第4話 偽の悪名に拗ねる皇女
「まさか、その身一つで同行されるとは思いませんでした」
移動のために馬車に乗り込んだ後。
従者の一人も連れずに乗り込んできたベリアナに、俺は面食らっていた。
「アンタが居るんだから大丈夫でしょ? それに、斬りかかってくる奴が居るんなら望み通り返り討ちにしてやるわ?」
皇女とは思えない逞しさだ。
道中では盗賊等も潜んでいる可能性があるのだが、仮に対面したとして、もはや相手に同情するレベルの意気込み方である。
傷をつけたら最後、一族諸共殺されそうな勢いだ。
と、馬車で向かい合ったまま、ベリアナは俺の横に座る少女に視線を移す。
「それに、そっちも従者は一人じゃない」
「……ひっ」
背は低く、声も小さい少女はメイド服に包まれた身を縮こまらせた。
名前はソフィア。
俺の乳母兄妹で、同い年の付き人である。
しかし、そもそも俺の移動に付いて来られるような実家のメイドは、こいつしかいない。
縮小して弱り切った実家では、雇えている従者の数も僅か。
そんな中で、辺境にまで付いて来てくれるのはソフィアだけだった。
そんな彼女は、現在身を震わせて落ち着かない様子だ。
今にも剣を抜きそうな皇女に、まだ慣れないらしい。
こそこそと手を触られていたので、俺は慣れた手つきで握り返す。
昔から、彼女がビビった時はよく手を握ってやっていた。
「何よ。人を化け物みたいに見て」
「あぅ」
「……あまり人の侍女を虐めないでもらえますか?」
涙目になるソフィアの代わりに言うと、ベリアナは不機嫌そうに口を尖らせた。
「あーあ、どうせアレでしょ。アタシの巷での噂に踊らされて怯えてるんでしょ? あんなの、大体嘘なんだから」
「え、そうなんですか?」
「当たり前よ。……いや、事実もあるけど」
どっちだよとツッコみたいところ、抑えてジト目だけ向ける。
しかし、そこまで言うなら気になるな。
旅はまだ長いし、一応聞いておくか。
「じゃあ第二皇女の顔面に魔術を放ったという噂は、嘘なんですか?」
「それは事実ね」
「さっきの否定は何だったんだ……?」
最初の質問で前提が覆された。
馬鹿にしているのだろうか。
しかも、流石に嘘だろうと思っていた話が、まさかの事実だっただなんて。
ずっと警戒しておくのも馬鹿らしくなってきた。
呆れて乾いた笑いを漏らす俺と、さらに怖がって手に力を込めてくるソフィア。
俺の左手が粉砕されそうになっていると、ベリアナは焦ったように首を振り始める。
「で、でもあれはあの女が悪いのよ。うちの侍女を虐めていたから、それを護るために追っ払っただけ。それに、当時のアタシってまだ7歳よ? そこに18歳だった人間が嫌がらせしてくるって、凶暴なのはどっちよ?」
「あれ? ちょっと待ってください。向こうから喧嘩を売って来てたんですか? 初耳なんですが」
「そりゃそうよ。帝都の連中はアタシの格を下げるのに必死で、いつも嘘ばっかり吹聴して回ってるんだから」
だとすると、少し話が変わってくる。
なんだか外聞だけで変に知った気になって、申し訳ないな。
「すみません。そうとは知らずに」
「ふん。どうせアタシなんか、苛烈凶暴な悪魔だもんね? 勝手にそう思っとけばいいのよ」
「……」
拗ねてしまった。
しかし、無理もないだろう。
それに、なんだか身に覚えのある境遇だ。
知らないところで情報を書き換えられ、広められた挙句に嫌がらせを受ける……。
良い気分は、しないだろうな。
よくわかる。
よし。
「じゃあ、その偽の悪名もいつか取り除きましょう。手伝いますよ」
「……え?」
「自分の婚約者が変な情報のせいで曲解されていると、俺も嫌ですから」
俺まで偏見で見られかねないからな。
婚約者になった今は、もう一蓮托生だ。
と、何やら無言になったベリアナに俺は首を傾げる。
「どうかしました?」
「へ? ……あ、あぁ。いやいや、なんでもないわよ。ふふん、良い事言うじゃない」
「それはどうも」
「よし、その意気よ。アイツら、まとめてぶっ殺してやるんだから。まずは手始めに第二皇女からね!」
「それはやめてください」
皇族への暗殺行為は当然即刻処刑だ。
それは勿論、その人間の親族もまとめてである。
そんな業を背負わせないで欲しい。
一体どこまで本気なのかわからないため、俺とソフィアは本気で震えるのであった。
◇
夜になり、俺は星空の下でぼーっとする。
食事は済ませ、周りはもうすっかり寝静まった時間だ。
とは言え見張り番なので、今は焚火を前に一人で座っている。
「はぁ……」
一人になると、色々考えてしまうな。
特に俺が今ベリアナに対して……大きな隠し事をしている事とか、だ。
デルフォン家は元より、先代が戦で手柄を立てた事で、皇帝より貴族として認められた。
