マカロニラプソディ〜5分で読めるブラックジョーク〜

春ノ音

第1話「最期のメッセージ1」

 時刻は午前一時十八分。


スマホの画面だけが暗い部屋を照らしている。


気がつくとまた留守番電話の表示をタップしていた。


「.....」


スピーカーからら聴き慣れたあの声が聞こえる。


そこで再生を止め、静かに目を瞑った。


一年前、俺は国際捜査課へ異動した。


世界を相手にしたデカい事件を追える。


そんな期待を胸に荷物をまとめて新しい部署へと移った。


が、現実は違った。


俺の担当したのは、『D-nine』というサイバー犯罪組織の捜査だった。


その為、足を使うよりパソコンと向き合う時間の方が長かった。


現場で事件を追う為に警察官になった俺には、その日々は苦痛でしかなかった。


もどかしさはやがて限界を迎え、一年も待てず異動願いを提出した。


....今思うとその決断は大きな間違えだった。


俺の代わりにD-nineの担当になった刑事は、直属の上司だった「古田さん」だった。


そして彼は、俺の刑事像の模範となる人でもあった。


「....新島先輩」


遠慮しがちな声にゆっくりと目を開く。


いつの間にか部屋の蛍光灯がついていた。


眩しさに目を細めながら、声がした入り口の方へと目をやる。


そこには今の部署の後輩、「近藤樹貴」がいた。


タツキは警察学校時代の後輩でもあり、そして古田さんを心から尊敬する警官の一人だ。


「おお...タツキか。悪いな、こんな時間に呼び出して」


「いえいえ、それより....大丈夫ですか?もう何日も寝てないと伺いました.....」


タツキは隣の椅子に腰を下ろし、缶コーヒーを机に置いた。


俺はそれを一息で飲み干すと、口元を乱暴に拭った。


「....平気だ。それにこんな状況、古田さんだったら七徹はしてる」


その名前を聞いた途端、タツキの手に力が入り缶が音を立てた。


「古田さん....残念です。すごく優秀な警察官でした....」


「.....俺のせい....かもな」


「そんなこと言わないでください!先輩のせいじゃないですよ!」


古田さんはD-nineを追ってる途中に、何らかの事件に巻き込まれ殉職した。


至近距離から心臓を一発。


明らかにプロの犯行だ。


タツキは俺のデスクに広げられている雑誌や新聞記事に目を落とした。


「やはり、D-nineでしょうか?ネットニュースでも取り上げられてましたね」


マスコミは、D-nineの関与を匂わす記事ばかりを一斉に報じていた。


しかしD-nineはサイバー犯罪に特化した組織だ。


殺しは専門外であることくらい、子供でも分かりそうなものだ。


だが、俺たち所轄の刑事に、国際捜査課の捜査資料にアクセスする権限はない。


かつて俺が追っていた事件なのに、もう手を伸ばすことすら許されない。


「....まだ分からない。だが俺は、何かを古田から託された気がするんだ」


「託された....何をですか?」


机の上にスマホを無造作に放り出した。


「古田さんが亡くなる2時間前、俺の携帯に留守電が入っていた」 


タツキはスマホを手にすると、震える声で聞いてきた。


「....まさか、亡くなる直前の古田さんから連絡があったんですか....!?」


「ああ。知らない番号からだったがな。だが、留守電に残されていた声は、間違えなく古田さんだ」


そしてタツキからスマホを受け取ると、俺は電話帳を開いた。


「俺は登録の無い番号には絶対に出ない。それは古田さんも知っていた」


その時、古田さんによく言われた言葉を思い出した。


「お前、臆病だな」


俺はふっと笑い、そして古田さん番号の書かれた項目を見せる。


「つまり留守電の機能を使う為だけに、別の携帯を用意して電話をかけたと言うことだ」  


「.....そうまでして、古田さんが残したかったメッセージって....一体何なんですか!?」


俺は黙ったままスマホを操作して、留守番電話の項目に移動する。


そして画面に触れる直前で指先が止まる。


ゆっくりとタツキの顔を見る。


「....かなり小さい声だ。よく耳を澄ませて聴いてくれ」


タツキはコクンと頷き息を呑んでいた。


その様子を見て、俺はスマホの音量を上げて画面をタップした。


「.....ジッ.........ジッジッ....スー」


最初の数秒はノイズのような音が入っている。


それが終わると古田さんのか細い声が入ってきた。


「...........セミ.....ユワカシ.......ゴハン....」


そこで音声が止まり、俺は止めていた息を吐き出した。


浅い呼吸のまま、背もたれに体を預ける。


「....え?どういう.....」


タツキはかなり動揺しているようだった。


俺は息を整えて、それからタツキに質問した。


「.....一応確認するが、これは古田さんの声で間違えないよな?」


「....はい、僕らが何度も聞いた古田さんの声です。間違えありません」


タツキはなんとも言えない表情で俺を見つめていた。


「....それで、古田さんはなんて言ってた?」


「....とても小さな声で、"蝉"、"湯沸かし"、"ご飯"....って」


俺はタツキの肩を掴んだ。


「そうなんだよ」

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