第3話「最終面接」
第三話「最終面接」
代々木の一等地にオフィスを構えた、三十八階会議室B。
机の上には一枚の履歴書が置かれている。
これから大手文具メーカー「カシオペアノート」の最終面接を行う。
「羽のように軽いペン」といえば、誰もが知る我が社の大ヒット商品だ。
今では日本国内のみならず、ヨーロッパをはじめ世界各国で文具シェア一位を築いている。
そして、あの宇宙機構NASAでも、私たちの文房具が宇宙で使用されているほどだ。
私は今、この会社の人事部長という肩書きで座っている。
いや、正確には――そういう設定でここに座っている。
実は私こそがこの会社の社長、"大崎守"である。
ただの町工場だったカシオペアノートを、一代で世界一へと押し上げた男だ。
そして、この最終面接はフェイク。
競争率0.05%を勝ち抜き、四度の面接と筆記試験を突破した者に、私自ら合格を伝えるための演出なのである。
鏡に映る自分の顔が少し緩んでいることに気がついた。
年甲斐もなく、ワクワクしているのだろう。
時刻は十三時四十五分。
そろそろ合格者である履歴書の彼が、この部屋のドアを叩く頃だ。
私は彼の顔写真を見ながら、これからの段取りをもう一度確認した。
まず彼が入室し、普段通りの面接を行う。
そして一通り終えたところで、「ところで君は、社長の顔を知っているかね?」と尋ねる。
すると彼は「知りません」と答える。
そこで私は、「私がこの会社の社長だよ」と告げる。
それを合図に、隣の部屋で待機していた社員たちが拍手をしながら入室する。
何が起こったのか分からず戸惑う彼に、最後は私が「合格おめでとう。今日から君も我々の一員だ」と伝える。
完璧なサプライズだ。
私は高鳴る胸を抑え、ゆっくりと深呼吸した。
その時、電話がワンコールだけ鳴った。
あらかじめ決めておいた、合格者が到着した合図だ。
私は静かにドアを見つめた。
――トントン、ットン。
......今、ノックに裏拍が乗っていなかったか?
いや、気のせいだろう。
「どうぞ、お入りください」
ドアが静かに開く。
「失礼します」
履歴書の写真通りの好青年が部屋へ入ってきた。
深く一礼してからドアを閉め、椅子の横まで歩いてくる。
「本日はよろしくお願いいたします」
再び深々と頭を下げる。
うむ、素晴らしい。
顔立ちはまだ幼いが、礼節を感じさせる立ち居振る舞い。
そして、その瞳には深い確かな自信が宿っていた。
「どうぞ、お掛けください」
彼は背もたれにもたれず、姿勢よく腰を下ろした。
ふと、彼の指先が目に入る。
あれ。
......あれぇ!?
膝の上に揃えられた十本の爪が、すべてピンク色に染まっている。
ネイル.....してる!?
確かに最終面接は服装自由と記載してあったが.....。
.......いやいや、きっと私の見間違いだ。
私は部下が用意した面接マニュアルに目を落とし、質問を始めた。
「本日はお越しいただきありがとうございます。それではまず、簡単に自己紹介をお願いできますか?」
彼が答えている間に、私はもう一度その指先へ目を向ける。
「私はバングラ大学ディッシュ学部の、前歯出っ歯郎と申します」
何度見ても、爪はピンク色だ。
しかも、一つひとつに文字が書かれている。
「大学ではフィッシング詐欺を学び、ゼミではウーパールーパーの繁殖を食い止めていました」
.....何が書いてあるんだ?
私は次の質問を読み上げながら、さらに身を乗り出した。
「ありがとうございます。では、学生時代に一番頑張ったことは何ですか?」
「性交渉です」
彼は自信満々に、ハキハキと答える。
しかし私は、その内容よりもネイルが気になって仕方なかった。
「なるほど.....では失敗した経験と、それをどう乗り越えたかを教えてください」
「タコ人間との対話を目指してタコ語の習得を試みましたが、代償として倫理観をすべて失いました」
彼の手の角度が変わり、左指の文字が見えた。
『お・に・い・ちゃ・ん』
.....おにいちゃん?
「ですが今は、架空の妹を脳内で使役することで、破壊衝動だけは抑えています」
では、右手には何が書かれているんだ?
「当社で実現したい夢は何ですか?」
「毎朝四時半に出社し、四足歩行でフロアを這いずり回ります」
彼が頭をかいた瞬間、右手の文字が見えた。
「そして皆さんが出社する二十分前には、屋上からパラシュートで退社します」
『が・ん・ば・っ・て』
つまり、全てを合わせて読むと....。
"おにいちゃんがんばって"......!?
「そのネイルは、もしかして妹さんが?」
私は意を決して尋ねた。
たとえ誰が塗ったものであっても、面接でネイルはご法度だ。
「.....はい。病気で伏せている妹が、私のために震える手で描いてくれました。.....汚い字ですよね」
私は静かに首を横へ振る。
彼は少し俯いた後、再び顔を上げた。
「.....これが面接の妨げになったとしても、私は妹の兄であることを誇りに思っています」
彼は指先をこちらに見せて苦笑した。
心まで美しい青年だ。
そして、彼と働きたい。
そう思わせる不思議な魅力が彼にはあった。
こういう人間力こそ、ビジネスには欠かせない。
私が言うのだから間違いない。
「最後に、一つだけ聞こう。私が誰だか分かるかね?」
気づけば目頭が熱くなっていた。
「ちょんまげっ!」
そして私は、目を抑えながら満を持して告げる。
「実はね、私がこの会社の社長だよ。合格おめでとう」
私の言葉を合図に、社員たちが部屋へ入ってきた。
だが全員、同じように口を半開きにして立ち尽くしている。
私は全員の視線を追っていく。
「ちょんまげっ!」
彼は椅子の上で逆立ちし、大股を開いた。
その姿を見た私は、その場に膝から崩れ落ちた。
マカロニラプソディ〜5分で読めるブラックジョーク〜 春ノ音 @harunootoooo
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