薄幸令嬢の心はがめつく揺れる

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★前話『渾身の謝罪回』のアイラ視点です。

★両親を失い実家から虐げられていたアイラを、新人女流作家を育てるという理由で経済的に支えたのがランベール・ギーズでした。

★本来がめついアイラ/北橘(ほっきつ)佳奈は、フェロモン大王の姑息な罠に見事引っかかることに……自業自得。

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 ただ今初夏、小鳥たちがせわしなく鳴き、木々の緑は益々深くなっております。


 わたくしは小説家、詩的表現だってできるのですわ、ホホホ。


 ――アイラ・サウス、十七歳。

 この世界に転生してから、怒涛の二年近くがたちました。


 大学街の落ち着いた雰囲気の中、ミシェル・バルビエ氏の超絶技巧ピアノ曲をBGMに、ギーズ邸の瀟洒なガゼボで二作目長編小説『薄幸令嬢は咲き乱れる』の執筆中。

 タイトルが変ですと?

 大丈夫、儚げ文学青年フリップさんがブラボーかつ怪しい表現で修正するから。


 エレン奥様は社交で忙しく、出掛けることが多い。帰りが深夜や翌日になることも。ランベール様も、出版社だけでなくあちこち回っている。

 すれ違い夫婦という訳でもなさそうなんだけど――不思議な関係。あんな風にお互いを束縛せず自由な生活を送れるのなら、結婚してもいいのかな――。


『自立』と『結婚』。

どちらかひとつではなく、どっちも。

そんな関係もあり?





 ヴェストル伯爵様がギーズ家を訪ねて来るという知らせがあった。


 当主様ってアレよね、ティールームに現れたフェロモン大王。別名ジェシー・ウエスト。契約終了のサインはしたし、あれから五か月はすぎているし?


(会ったらぶちのめしてやる!)


 昼下がりのティータイム、フェロモン大王が細身のコート姿(たぶん脱ぐとスゴイ)で、いつもの従者を伴ってギーズ邸へやって来た。

 エレン奥様は財界パーティーへ出かけてしまったので、ランベール様とウォルティーさん、執事さん、数人の使用人で、メッチャ格式張って伯爵様御一行を迎えた。

 わたしもそれなりのドレス姿(ランベール様プロデュース)で優雅にお迎え……しようかなと思ったけれど、やっぱコイツムカつくわ。


 ぶちのめ……いや、ブッコロ!


 助走をつけて――ジャンプ、アタ~ック!


「shine、kuzu!」(注:日本語です)


 ペチリ。


 おっと、失敗。顔ビッタンじゃなくて顎ペチンだった……チッ。


「おや、随分と可愛いお出迎えですね、アイラ・サウス嬢?」


 両手をジェシー・ウエストの大きな手に掴まれて……吊るし上げくらったぜ!


「アイラ嬢、お相手は伯爵様なのですよ、わきまえましょう。叩いても何の益もありませんから。伯爵様も、貴族令嬢を吊るし上げるなど、冗談では済まされませんよ」


 チッ!





「ようこそギーズ邸へ、伯爵様」

「ギーズ卿、お招きしていただき、ありがとうございます」


 ガシッ、ズ・ゴゴゴゴゴ……。


 握手をしているだけなんだけど、二人の間で渦巻く空気が重力異常を起こしているみたい。渦に巻き込まれたらブラックホールに囚われそう。


 う~ん、圧倒的な色気。圧倒的なタレ目とホクロ。近寄りがたい存在感。殴っても蹴ってもびくともしなそうな体躯。コイツをやっつけるには、ピーチ姫のフライパンが十個くらい必要かも。


「ようやくお会いすることができて光栄です、アイラ嬢。ご挨拶が遅くなり大変申し訳有りません、ヴェストル伯爵家当主のジェシー・ウエストです」


 フェロモン大王がバラの花束を差し出し、目の前で見事なボウ・アンド・スクレープをした。


(おぉ~っ、本物のお貴族様~。ドラマで見たのとちょっと違う感じだけど、感動!)


