疑惑のクズ伯爵登場!

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☞【第三部】では、ヴェストル伯爵ことジェシー・ウエストが大後悔の海に沈み、浮上したかと思うと、Uターン台風並みに迷走しまくります。大体そんな話です。

☞【第二部】最終話からの続きです。最終話はキーストーリーになりますので(全話がキーになっているので、できましたら全話読んでほしいですが)、まだお読みになっていらっしゃらない方にはぜひおすすめします。

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 ウエスト邸で執筆したはじめての長編小説『追放令嬢、その場をやり過ごせ!』(フリップ修正『追放された薄幸令嬢、絶望の淵で見つけた希望のかけら』)が今年になって出版され、そこそこ売れたので、次回作の筆が進みます。

 最近はそれなりに話せるようになりましたよ。もう、バカだとか頭が足りないとか言わせない。


 わたし――アイラ・サウス。ウエスト邸から脱出して五カ月ほど。サウス家へは一切連絡していませんし、あそこがどうなっているかも知りません。


(叔父へのざまぁは別だけどね!)


《燃えろ! 燃えてしまえ! 地獄の業火で燃えてしまえ!》


 この世界に転生してから二度目の春。去年はウエスト邸でエリーゼと『かるたバトル』をしてたっけ。おととしは同僚たちと『次はどこでカフェ巡りする?』な~んて呑気に盛り上がっていた。男子カフェ軍団もいたのよね。

 同僚たち、今ごろどうしているのかな。今も生きているのかな。全てが霞んで遠い思い出になってしまった。


 この世界でのわたしの人生って何だろう。サウス家とアホクズ伯爵の邪魔がなければ、もっと早く自立できたかもしれないのに。


(ジェシー・ウエストって何者? ムカつくんだけど)


 いつものティールームで街路の様子を眺めていたとき――。


「相席を許していただけますか、レディー?」


 斜め上から低イイ声がした。


「ファッ?」


 頭から背骨を通って足先まで届くような太い声。有名声優さんの声かと思った。

 眼鏡を取り、弱くなった視力でガン見する。失礼なことをしてはいけない……んだろうけれど、低イイ声が気になるじゃない?


 見たことのない男性が優雅な仕草でシルクハットをとった。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 な、何か、スゲ~の来たよ!

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 漆黒の天然パーマに百八〇センチくらいありそうな。この世界の人たちはそれほど背は高くないのに。牛乳ばかり飲んでいたの、体育会系なの?

 極太の眉に、若干タレ気味な赤の強い琥珀色のウルフアイ、鼻筋の整った顔。よく見ると、右目の下にホクロがある。


 前世でいうセクシーラテン系?


 わたしのイチオシはランベール様。肩まであるサラサラ茶髪を後ろに撫でつけ、ほっそりとした指で物憂げに煙草を吸うお姿そのものが、もはや芸術なのよ。毎日お隣で拝みたい。推しグッズを作りたい。


(ランベール、ランベール!)


 この男はどことなく偉そうだし、無駄に色気があるし、タレ目とホクロがエロ過ぎ。危険な香りがする。身なりからしてザ・上流階級という感じ。後ろに黒服のお伴を連れているし。


 短髪赤毛顎割れ……見覚えがあるような……。


「お嬢様、相席を許していただけますか?」

 驚くほど自然な笑みで再度声をかけられた。


 何で? 相席なんか許す訳ないじゃない。お仕事中なんですけど。


「申し訳ありません。この席は、わたし専用なので……」

「……そうでしたか。大変不躾なことを申し上げてしまいました、お許し下さい」

「いいえ、分かっていただければ、よいのです」


 男は優雅に踵を返し、入口付近の席に落ち着いた。


 居座るんか~い。


 自然に足を組む仕草といったら、どこぞの貴公子ですかという感じ。お伴から当たり前のように葉巻を渡され、火までつけてもらっているわ。


(この世界では珍しい左利き。ここでカフェするつもり?)


 気が散って執筆が進まない。気になってチラチラッとアチラを伺う。堂々と、それでいて美しく優雅な所作だ。背筋を伸ばして長い足を組み、ソーサー片手にティーを飲む姿が絵になるわ。

 でっ、でも、あちらさんも横目でこちらを覗き見している、怖い。


 その男はティールームのオバサマや令嬢たちから次々と秋波を送られている。本人は気にしていないようだけど、メスを惹きつけるフェロモンがヤバい。



(キケーン キケーン キケーン

 フェロモン大王大接近!

