第7話 海の向こうを信じる

新しい大陸を歩き始めてから、数か月。


彼は相変わらず海岸線に沿って歩いていた。


この旅が始まってから、何千もの景色を見てきた。


山も。


森も。


川も。


そして、海も。


海岸線には、不思議な規則がある。


入り江があれば、その先には岬がある。


潮の流れが変われば、浜辺の形も変わる。


鳥が集まる場所には、魚が多い。


そんな小さな違いを、彼は自然と覚えるようになっていた。


ある日。


彼は高い崖の上から海を眺めていた。


風は穏やかだった。


波も静かで、水平線はどこまでも続いている。


しばらく景色を見つめていると、彼はふと首をかしげた。


「……おかしい。」


目の前には何もない。


それなのに、何かがあるような気がした。


理由は説明できない。


ただ、この海は終わっていない。


そんな感覚が胸に残った。


彼は何度も海を見つめる。


潮の流れ。


波の向き。


飛んでいく鳥。


夕方になると、鳥の群れは決まって同じ方向へ帰っていく。


「帰る場所があるんだ。」


それは陸の方向ではなかった。


海の向こうだった。


翌日も、その次の日も観察を続ける。


結果は同じだった。


鳥たちは、海の彼方へ消えていく。


彼は紙を広げる。


まだ何も描かれていない海の上。


そこへ、小さな印を一つだけ描いた。


「島がある。」


誰かに教わったわけではない。


見えたわけでもない。


それでも、彼はそう確信していた。


もし何もなければ、この印は消せばいい。


だが、もし本当に島があったなら。


この一つの印が、未来の地図になる。


彼は紙を見つめ、静かに微笑んだ。


「歩いて確かめよう。」


彼は答えを急がない。


この旅で学んだことがある。


分からないことは、歩けばいい。


見えないものは、近づけばいい。


世界は、自分の目で確かめるものなのだから。


その日の日記には、短くこう書かれていた。


『今日は海の向こうを描いた。


まだ見えてはいない。


だけど、きっとある。』


数千年後。


この一文を読んだ研究者たちは驚くことになる。


彼が印を付けた場所は、現在のカリブ海に点在する島々と、ほぼ一致していたからである。


もちろん、それを知る由もなく。


彼は新しい朝日を浴びながら、再び北へ歩き始めた。


海の向こうにある「まだ見ぬ景色」を信じて。

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