賑やかギーズ邸の居候
早速ランベール様に先日のことを報告した。
「……厄介なことになりましたねぇ。それなら、しばらくわが家に滞在しませんか。アイラ嬢は僕の被後見人ですし」
「えっ、いいんですか?」
「歓迎しますよ、レディー。屋敷にはほかにも居候がいることですし」
というわけで、しばらくギーズ家にご厄介になることになりました。もちろん正妻様とも仲良くするつもりです、問題ナッスィングです。
さくっと荷造りをし、ランベール様に導かれ、首都から離れた安全なギーズ邸へ。荷物はあとからウォルティーさんが運んでくれるみたい。
ギーズ邸は出版社から馬車で三十分ほどの閑静な大学街にあり、この国へ亡命したときに両親が購入したという、白を基調とした南国風の建物だった。
物々しくて近寄り難いウエスト邸と違い、リゾート風の洒落たプチホテルという雰囲気。断然こっちの方が過ごし易そう。
サンルームなんてカフェみたい。素敵。
郊外だけあって空気は美味しいし、学生街だから治安も良さそう。
四方を楡(にれ)の木の屋敷林に囲まれた鉄門をくぐり抜け、ランベール様にエスコートされて屋敷のエントランスへ。執事さんらしき年配の男性がわたしを迎えた。
「お待ちしておりました、ミス・アイラ」
執事さんに案内されると……。
「どなたかしら?」
中に入った途端、頭上から可愛らしい声が聞こえた。
(誰?)
緋色のドレスを優雅に着こなしたきらびやかな女性が、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見ながら螺旋階段を下りて来た。
見たところ二十代の……すごく……なんというか……威圧的な存在感。
ツヤツヤの黒髪をアップにした、白雪姫のように白い肌でくっきりした顔立ちの、眼力が異常に強い女性。
ランベール様の奥様かな、その辺の女性とは凄みが違うわ。
うしろには二人の侍女らしき人。
「いたのですね、エレン。こちらはミス・アイラ。今日からしばらくこの屋敷に滞在する予定です」
「あら……また食客が増えるの、わたしに相談もせずに。あなたかしら、ランベールの新しいペット」
「ペット……?」
「いえいえ、アイラ嬢には火急の事情がありましたのでね。昨日執事のパスカルに伝言したはずですよ、聞いていなかったのですか?」
「パスカルの言ったことなんて忘れたわ」
「ハァ……とにかく挨拶だけでもしてくださいね」
(何か、歓迎されてない感じ……)
「分かったわ。わたしはランベールの妻、エレンよ。しばらくここに滞在するらしいけれど、よろしくね」
「はじめまして、ランベール様にお世話になっています、アイラ・サウスと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
誰をも驚かせ、気味悪がらせる自慢の虚ろな目でファイト!
「……もう出かけるわ、あとは好きにすればいいんじゃない」
「いってらっしゃいませ、奥様」
無視されたぁ〜。
「奥様は屋敷を留守にすることが多いのです。気にしないで下さい」
「そう、なんですね」
ま、まあね、夫婦の形は色々だものね。
リッチなエンパイアラインドレス姿の奥様に比べたら、わたしはその辺のしがない平民姿だ。
紺のハイネックブラウスとアンダースカート、肩リボンの生成りノースリーブワンピースという庶民的アンサンブル。服が汚れないようにエプロンもしたかったけれど、ランベール様から『いくら何でもそれはダメ!』と釘を刺されたので、上に重ねたワンピースをエプロン代わりにしている。
こんなわたしが奥様と張り合えるはずがなかったんだわ。
「ここがあなたに用意した部屋です」
ランベール様に案内されたのは、三方に窓がある二階角部屋で、楡の木の間から大学の建物と、郊外の落ち着いた風景が見え隠れする。
すてき。ここなら執筆がはかどりそう。
わたしはさっそくアイラちゃん人形をソファに座らせた。
「その人形は?」と、首を傾げてランベール様が尋ねた。
「わたしの宝物です」
何か引っかかることがあるんだろうか、ランベール様はブルードレス姿の人形を手に取って隅々まで調べた。
