ジェシー・ウエスト、タライ回しにされる――回せ回せ〜(腹黒ギーズ)
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★とうとうジェシー・ウエストは、リアル地雷原のギーズ出版社にたどり着きます。タライ回しは続きます。
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アイラ嬢との契約が終了した翌日、私――ジェシー・ウエストは、従者のナットを伴いサウス男爵邸を訪れた。
ナットは伯爵家の領地経営をしている家令の実家、レッドヘッド家の末っ子で、契約日にアイラ嬢に会っている。その後は領地で家令の仕事を手伝っていた。
馬車で二十分ほのど屋敷街にあるサウス邸。
サウス家は首都にいくらかの不動産を持つ資産家だった。しかし今ではその資産の一部を手放している。没落はしていないものの、これからは難しいことになるだろう。
「突然申し訳ない、私はヴェストル伯爵家のジェシー・ウエストです」
「あぁ、伯爵様、わざわざお越しいただき光栄にございます」
少し落ち着きのない、神経質そうな男。なるほど、この男がアイラ嬢の叔父か。中央官庁で官吏をしていると聞いている。私とは部署が違うのだろう、見かけたことはない。
母親の後ろに気まずそうに隠れている女性がいた。
ナットが小声で、『あのお嬢様はアイラ嬢ではありません』と耳打ちした。なるほど、髪の毛の色は同じだがオープンキャブから見た娘とは雰囲気が違う。
出勤前の早朝にいきなり訪ねて来たから、三人とも困惑しているようだ。
「私はミス・アイラに会いに来たのです」
「承知しております。契約最終日に訳あって迎えに行けず……しかし帰っても来ず……どこへ行ったのやら……ですが、伯爵様がアイラを愛人にと望むのでしたら、すぐにでも……」
(愛人?)
「いいえ、ミス・アイラにお会いしたかっただけですので。これで失礼いたします」
「お役に立てず、申し訳ありません」
※
「どういうことだろう、ナット? 実家に帰っていないとは?」
「さあ? ほかに行く当てがあったんでしょうか?」
サウス家は怪しい。姪を放って置くなんて……ということは、昨日アイラ嬢を迎えに来たのは誰だったのか?
「ウエスト邸にいらした令嬢は、もっと幼く……儚げと言いますか、病弱そうと言いますか、言葉少なく表情に乏しいご様子でした。はじめてお会いしたときは、別人なのかと思いました」
「幼い? 儚げ? 病弱な――言葉少ない悪女?」
確かに、幼く儚げではあった。
「ジェシー様、アイラ嬢にお会いしても、悪女などとはおっしゃらないように」
「も、もちろん分かっているよ」
ナットの言うアイラ嬢からは、あばずれエリーゼを退けた威勢のいい女性のイメージはない。だが、今となってはどうでもいいことだ。サウス家についてはもっと詳しく調べておくべきだった。あのときは急いでいたので、何もかもがおざなりだった。
問題は、その後彼女がどこへ行ったのかということだ。
契約金は全てサウス家に渡したし、契約終了時に執事が用意したという謝礼金だけでは、実家から独立するのは到底無理だろう。
執事や使用人の話によると、定期的に週刊誌や豪華本を購入していたという。外出を禁止していたので、買い物ができないと不便だろうと商人の出入りを許可はしたが……。
ウエスト家での待遇が、書店員を通して噂になっているとマズイ。メイド長はすぐにでもセントレ商会に依頼して僻地へ追いやろう。
まずは、離れに来ていたという書店員に会うとするか。
(必ず私の天使を探し出す!)
私の胸は高鳴った。
「アイラ嬢に逃げられたというのに、ご機嫌がよろしゅうございますね。とても可憐なお嬢様でしたよ」
「嫌味なのか?」
ナットがニタニタしている。
(コイツは領地に恋人がいるから余裕なのだ、いまいましい。どうして私の周りにはあばずれエリーゼしかいないんだ)
非常に、非常に残念なことに、そこでナットと共に領地へ行かなければならなくなった。一年以上戻らなかったので問題が山積みだったのだ。
『少しの間でもよろしいですから、こちらへ戻って下さい。いくつか裁判沙汰が上がっており、大奥様では無理なのです。それに地元の名士たちが待ち構えていますので』
何度も家令から泣きつかれている。
ウエスト家は広大な領地のほかに、首都の一等地にも不動産を持っている。そもそも私が領地外の仕事をする必要などないのだ。もう外交補佐官は辞めよう。
離れに残された天使の布袋を握りしめながら、私は決意した。
※
冬の間に大急ぎで領地でのあれこれを済ませ、何回か狩猟大会をプロデュースという大役もこなした私は、年明け再びタウンハウスにやって来た。
最初に着手したのは、アイラ嬢を無視していたという使用人の解雇、及びメルヴィンの減俸だ。
「ご、ご勘弁を! わたしの孫が今年グラマースクールに入学予定でして……せめて、減俸は数か月のみということで……」
「知るか!」
次に、ウエスト家の離れに出入りしていたという書店員を探した。
「アーチーという書店員が、アイラ嬢にお会いしておりました」と、メルヴィン。
その名前の御用聞きは何度か会ったことがある。旅行関係の書物を購入したと記憶している。
私は御用聞きを屋敷に呼んだ。
「はい、ご令嬢には書物を融通しておりました。大変読書好きな方でして、週刊誌のほかに大衆小説などをご所望しておりました」
「どのような大衆小説を?」
「令嬢向け恋愛奇譚小説です、いわゆるシンデレラ・ストーリーです」
(なるほど、若い女性が好む小説だ)
私は天使に一歩近付いた気がした。
「これは、あー、口外してほしくないのだが……私は仕事で一年ほど国外へ行っていた。帰って来たら情けないことに、連れ(妄想)は行き先を告げず外遊に出ていたんだ。もし見かけたら教えてもらえないだろうか」
「……誠に申し訳ありませんが、わたしには分かりかねます」
カイザー髭をもて遊んだわざとらしい様子からして、何か知っていそうだ。
私は裏取引を持ちかけた。
「もし彼女に何かあったらと思うと、心配でならない。少しでも思い当たることがあったらでいい。そうすれば『ヤン博物誌』十五巻と『メルローズ旅行記』五巻を全巻購入しよう。もちろん心付けははずむ」
「さようでございますか! ご令嬢への紹介は、ギーズ出版社のオーナー、ギーズ子爵様からでございました」
「ギーズ出版社? ギーズ子爵?」
『子爵』という爵位は、この国ではあまり聞いたことがない。外国人かもしれない。貴族全般に詳しい悪友なら知っていそうだが、今は会いたくない。
まずはそのギーズ出版社とやらへ向かうことにするか。
※
「ここが出版社!?」
そこは屋敷街のはずれにある上流階級の邸宅だった。しかも同じ建物に、人材斡旋業の『セントレ商会』がある。ここはウエスト家も利用している。
(待てよ、確かここは週刊誌を出していたはず……何という週刊誌だったか……)
だが、ギーズ子爵に面会することさえできない。ひょっとしたらアイラ嬢に関する情報が伏せられているのかもしれないと思い、私は彼女を知るナットを出版社に張り付かせた。
そしてとうとう出版社に出入りするアイラ嬢を見つけ、彼女が頻繁に行くティールームを突き止めた。
何ということだ、あれから四か月以上も過ぎているじゃないか!
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☞『私の天使』アイラに会いたいという気持ちと期待だけが大きくなり……あとで失望しないといいですね。アイラ・サウスは薄幸令嬢です。
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