ジェシー・ウエストの恋――やっと見つけた!

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★【第三部】『疑惑のクズ伯爵登場!』のジェシー・ウエスト視点です。

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 私――ジェシー・ウエストの朝は早い。堕落した父を反面教師に、規則正しい生活を心がけている。


 父の死後当主を継いだ私は、ウエスト家の評判を取り戻すために貴族議員の資格を再取得した。保守議員連盟にも所属した。議員グループは右だろうが左だろうがどこでも良く、単にヴェストル領を考えてのことだった。


(ヴェストルの敵カレドニア率いる急進派は御免だがな!)


 社交禁止という二年間の処罰が終わり、議員に返り咲いたからには、それなりの体裁を整えなければならない。


 今日も起きるなりバスルームに入って、完璧な温度でナットが用意したお湯と石鹸で顔を洗い、うがいをし、髭を剃り、ミントの強い歯磨き粉で歯を磨き、渡されたフカフカのタオルで顔を拭き、爪を磨き、バラ水を塗りたくり、日替わり健康ジュースをコップ一杯飲んで一息ついた。


 プハァ~。


 今日はカシスとバジルとクローブのジュースだ。味は……まあまあかな。

 神通力がほんのちょっと増えた気がする。


 次いで寝間着を無造作に脱ぐと、ナットがこれまた完璧に揃えた服を順番に袖を通し、自慢のカーリーヘアーを整え、姿見で全身をチェックした。


「完璧でございます、ジェシー様」

「うむ……」


 そして、胃に負担がかからない程度の朝食が用意されている、窓際のモーニングテーブルに着いた。


「本日の新聞でございます。早朝オリエンス侯爵家から連絡がありまして、レディー・イーストがお会いしたいとのことです」

「……しばらく登山へ行くと返事してくれ(滑落して死んだことにしてほしい)」

「かしこまりました」


 朝食後、執事に何紙かの新聞を渡された。


 いつもの朝、いつもの手順。


 だが、今朝は一文字も頭に届かない。なぜなら、これからアイラ嬢がいるというティールームへ向かうからだ。


(最高の自分を演出する、決戦の時は来た!)


 私は派手にならない程度の外出着に着替え、女性受けするコロンを一振りし、従者然としたナットを伴って出陣した。





「一番奥に座っていらっしゃる女性がアイラ嬢です」


 ナットと共に例のティールームへ行き、天使を確認する……何だか雰囲気が違う?


 ドキドキドキドキ……。


 予想に反して眼鏡をかけていた。女性版インテリ眼鏡というところか。限りなくシルバーに近いプラチナブロンドの髪を三つ編みにし、無造作に横に流している。


 ――あれは貴族令嬢のなりではない。


 顔全体がほっそりとした、儚げではあるが知的な美しさの漂う娘だ。襟から少しだけ出た折れそうな首!

 テーブルに紙と筆記用具を広げ、しきりに何かを書いている――日記だろうか。


 だがその服装は……ハイネックの長袖ブラウスに木綿の袖なしワンピース? 表面上平民を装っている? なぜ?


 フッとため息をついて、顔を上げた彼女。

 唖然とした。


 まだほんの子供じゃないか! 二十歳過ぎじゃなかったのか!


 そんなはずはない、あんなに儚げな娘が悪女と噂される訳がない!


 私は……私は……あのいたいけな少女に、『(見かけ上の)お連れ様』などという汚れ役を背負わせてしまったのか!


 何てことをしてしまったんだ!


 衝動的に、東洋の外交官から教わったオリエンタル・スライディング・ドゥゲイザァ〜をするところだった……危なかった。


 ときどき窓の外に目を向けては、夢見るような眼差しをする姿にウットリする。両手を顎の下に組んで、ときには顔を傾けて、両手に頬を預けて。にもかかわらず、あばずれエリーゼと何回もファイトをして勝利するほどの女傑なのだ。


 私は柄にもなくときめいた。


 しかし、なぜ、この様な中流階級が集まるような場所で平民のような姿をし、たったひとりで日記を書いているんだ?

