第2話「僕の夏休み」


第二話「僕の夏休み」


 八月二日、快晴。


朝、目が覚めた瞬間、僕は飛び起きた。


だって、今日は宮崎のおじいちゃんとおばあちゃんの家に行く日だから。


初めての一人旅は緊張するけど、それよりもワクワクで落ち着かない。


自分の体くらいのキャリーケースを引きずって、少し早めに羽田空港に着いていた。


――テンテンテーテーン


ここでしか聞けないアナウスの音が、僕はすごく好きなんだ。


「そうだいけない、忘れてた!」


おじいちゃんとおばあちゃんに、東京のお土産を買って行くんだった。


僕はお見上げコーナーを一頻り見終わった後、『東京ジャンボ焼売』を買う事にした。


僕はお土産をキャリーケースにしっかりとしまった。


喜ぶといいな。


そんなことを思って飛行機の座席に座って目を瞑る。


すると、CAさんに肩を揺らされて窓の外を見ると、まだ飛行機は動いていなかった。


「あれ?まだ飛んでなかったんですか?」


「もう宮崎に着いたんですよ!」


そこで、座った後すぐに眠ってしまっていた事に気がついた。


僕は顔を真っ赤にして飛行機を後にした。


そして、キャリーケースを引きずりながら宮崎空港のロビーをうろうろしていた時。


「たっく〜ん」


僕の大好きな声が聞こえた。


「おばあちゃん!」


声の主はやっぱりおばあちゃんだ。


おじいちゃんと二人で車で迎えに来てくれたみたいだ。


宮崎空港から二人の家までは電車で1時間くらいかかる。


車だと二時間以上かかっちゃうけど、沢山おしゃべりしたいから平気なんだ。


空港を出ると、僕たちは駐車場の方へ歩いて行く。


「たっくん、本当に一人できたと?」


「そうだよ!すごいでしょ!」


僕はキャリーケースから紙袋を取り出した。


「こりゃなんね?」


「東京の空港で買ったお土産だよ!」


「ほえ〜、でいじゃ〜」


おばあちゃんは、すごく驚いた時によくそう言う。


宮崎弁らしいんだけど、どういう意味かは知らない。


「おーい、なんしよっとー?」


遠くの方でおじいちゃんの声がした。


「ありゃ、おじいさんが怒っちょる。はよいかんとね」


僕とおばあちゃんは駆け足で車に向かった。


そして助手席に飛び乗ると車は発進した。


車はトンネルに差し掛かる。


今年の夏は何をしようかな。


おじいちゃんと一緒にカブトムシを取りに行ったり。


おばあちゃんと花火をしたり。


やりたいことが沢山ある。


車はトンネルを抜ける。


フェニックス並木が続く、海の見える街道を走って行く。


おじいちゃんがサンガードを下ろすと、そこからサングラスが出てきた。


おじいちゃんは無口な人だからか、僕とあまり話そうとしない。


だけど毎年お年玉をくれたり、誕生日にはプレゼントを贈ってくれる。


もちろん僕はおじいちゃんも大好きだ。


僕も真似をして助手席のサンガードを下ろした。


――ポロッ


何かが足元へ転がり落ちた。


それを拾い上げると、それは結晶のような粒の入った小袋だった。


「これ何?」


「.....」


おじいちゃんはサングラスをかけたまま、真っ直ぐ前だけを見てちた。


ルームミラーで越しに、おばあちゃんと目が合った。


「....こりゃ、でいじゃ〜」


おばあちゃんが何かを呟くと、僕は後ろを振り返った。


突然、後頭部に強い衝撃を感じた。


――僕はそこで気を失った。


次に目が覚めると、僕は知らない倉庫のような部屋で、椅子に縛り付けられていた。


口元はテープのようなものが貼られて、声は中でこもってしまう。


かろうじて頭だけが自由に動き、僕は必死に部屋を見渡す。


広い倉庫の一室の中央に、一際目立つ机が置いてある。


その上には、フラスコやビーカーなど理科室にあるような器具が並んでいた。


――ビーッ


ブザーの音が鳴って扉が開く音がした。


足音がゆっくりと近づく。


そして僕の目の前で止まった。


ゆっくり顔を上げると、そこにはゴム手袋と黒いマスクをしたおばあちゃんが立ってた。


そして僕の口元のテープに優しく触れた。


「叫んでもよかけんど、だぁ〜れも来ちゃくれんど?ええね?」


僕は必死に頷く。


おばあちゃんはにっこり笑顔を見せると、勢いよくテープを剥がした。


「いたっ」


おばあちゃんはテープを畳んでポケットにしまった。


「そんで、これどげんすんね」


「俺は知らねぇ、忙しいんだ。そっちでなんとかしろ」


「そじゃけんどんよ?孫をこげんままにしとくわけにもいかんばい」