だがしかし、最近は没落している。
何故か。
それは——帝国から、露骨に高額な税金を吹っ掛けられているからである。
度重なる無茶な催促に借金は嵩み、家は取り壊し寸前。
だからこそ、俺は多額の給金のために軍に入れさせられた。
そんなわけだからうちの実家は、実は反皇帝派に属している。
ベリアナとの婚約を告げた際、親父に言われた事は忘れられない。
『これは絶好の機会だ。内部に潜り込め。子供でもこさえたら、皇室と血統の繋がりが持てる』
それは、内部に介入するための陰謀である。
俺は正直、馬鹿だと思った。
そもそも俺がベリアナを懐柔できると思っている時点で全てがおかしい。
そしてついでに言われていた。
『皇女はいつ殺しても構わん。使い捨ての駒に過ぎん』
あくまで利用しろと、そういう意味だ。
もっとも、俺も親父に同情するところがないとは言わない。
不況に苦しめられたのは俺も同じだ。
だがしかし、そのごたごたの渦中に巻き込まれるのは遠慮願いたい。
……なんて、思い出して嫌な気分になった。
そうだ。
俺は別に、軍に所属していた期間を退屈だとは思わなかった。
何故なら、実家に居る方が嫌だったのだから。
「……ははっ、そう考えると今の俺は案外幸運かもな」
実家からの干渉は、皇女と仲睦まじく共に過ごすだけで防げ。
帝国からの干渉に関しては、そもそも辺境に飛ばされた事で物理的になくなり。
そして俺は、悠々自適にスローライフを送るのだ。
まぁその際の一番の懸念点は、ベリアナがその生活にどう関わってくるか、なのだが。
ここに来て堂々巡りである。
「……ん? あら、まだ寝てなかったのかしら? ——ふわぁ」
考えていると、眠っていたはずのベリアナが起きてきていた。
そのままおぼつかない足取りで、俺の傍までやって来る。
「寝るも何も、俺は見張り番ですよ。明日の昼にでも馬車の中で寝ます」
「そう、だったかしら。……つれない男ね」
今日会ったばかりだが、何回同じ事を言われただろうか。
苦笑していると、ベリアナは隣に座る。
そのまま俺の肩に頭を預けてきた。
「……どうしたんですか?」
「アタシね……? 嬉しかったのよ。アンタが昼間、アタシの噂が嘘だって信じてくれたこと」
「そう言えばそんな話もありましたね」
取るに足らない雑談ばかりしていたが、その話はよく覚えていた。
それに信じるも何も、当事者の言葉以上の証拠などないのだが。
……と、まぁそういう意味ではないのだろう。
「それと、アンタがその悪名も取り消そうって言ってくれた事も……うれしかった。——あんな気持ち、はじめて、だったんだからぁ」
「……寝ぼけてます?」
「——すぅ」
「訂正します。寝ていますね」
はた迷惑な女だ。
回らない呂律でダル絡みしてきたかと思えば、そのまま人の体に寄りかかって爆睡。
たった一日の付き合いだが、確かにわがままな皇女だと思う。
と、俺はその無防備な首筋に目を向けた。
——今なら、ヤれる。
ベリアナの体温が分けられる中、体の芯は凍えていくのが分かった。
そうだ。
今後、婚約者として接していくなら、何度も寝込みを襲う機会に遭遇するだろう。
その時に、俺はどうするんだ?
「……風邪引きますよ」
「んぅ……」
黙っておけば美人なのに。
そんな事を思いつつ、俺はベリアナを寝床に戻す。
——まぁ、皇族関係とは関わりたくないし、親父には諦めてもらおう。
皇女を利用するのは気が引けるが、別にいいか。
再度一人になり、思う。
俺だって、悪意を働こうってわけじゃない。
彼女が自身に絶対に靡かないという前提を利用して、淡いスローライフの夢を確実にしようとしているだけだ。
俺にとっても、婚約者として仲睦まじく演じる事は、メリットしかないのである。
本気にならなければ、それで良い。
既成事実さえなければ、巻き込まれずに済むのだから……。
「ベリアナが男に興味なさそうで助かったな……」
先程寄りかかってきたのも、その気がないからだ。
まさかあの皇女が、一日でそこまで心を開くわけがないしな。
うん。
どうせ、ただの従者程度だと思われているだけだろう。
それはそれで微妙だが、とりあえず一旦は置いておける。
独り言を漏らした後。
うんと伸びをしつつ、俺は焚火に薪を加えるのであった。
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戦功を横取りしたと難癖つけられた俺、嫌がらせで手がつけられない苛烈凶暴な皇女の婚約者に仕立て上げられる 瓜嶋 海 @uriumi
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