「高価そうな人形……オーダーメイドかな。ドールショップでは見かけないようだが。分かりにくいけれど、このピアスは本物のサファイヤだろう」
「えっ、そうなんですか?」
「間違いないと思う。鑑定に出してもいい」
「いいえ、そこまでは……」
驚いた。
この人形がまさかのオーダーメイド、しかも本物のサファイヤ入りとは。子供の人形なのに、一体いくらしたのか。サウス叔父はそれに気付かず、不要だからと捨てたのか。
「アイラ嬢のご両親は、あなたをとても愛していたのでしょう」
それを聞いた途端わたしの――いや、アイラの涙腺が崩壊した。ヤバいなアイラ、アンタ涙もろすぎだよ、すぐ泣くよ。
わたしの中にアイラはいるんだ……。
「この人形、クリーニングした方がいいかな?」
人形の耳を撫でながら、ランベール様が尋ねた。
「いいえ、必要ありません」
「直したいときはいつでも言うんだよ」
この世界にわたしの家族はいないということを改めて思い知った。だからといって、どうなるわけでもない。わたしは理由があって亡くなったアイラに喚ばれたんだ、と思うことにしよう。でなければ理不尽過ぎる。
「アイラ嬢は僕が守ります。辛い思いは今日で終わりにしましょう」
いきなりランベール様に抱き寄せられた。
温かい。ずっとこのままでいたい。
でも、ランベール様には奥様が……でも、今だけは許してね、奥様。
「気遣っていただいて、うれしいです。ランベール様からはたくさん援助していただいていますから、それで十分です」
「実家での扱いは聞いています。それに、ヴェストル伯爵家では良くない扱いを受けたのでしょう? わが家にはいくらでもいていいのです、好きなだけ小説を書いてください」
「はい、そのつもりです」
※
「おいしいですね、全てのお料理が」
「喜んでいただけて何よりです」
ギーズ家の食卓は素晴らしい。隣国の一流シェフが腕を振るう。
とりわけ晩餐のメニューは多く、色とりどりの料理が一皿ずつ順を追って供される。それに加え、愛らしい形のデザートとチョコレート。全てが芸術品のように盛られ、テーブルに並べられる。
ギーズ家は賑やかだ。
定期的に芸術家を招待したサロンパーティーを開催し、芸術論を戦わせる。さすがは何人もの芸術家を後見している家だけある。
ミシェル・バルビエ氏というピアニストがギーズ邸の一階にいる。わたしと同じ居候。
ゆるやかな黒髪ウェーブをワンレンにしてる人、たぶん三十代。超絶早弾きの人。普段はピアノ教師として、あちこちの屋敷へ招かれているみたい。お嬢様・奥様方にモテモテなのだ。
ワンレンが許されるのは芸術家くらいよね~、ランベール様はオールバックだけどね。二人とも眼福。ここにフリップさんが加わったら、レディーは卒倒する。
バルビエ氏の部屋の真ん中にはグランドピアノがど~んとあって、暇を持て余して遊びに行くと、『今日は何を弾いてほしいの、子猫ちゃん』と甘い声でささやいて、リクエスト曲を弾いてくれる。
試しに『猫ふんじゃった』のさわりを弾いたら、『カッコいいフレーズだね』と、即興で変奏曲にしてくれた。
のちの『子猫ちゃん変奏曲』である。
ただし、部屋へ行くタイミングを間違えてはいけない。毎回知らない女性がバルビエ氏にくっついているから。
「ボクと結婚しようか、ミス・アイラ。ボクたち気が合うと思うんだ。ボクのことはミシェルと呼んで」
は?
「一緒に演奏旅行へ行こう、新婚旅行だと思って」
え?
翌日からバルビエ氏はランベール様によって、全国ドサ回りの刑が課せられた。
芸術と音楽と美味しい料理がある日々。
ついでに様々な愛も。
そんなこんなで、この家で二作目長編小説『薄幸令嬢は咲き乱れる』の筆が進んだのであった。
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☞アイラちゃん人形は、第二話『転生薄幸令嬢、放置DVでしょっぱなから詰む』に登場しました。
☞お待たせして申し訳ありません。次回からしばらくジェシー・ウエストのターンです。後悔のちタライ回しされるらしいです。
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