ボッチ伯爵ジェシー・ウエストの深~い裏事情
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★知らないうちにアイラとランベールからアホクズ認定されたジェシー・ウエスト。アイラに持ち掛けた謎契約の理由を説明します。
★ジェシー(正式には『ヴェストル領ヴェストル伯爵ジェシー・ウエスト』)は、決闘で死んだ父親が引き起こした二年前の事件を引きずっていました。
★【第二部】最終話からの続きでジェシー・ウエスト視点です。
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【待ってくれ!】
走り去るオープンキャブから振り返った天使を、私は一生崖忘れることはできないだろう。
※
――そもそもあの契約は――。
何の準備も心構えもないままヴェストル伯爵家当主にならざるを得なかった私――ジェシー・ウエスト二十五歳――は、今にも死にそうな老人のようにくたびれていた。
後始末に追われ、しがらみに縛られ、息ができない。
二年前父が決闘騒動で急死した。なぜそんな馬鹿なことをしたのかは知らないし、両親の事情など、どうでもいい。
その後、母と祖母は私を見捨てて逃亡した。
さらに貴族議会による二年間の社交禁止と王宮出入り禁止の決議。
貴族界からの白い目。
混乱を極めた葬儀、遺産手続き、形見分け、代替わり手続き、親族への挨拶、大学の卒論、卒業……禁止が解けた今年、ウエスト家が手放していた貴族議員の資格を再取得した。
父の盟友だったオリエンス侯爵家からの結婚攻撃にも辟易していた。
『お前はエリーゼと結婚しなさい』
『わたくしがジェシー様の妻になるのよ』
『侯爵家の令嬢だからちょうどいいですね、ジェシー』
『お屋敷には奥様が必要です』
(みんなみんな、消えてしまえ!)
全てが終わったとき、私は廃人になっていた。
そんなとき、大学時代の悪友から外交補佐官の仕事を勧められた。
『ほとぼりが冷めるまで国外へ逃亡すればいいだろう? ちょうどいいポストが空いたんだ、外交補佐官っていうんだけどな』
『……』
一年間の国外駐在員!
逃げ出したかった私はその話に乗った。
今思えば、私は冷静な判断力を失っていたんだと思う――たぶん。
※
(彼女は何事もなく過ごしているだろうか?)
国外駐在員として国から離れて一か月、私は執事のメルヴィン宛に手紙を出した。例の契約初日からすでに三週間たっていた。
あの契約内容には理由があって……。
・契約期間は一年間
→海外出張期間
・表向きのお連れ様
→私のパートナー代わり
・外出は禁止
→外に出て真実がバレると困る
・手紙のやり取りは禁止
→外部との接触で真実がバレると困る
・商人以外の男性と会うのは禁止
→お連れ様なのに別の男と会っては困る
・危機管理は自己判断に任せる
→あばずれエリーゼが突撃してくるかもしれないときの保険
・ときどき表通りに面した外庭で散歩をする
→私のお連れ様ということを世間に宣伝する
という意味があった。
※
執事からの手紙は外交便によって間もなく届いた。
~ ~ ~ ~ ~
『……初日はお気分がすぐれないようでしたが、契約は滞りなく済みました。アイラ嬢は問題なくお過ごしでいらっしゃいます。世間での噂と違い、大層しとやかでお静かな方のようです。
ご主人様のご無事をお祈りしております。
メルヴィン』
~ ~ ~ ~ ~
私が(思い付きで)選んだ女性――会ったことはない。写真もない。
実際に目撃したことがある悪友は、二十歳くらいで可愛らしい声をした愛嬌のある娘との感想だった。物凄い勢いで男漁りをしているとも聞いた。
――結婚相手でも探しているのか?
私だって、相性の良い女性となら結婚したい。ぜひしたい。絶対したい。
それはクズ父の迷惑な置き土産――オリエンス侯爵令嬢エリーゼ・イーストではない。せめて結婚相手の選択肢くらい欲しいじゃないか。
(いっそのこと何もかも忘れて、グレちゃおっかな~)
――できないのだ。見かけによらず私は小心者なのだ。
・目立たない。
・片隅で気配を消す。
・ゴシップやスキャンダルの的にならない。
『平凡・イズ・ザ・ベスト』
それが私の座右の銘だ。
※
サウス家の令嬢と交わした契約だが……。
私が不在の一年間、オリエンス侯爵令嬢エリーゼ・イーストを遠ざけ、結婚を諦めさせるためだった。エリーゼと結婚する気はないと侯爵家や母へ訴え続けているのに、いつまでたっても話が消えないから。
(だって、アレだよ、アレ!)
どう転べばあんなはねっかえりになるんだ? いくら侯爵家の令嬢といっても、妻になんか絶対無理! 万が一そうなったら、アレをお飾り妻にして愛人を持つしかないじゃないか!
