第3話 世界への第一歩

十六歳。


故郷を離れた彼は、朝日を背に歩き始めた。


行き先は決めていない。


ただ、見たことのない景色がある方角へ。


それだけだった。


最初の数日は、見慣れた草原が続いた。


子どもの頃、狩りで歩いたことのある場所。


しかし、それを越えると、彼にとって未知の世界が広がっていた。


初めて見る森。


初めて見る川。


初めて見る動物。


そのすべてが、彼の胸を高鳴らせた。


「こんな場所があったんだ。」


彼は歩みを止めるたびに紙を広げる。


川の流れ。


森の広がり。


山の位置。


太陽が沈む方角。


風向き。


歩いた距離。


思いつく限りの情報を書き込んでいった。


一日の終わりには、何枚もの紙が地図で埋まっていた。


夜になると焚き火を囲み、その日描いた地図を何度も見返す。


「この川は、ここで曲がっていた。」


「この丘は、もう少し北だった。」


少しでも納得できないところがあれば、翌朝もう一度歩いて確かめた。


彼は、自分でも気づかないうちに「正確さ」に取り憑かれていた。


歩けば歩くほど、地図は増えていく。


そして、ある日のことだった。


旅の途中で折れた木の枝を拾い上げた彼は、それを削り始めた。


石で少しずつ形を整え、先端を細く削る。


さらに動物の毛を束ねて結びつけると、一つの筆が出来上がった。


「これなら、もっと細かく描ける。」


実際に使ってみると、線は今までよりもはるかに美しかった。


紙も、自分で植物の繊維を乾かして重ねることで、以前より丈夫なものを作れるようになった。


誰かに教わったわけではない。


必要だから考え、試し、作っただけだった。


彼には、自分でも知らない才能が眠っていた。


ものを作る才能。


それは旅を続けるたびに磨かれていく。


さらに驚いたのは、自分の記憶だった。


三日前に歩いた森も。


一週間前に渡った川も。


十日前に見た岩山も。


目を閉じるだけで、まるで目の前にあるかのように思い出せる。


「あの場所は、この道につながっていた。」


彼の頭の中では、一枚一枚の地図が自然につながり始めていた。


まるで世界そのものが、一つの絵になっていくようだった。


旅はまだ始まったばかり。


それでも彼は確信していた。


「きっと描ける。」


「世界は、一枚の紙になる。」


彼は再び荷物を背負う。


目の前には、どこまでも続く大地。


その先には、まだ誰も知らない景色が待っている。


彼は笑みを浮かべながら、一歩を踏み出した。


世界を描く旅は、まだ始まったばかりだった。

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