。
知らない動物と出会える。
見たことのない花が咲いている。
だから、大地が広いことは悲しいことではない。
むしろ、嬉しいことだった。
翌朝。
歩き始めて間もなく、彼は巨大な木を見つける。
これまで見てきた木とは比べものにならないほど太く、高かった。
幹にそっと手を当てる。
「ずいぶん長く生きているんだね。」
木はもちろん答えない。
それでも彼は、しばらくその場を離れなかった。
旅をしていると、こんな時間が好きだった。
急ぐ理由はない。
世界は逃げない。
だから、気になった景色には足を止める。
気になった木には触れてみる。
気になった川は、流れを見つめる。
そうして歩いてきたからこそ、この旅は楽しかった。
その日の夜。
彼は日記を開く。
そして、少しだけ笑いながら書いた。
『この大陸は、大きい。
とても大きい。
だけど、それが嬉しい。』
約二千年後。
この短い一文は、多くの読者に愛されることになる。
世界地図を完成させた人物が残したとは思えないほど、素朴で、まっすぐな言葉だったからだ。
歴史学者は語る。
「彼は世界を制覇しようとしたのではありません。
世界を好きになろうとして、歩き続けた人だったのです。」
その評価は、誰よりも彼の旅を表していた。
まだ世界は広い。
だから今日も、彼は歩く。
ただ、世界を知るために。
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