天使の痕跡

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★ジェシーが目撃した現実とは?

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「それが……サウス家のご令嬢は本邸ではなく……」

 うつむき加減に声を低める執事。

 嫌な予感しかしない。

 そして事実を知り、私はまたもや憤慨した。目の前が真っ白になり、倒れるかと思った。


 彼女は契約期間を通して離れに追いやられ、しかもそれが重要だった散歩は途中から止めたというのだ!


 ナンテコッタ!


『ときどき表通りに面した外庭で散歩をする』という内容には、ウエスト家には私のお連れ様、つまり意中の女性がいることをほのめかし、エリーゼほかの貴族たちに見せつけるという目的があったのに。


(しかも離れ! 連れどころか、愛人と間違えられるじゃないか。何のための契約だったんだ!)


 計画が台無し。

 私は使えない使用人に頭を抱えた。


「誰が彼女を離れに行かせたんだ!」

「わたしは本邸の客間に案内したのです……それが、いつの間にか……」

「なぜそのことを私に報告しなかったんだ!」


「ご主人様、あんな薄気味悪い女を本邸に置くなど、とんでもないことでございます!」

 またもやメイド長かよ!

「貴族の令嬢に対して薄気味悪いだと? アイラ嬢付のメイドを呼んで来い」





 そのメイドは、父が連れて来た怪しい身元の娘だった。先代の恩に報いたいという、いいのか悪いのかよく分からない立場のメイドだ。


「なぜ散歩を止めたんだ?」

「も、申し訳ありません。あたしはメイド長から、エリーゼ様こそがご主人様の妻になる方なのだと言われておりまして……それに、あの方は単なる愛人だと……だから、お世話は必要ないと……」


 メイド長は父の代からウエスト家で働いていたから信用していたのに。諸悪の根源は無責任な父の口約束だが、先代からの使用人を信用していたのもまずかった。使用人を替えるなどという時間はなかったのだ。


「私はサウス男爵家の令嬢、アイラ嬢と契約したんだ。離れとは何事だ。一年間とはいえ、彼女は私の(見かけ上の)連れだったんだぞ!」

「も、申し訳ありません!」

 気まずそうにメイド長が謝罪した。


「私の判断も仰がないで、でしゃばるな! 滞在する部屋は本邸に用意するよう言っておいたはずだ! 誰が主人だと思っているんだ、先代はもういないんだぞ! メルヴィンも同罪だ! エリーゼ嬢を屋敷に入れたことといい、お前たちは一年間何をしていたんだ!!」


 大声で怒鳴ったので、頭に血が上って立ち眩みがした。主人の命令を守らないコイツらをどうしたものか!


 妻を巡る名誉だの何だのとバカな決闘をして命を落とした父に、『おいたわしや、ご主人様』などと言って英雄に祭りあげていた使用人たちなのだ、頭に素晴らしいバラ園でも広がっているのだ。父の妻――母は、病気療養と言いながら、領地で悠々自適な生活をしているというのに。


 みんなみんな、バカか?


 あのときスキャンダルをバラまいた出版社を訴えるよう弁護士に相談したが、難しいとしか返ってこなかった。お陰でウエスト家は未だに嘲笑の的になっているし、カレドニア伯爵家からは敵認定されている。そんな先代に忠誠を誓う使用人など、これを機に全員クビにしてやる!





 私は離れへ向かい、天使のいた痕跡をたどった。少しでもあの天使に近づけるように。


「あれはどうしたんだ?」

 庭園のベンチの足がひしゃげて傾いていた。

「……エリーゼ嬢とアイラ嬢の話し合い(取っ組み合い)の結果です」

「話し合い?」


 離れの居間には、くしゃくしゃになった布袋がソファの片隅に置いてあった。

 天使の忘れ物かもしれないと思い、丁寧に丸めてポケットに入れた。デスクには子供が描いたような人物画があった。タバコを咥えて微笑んでいる男性。


(事故死した父親かな?)


 それも丁寧に畳んでポケットに入れた。確かにここには天使がいたのだ。


「ご主人様、木に禍々しい布が縛り付けられていました!」と、メルヴィン。

 そこには、呪文のような古代文字が書かれた血濡れの布人形が三体、紐で括りつけられていた。


(まさか、アイラ嬢が? いや、使用人の嫌がらせに違いない)


「そんなもの灰にしろ」


 私はあのとき振り返った天使を思い浮かべた。

 写真もない、悪女という噂しか知らない。けれどその姿はまさしく天使、何かを訴えるように儚げな瞳でわたしを見つめていたのだ。


 彼女に会いたいという想いだけが募る。


 彼女を冷遇していた、亡き父と侯爵令嬢を祀り上げる使用人。しかもそいつらは私が留守にしているのをいいことに、食事の世話や離れの清掃も怠っていたとは……職務怠慢、給料泥棒である。


「申し訳ありません。ですが、メイド長が目を光らせる本邸にいらっしゃるよりは、離れでお過ごしになった方が安全かと判断したのです……それに、アイラ嬢へは差し入れなどをしておりましたし……」

 メルヴィンの判断は(少しくらいは)正しかったのだろう。


 せめて私が彼女へ頻繁に手紙を書き、贈り物をしてさえいれば、使用人も彼女を無視できなかったのかもしれない。煩わしいエリーゼを遠ざけるための契約だったのに、残念な結果に終わってしまった。


(彼女に会って謝罪をしなければ……)


 私は、平凡で幸せな家庭を夢見るロマンチストなのである。アイラ嬢には逃げられてしまったが。



〜ジェシーの後悔と迷走は続く〜



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☞アイラの忘れ物は参考までに……


・くしゃくしゃになった布袋

  →【第一部】『自立の第一歩』生成りの手提げ袋

・子供が描いたような人物画

  →【第二部】『密通(文通)したら文学青年が来た!』ランベール様を描いた絵

・禍々しい布

  →【第二部】『孤独な薄幸令嬢モドキ』呪いの布人形

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