 危険人物警報!)



 三十分ほどで男はティールームを去った。

 その日は早めに仕事を切り上げてアパートに帰った。あり得ないけれど、ストーカーだったらどうしよう。『カナン・ノース』という小説家としてはまだ知られていないはずなんだけど……。


 それから連日、お伴を連れたフェロモン大王がティールームに現れた。


 仕事はないのか、不労所得者なのか。

 フェロモン大王に釣られ、ティールームの女性客が増えているみたい。コバエホイホイかな。どうしよう、二作目の長編を抱えているのに、集中できない。

 気もそぞろになったわたしは、いざというときの赤城大明神様に相談した。


 ティールームにあの男が出現してから三日が過ぎていた。





「……そんなことが。心配ですねぇ。今度それとなく観察してみましょう、面識があるかもしれません。明日からティールームでお伴しましょう」

「スミマセン、いつもお手数をおかけします」

「全然構いませんよ、出版社にとってもアイラ嬢は大切な存在ですから」


(大切な存在……何だか恥ずかしい)


 早速次の日から、ティールームでランベール様と一緒にお仕事。


 ランベール様は自分の出版社が刊行している月刊誌に芸術関係のコラムを持っている。さらに他社の雑誌にも芸術評を載せている、芸術家の間では有名な評論家でもあるのだ。

 お貴族様なのに、超仕事人間なんだよね。


 ランベール様と見張りをはじめて二日目、いつもの短髪赤毛顎割れ男性と共に、例の男がやって来た。わたしに気づくとニッコリ愛想笑いをした。


 何なの、マジで怖いんですけど。


「来ました、あの人です」

「ウ~ン、見かけない方ですね」

「そうですか……」

「見たところ貴族の様ですね。貴族の屋敷へよく行く書店員のアーチーでしたら分かるかもしれません」

「ウエスト邸にいらしていた書店の方ですね。大変お世話になりました。お礼も兼ねてお会いしたいです」

「では、明日はアーチーを呼びましょう」





 翌日からアーチーさんとご一緒。


「一年間お世話になりました、助かりました。お陰で飢えることもありませんでした」

「飢える……お連れ様……いえ、実際にはサウス家のお嬢様でしたか。お会いするときには特別手当をギーズ卿から頂いておりましたので、こちらとしても良い取引でした。あのときは、てっきりヴェストル伯爵様のお連れ様と思っていましたが――事情については、先日ギーズ卿から伺ったところです」

 自慢のカイザー髭を丁寧になぞりながら、アーチーさんがウエスト邸に来たいきさつを説明した。


 そしてその日の午後、フェロモン大王がやって来たのである。


「……あの方は、ヴェストル伯爵様です。お会いしたことはありませんでしたか?」

 向かいの席で砂糖をドバドバ入れた紅茶を飲みながら、アーチーさんがボソッとつぶやいた。


 グフォッ……。


 コーヒー吹くかと思ったよ。


「以前ウエスト邸にお伺いしたとき、東方の旅行案内書をご所望されました」

「ま、まさか!?」


 アレがジェシー・ウエスト!?

 アホクズ伯爵!?

 わたしの自立を邪魔した張本人!?


 しね~、クズ野郎!


 何か、想像してたのと全然違う。金髪碧眼遊び人系だと思っていたから。実際には熱そうな……黒髪天パのラテン系?

 アイスブルーの目とやらじゃなくて、赤みを帯びた琥珀色のウルフアイ、ときどき困った顔。しかも、ハゲの呪い布人形を木に縛り付けてゲンコツをお見舞いしたのに、髪の毛フッサフサ!


 思い出した、隣の男性は契約初日、わたしを迎えに来た人!


 そういえばウエスト邸を去るとき、あの長い足をチラッと見たような……。


 なぜ、どんな理由で、今になってわたしの前に現たのか。契約終了からだいぶたっているのに。まさか契約不履行でもあった? それならそうと直接言えばいいのに。こんな、ストーカーまがいのことをするなんて。


 でも……目が離せないし、ちょっぴり素敵かも?


 いやいや、外見に騙されてはいけないぞ、北橘(ほっきつ)佳奈。


 でも……見た目アホでもクズでもなさそうなんだけど……。


 わたしの中で『アホクズ伯爵』は『フェロモン大王』になったのである。



~続く~

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