「はじめまして、伯爵様。サウス男爵家のアイラですわ」


 正式な挨拶の仕方が分からないので、エレン奥様の真似(注:あざと可愛らしい)をした。

 フェロモン大王が一瞬固まった。





 わたしたちが応接間に落ち着くと、さっそくジェシー・ウエストが前回の契約についての説明をはじめた。要約すると『言い訳タラタラ』ですかね。


「……今日伺ったのは、前回の説明不足と不手際に対する謝罪、それからもうひとつ別の理由がありまして」

「どのような?」

「慰謝料も兼ねてもう一度アイラ嬢をウエスト邸に招待したいのです。ご両親が亡くなった貴族令嬢を保護するという名目で」


「「はぁっ!?」」


 わたしは頭の中が真っ白になり、ランベール様はタバコを落としそうになった。





「……新たな招待の期間は、来月から半年間。孤児となった貴族令嬢を保護するという形で」


 思っていた謝罪と違う。

『謝罪』が『ウエスト家への招待』?

 ……てっきり慰謝料をもらえるんだと思ってた、ガッカリ。


「お聞きしますけど、どうしてですか? それに、なぜ半年も?」

「のっぴきらない事情がまだ収まっていないので、もう一度私の連れ……いや、パートナーをお願いしたい。半年というのは前回の贖罪期間として。新たな契約をして頂ければ、前回の慰謝料としての支払いをするつもりです」

「えぇっ……」

「ここにウエスト邸滞在についての契約書があります。報酬は前回と同じ。今回は直接アイラ嬢に支払いましょう。あなたからの要望があれば考慮しますし、私はもう国外へ行くことはありません。前回態度の悪かった使用人は全員解雇しましたので、安心できる快適な暮らしを保証しましょう」


(マジですかーっ!)


 態度の悪かった使用人全員解雇の上、慰謝料もとい報酬は直接わたしに支払う?


 つまり、半年間ウエスト邸に滞在するだけで大金がもらえる!

(注:日本円でだいたい一千万円くらい。ジェシー・ウエストの一か月半ほどの小遣い程度、ジェシーは引きこもりの倹約家です)


 わたしの一軒家構想が一歩近付くではないか!



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「どうだろう?」

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(乗ったぁ~!!!)


 大富豪め、あなどれないわ!


 もう、心臓バクバクよ!?


 フェロモン大王、相変わらずまつ毛長っ! 瞬きするたびにバサッバサッという音が聞こえてきそう。健康そうに日焼けなんかしてさ、しかも綺麗な所作。タレ目とホクロが風と共にわたしに語りかけてくる――『契約するしかないね!』。


 だが忘れてはならない、この男は一年間もわたしの自由を奪った男。


 今回はあの石化執事さんとではなく、ジェシー・ウエストとの直接交渉。ならばわたしの要望を突きつける!


「報酬は、いつの支払いでしょうか?」

「あなたの好きなときで構いません」

「では全額前金で、契約初日にお願いできますでしょうか」

「分かりました。ということは、承諾してもらえるのですか?」

「ええと、その方向で考えようかなと……」


「待ちなさい。すぐに返事をしてはいけないよ。じっくり考えてからにしなさい」

 聞き手に徹していたランベール様から注意された。

「も、もちろんそのつもりです……」


 お金は欲しい。とても欲しい。喉を通り越して胃から手が出るほど欲しい。悪魔がわたしにささやきかける、『こっちの水は甘いぞ~』と。

 だからといって安請け合いはだめだ、しっかり検討しなければ。


「伯爵様、契約書を吟味してもよろしいでしょうか」

「もちろん、良い返事を待っています。親愛なるアイラ嬢」

 応接間から出るとき、な、何と、ジェシー・ウエストがわたしの手の甲に口付け、セレブスマイルを見せた。


 アイラの貞操が危ないわ、まだ十七歳の少女なのに。

 北橘(ほっきつ)佳奈とはタメだし、友だち、メシ友くらいならいいかな、金持ちだし。


 ――金ヅルか?


 契約内容を厳重にチェックしよう。前回はコルセット酔いをしていたから、情けないことに書類をよく理解していなかった。今回はなるべくこちら側に都合が良い内容にしなければ。


 フフフフフ、ヲーッホホホホホ!



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☞アイラ(北橘佳奈)のクズ度が上がりました。

☞次回で【第三部】は終わりです。

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