『お前を愛することはない』を地で行くぞ。
それに、一生オリエンス侯爵家に頭が上がらなくなる。そんなのは御免だ。私の平凡で幸せな人生が失われる前に何とかしなければ……。
――正式な婚約をする前に父が亡くなったことがせめてもの救いだ。
※
貴族界隈でも有名な放蕩息子だった父は、カレドニア伯爵令息という婚約者のいる母に一目惚れし、あろうことか母は婚約者との結婚前に私を身ごもった。父は略奪婚という形で妻を手に入れたのである。
(生まれたときから私の人生滅茶苦茶じゃないか!)
結婚してからも父の享楽的生活は変わらず、酒に賭博にクラブと明け暮れ、泥酔して高級レストランの窓ガラスを粉々にし、貴族議員を除名されたという不名誉をやらかした。
そしてとうとう二年前、母の元婚約者に対して決闘を挑み、腹に弾丸をめり込ませたことが原因で死んだ。
母は卒倒し、領地から出なくなった。祖母はスキャンダルを恐れて実家へ逃亡した。
そのとき私は卒業を控えた大学生だった。
私に負の遺産を残しやがったクズ!
死んで楽になったお前はいいよなぁ、責任を全て息子に丸投げしたんだから!
それ以来『ジェシーは黙って私の言うことを聞いていなさい』と、保守議員連盟幹部のオリエンス卿が指図してくる。エリーゼは父の議員仲間だったオリエンス侯爵の娘であり、親同士で結婚の口約束をしていたらしい。
そんなことは忘れて適当な男に嫁がせてくれ、頼む。だが、両親に甘やかされた彼女の性格からして良い縁談が見つからないんだろう。
経験の少ない若造当主という自分の立場は弱い。しかし不良債権を引き受ける気はない。
(私は平凡で幸せな家庭を夢見るロマンチスト。結婚したら、穏やかで平和な家庭を築きたい)
そんな風に思い悩んでいたころ、悪友から国外駐在員という仕事を押し付けられた。期間は何と一年間!
エリーゼに会わなくて済むけれど――私が不在の間、彼女への対応をどうすればよいのか。できればこの機会にエリーゼとの関係を断ちたい。
そうだ、見かけ上の『お連れ様』を屋敷に置いて、私にはすでに意中の女性がいるということにしよう。それなら彼女も諦めるかもしれない。だとしたら、アレに対抗できるくらい威勢のいい女がいい。
二年間社交を禁止され、最近の貴族界に無知な私が思いついたのが、外交関係のパーティーで悪友から耳にした『悪女』と噂のアイラ・サウス嬢だ。
サウス家は数百年前の宗教革命の際に叙爵された由緒ある男爵家らしいのだが、最近当主夫妻が不幸にも事故死した。奇跡的に助かった令嬢は亡き当主の娘だ。
サウス家はいくつかの事業に投資していたにもかかわらず、親族が爵位を継いで以来資金難に陥り、事業は全て売却、今は地主としての収入のみらしい。ならば金銭的援助を申し出れば、期限付きの契約を引き受けてくれるのでは。
彼女にエリーゼの盾になってもらえれば。
悪女には悪女を。
ただそのとき、男爵家から送られてきた写真のない身上書で、彼女が十六歳というのを見落としていた。
『悪女』という評判と『二十歳くらい』という悪友の言葉から、二十歳は過ぎていると思い込んでいたのだ。『これでいい』とだけ言って身上書を執事に渡した。使用人の前で言ったその一言が、後々影響を与える事に思い当たらないまま。
『ご、ご主人様、ご令嬢のことを『これでいい』などと……』
『何か?』
途端にひと騒動あがった。
先代からこの屋敷で働いている使用人が、婚約者でも何でもないのだから、本邸ではなく離れに置くべきだと主張したのだ。
それはマズイだろう、愛人ではないのだから。
アイラ嬢は本邸にと念を押し、エリーゼを屋敷に入れないよう厳命し、私は国外へ旅立った。不安は残るが仕方ない。
ところが、彼女が屋敷に来てから四ヶ月ほどたったとき、エリーゼとアイラ嬢が屋敷内で鉢合わせたと、メルヴィンからの報告があった。
(エリーゼを屋敷内に入れるなと、あれほど言っておいたのに……)
その後は当たり障りのない内容の手紙しか来なかったので、問題はないのだろうと思い込んでいた――帰国して屋敷に戻るまでは。
~しばらくジェシーの挽回ターン~
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☞決闘事件については 『【プロローグ】悲劇のはじまり』で説明しました。父亡きあと一家離散、友人は悪友だけという若きボッチ伯爵。助言者がいないまま、ひとりで考え、行動する姿が痛いです。
☞次回ジェシー・ウエストは、使用人とエリザベスのやらかしに唖然とします。
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