 あれから一体何が?

 ……まさか、あの契約のせいで彼女に不都合な事態が……サウス家を追われ、行き場を失い……貴族令嬢としての立場も……。


 あぁ、だとしたら私は何と罪深い……!





「相席を許していただけますか、レディー?」


 私はアイラ嬢に最上級の挨拶をし、丁重に同席を願い出た。

 こんな不躾なことを申し出るなんて、自分でもどうかしていたと思う。だが、何かをしなければ自分の心が耐えられそうになかった。


「申し訳ありません。この席は、わたし専用なので……」

 彼女は眼鏡を外し、舌っ足らずな声で答えた。


 そのとき見た彼女の目が今でも忘れられない。


 光彩が小さく色素の薄いグレーサファイヤのような瞳は、私を映していなかった。目の前の人間などいないかのように。まるで心をどこかに置き去りにしたような瞳。

 彼女の魂はどこに? 使用人が不気味だと言っていたのは、この目のことなのか?


 胸が押し潰されそうになった。その場で跪き、懺悔をしたかった。一年間とはいえ私たちは恋人同士(誇大妄想)だったのだ!


 ウエスト邸に戻った私は、もう一度彼女の身上書を検めた。何と、アイラ嬢はあのときまだ十六歳だったのだ! ということは、今は十七歳?


「太陽と月の女神よ、私の罪をお許し下さい!」





 その日以来私は、彼女のいるティールームに足を向けるようになった。アイラ嬢と同じ空間にいるだけで満足する自分がいる。まるで初恋を経験しているかのようだった。だが契約は遠い昔に切れ、後ろめたさもあって名乗り出ることができない。


 二十六歳にもなってもこのざまだ。


 悪女だと? そんな訳ないじゃないか!

 余裕がなかったとはいえ、なぜあんなトンデモ契約を持ちかけたのか、という反省しかない。


(私は、平凡で幸せな家庭を夢見るロマンチスト……)


 ティールームに通いはじめて数日たっただろうか、アイラ嬢の向かいに謎めいた男が座っていた。芸術家気取りの優男だ。白いレースの、誰よりも大きいリボンクラバットをわざとらしく見せつけ、紙タバコを燻らせながら新聞を読んでいた。

 ときどき彼女と親密そうに会話をしている。アイラ嬢ときたら、私と会ったときとは全く違う、はにかんだ笑顔を向けているではないか!


 しかも……ときには手を取り合って!?


 何だ、アレ!?


(叔父ではない。ま、まさか、彼女をウエスト邸まで迎えに来たのは……まさか……!?)


 一瞬そいつと目が合った。


 私はありったけの眼力(タレ目なので効果は薄い)で睨んでやったが、そいつは目を細めただけで私を無視した。ますます気に食わない。しかもあの男、アイラ嬢が離れに残した絵にどことなく似ている。髪型やタバコを咥える姿が……。


(あの絵は暖炉に放り込んで灰にしよう)


「ナット、あの男はサウス家の者か?」

「少なくとも叔父ではありません、分かりません」

「……」

「ジェシー様、名乗り出ないのですか?」

「……嫌われるのが怖い」

「ティールームの女性たちは惹きつけまくっているようですけれど」

「……」


 じくじくした気持ちのまま、翌日またティールームへ向かった。今日こそ彼女に名乗り出よう。お決まりの席にはアイラ嬢が座り、今度は中年の小男が一緒だ。彼女と一緒に本を見ている。


(見覚えがある……)


 一瞬振り返った男は、私と目が合うなり頭を下げた。何とそいつは、書店御用聞きのアーチーだったのだ!

『誠に申し訳ありませんが、わたしには分かりかねます』だと!?

 あいつはギーズ出版社のスパイだったのか!?


 その日を最後に、ティールームから天使が消えた。



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☞アイラを見た途端、ジェシー・ウエストの目には『アイラ・フィルター』が設置されてしまいました。彼の執着心は亡き父親譲りだとか何とか……。

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