「俺はいつかこうなる気がしてた。そして予想が当たった。それだけだ」


おばあちゃんが話す男は、机の前で背を向けて何かをしていた。


「ねぇ!おばあちゃん!なんでこんなことするの?」


僕の声に反応して、男が振り向いた。


その男はおじいちゃんだった。


おじいちゃんは深いため息をつくと、ゆっくりと僕の方へ歩み寄ってきた。


そして僕の目線まで腰を下ろすと、静かに話し出した。


「いいか坊主?お前は見てはいけないものを見ちまった。それがこの結果だ」


「.....見てはいけないもの?」


おじいちゃんはポケットから、さっき僕が拾った小袋を出した。


「これがなんだか分かるか?」


「.....お砂糖?」


「ははっ!そりゃ面白い!確かに砂糖のように人を甘やかし、脳みそを溶かしちまうものだ!」


おじいちゃんとおばあちゃんは手を叩いて笑っていた。


その様子に僕も少し気が抜けてしまった。


「おい何ニヤついてるんだ?こいつはメスだ。分かるか?」


「....メス?手術とかの....?」


おじいちゃんは舌打ちをすると、僕の胸ぐらを掴んだ。


「メタンフェタミン!!覚醒剤だよ!!」


...覚醒剤!?道徳の授業で習ったけど....


「おじいちゃんそれはダメなものだよ?」


「は?ダメなものだから価値があるんだろ?金が動くんじゃねぇか?何言ってんだこいつ」


子供の頃から、ずっと疑問だった。


おじいちゃん達はお仕事もしないのに、どうやってお金を作ってるんだろうって。


車を買い替えたり、リフォームしたり。


僕の友達のおじいちゃん達もみんなお金を持ってる。


きっと、みんなのおじいちゃん達もこうやってお金を作ってたんだ。


「....そんな、僕のおじいちゃんとおばあちゃんが悪者だったなんて」


「おいおい!俺たちが悪者?それは違うぜ」


おじいちゃんは、机の上に置いてあった紙袋から箱を取り出す。


それは僕の渡したお土産だった。


箱を乱暴に開けると、焼売を鷲掴みにして口へ運ぶ。


「お前は毎年この田舎に来て疑問に思ったことはないか?」


「疑問?」


「なんで田舎のパチンコ屋はあんなにデカいのか....って。客も金の無い年寄りばかりなのに、一体何で儲かってるのか....おかしいと思わないか?」


確かに。


都会と比べて、田舎のパチンコ屋は大抵大きくて外観も綺麗だ。


おトイレを借りに入ったことがあったけど、お客さんもみんなお年寄りばかりだったのに。


「あれはな、パチンコで負けが込んだ老人達を、地下に監禁してメスを作らせてっからだ」


「...まって!そんなの、警察が放っておく訳ない!」


「国の管理する遊技場だ。法律で守られた金の流れがある。つまり、このシステムの大元は国だ」


「!?」


すると突然おばあちゃんは膝から崩れ、泣き出してしまった。


それを見たおじいちゃんは、おばあちゃんの肩に優しく手をのせる。


「俺たちはそこから抜け出して、管理する側に回れた、まだ運のいい年寄りだ」


そして腰から銃を抜いて僕の頭を狙った。


「てめぇ一人のせいで、やっと築き上げた俺たちの立場を奪わせねぇ」


引き金を引こうとした時、僕はおばあちゃんに声をかけた。


「おばあちゃん、今何時?」


「17時48分だけど....それがなんね」


それを聞き、僕はおじいちゃんの顔へ視線を戻す。


「僕ね。さっきのお土産、手荷物として機内に持ち込まず、トランクに入れっぱなしにしたんだ」


「....うがっ!?」


おじいちゃんが突然お腹を抑えて苦しみ出す。


「食中毒か.....て、てめぇ、やりやがったな.....」


僕はあらかじめ切ってあったロープを手離すと、椅子から立ち上がった。


そしておじいちゃんの手元で転がった銃を拾い上げる。


「こうなる事は簡単に予測できたからね、前もって準備させてもらったよ」


マガジンを落としホールドオープンさせ、僕は弾数を確認した。


込められていた弾薬が一つ床に落ち、それを二人は目で追いかけた。


そして再びマガジンを突っ込み、親指でリリースレバーを下げた。


そして、おじいちゃんの頭へ銃口を向けた。


「働いてもいない老人が、どうやって金を手に入れてるのか....それさえ分かれば、二人はもう用済みだよ」


「.....こりゃ、でいじゃー」


乾いた短い音が二つ、室内に響き渡る。


こうして僕の夏休みが始まった。




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