薄幸令嬢モドキ笑撃の再降臨

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★ジェシー・ウエスト視点です。

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「こちらです、伯爵様」


 バラの花束と人形を持参し、ナットを従えてその部屋に入るなり、私は彼女が眠るベッドの前でひざまずいた。


「久しぶりだな、アイラ」


 タンディーゴルフ場のクラブハウスのVIPルームは、ランベール・ギーズがアイラのために用意した場所だ。彼女が回復するまで、ギーズ卿が付けた侍女と護衛が常に控えている。二人の許可を得ないと面会できない。


「まだ目を覚まさないのか?」

「いえ、起きています」

「だ、れ?」

「私だ、ジェシーだよ」


 虚ろな目、どこを見ているのか分からない表情。


「まさか……私のことが分からないのか?」

「はい、伯爵様。言葉は若干取り戻しましたが……」


 ゴルフクラブの支配人という青年、トマス・タンディーが答えた。おかしな話だが、この男がアイラの護衛をしている。隣にいる女性がアイラの侍女だ。二人ともランベール・ギーズの手の者だ。


「医者は何と?」

「記憶喪失だと……身体は回復しました。あとは記憶を取り戻すだけです」

「どうすればいいんだ……」

「……俺のことは思い出したようです。伯爵様のことは……何か記憶を呼び覚ます物があれば?」


「それならこれを」


 わたしは復元した人形を渡した。ランベール・ギーズが言っていた、両親の形見だ。


「今日はこれを返したくて」

「ママの、にんぎょう?」

「湖陵館でバラバラにしてしまい、申し訳なかった。元通りかどうかは分からないが、修理師に直してもらった」

「パパ……ママ……どこ?」


 ギュッと人形を抱いて涙ぐむ幼子(おさなご)のようなアイラ。両親が亡くなったことが分からないのか?


 そしてもう一つ――アイラが滞在していた離れにあった忘れ物、古ぼけた生成りの手提げ袋。


「これを覚えているかな? アイラの忘れ物だ。大切だったんだろう?」

「これ……」


 彼女の瞳が一瞬輝いた。


「伯爵様、その手提げ袋は……まだあったんですか?」と、驚きながら侍女が言った。

「知っているのか?」

「も、もちろん、お嬢様にとって大切な物です」

「それ……マリオンさん……」

「何か思い出したのか?」


「あ……ありがとう、ございます、ありがとう、ございます」

「えっ?」

「ランベール様……」

 彼女は手提げ袋を嬉しそうに抱きしめた。


「ランベールだと?」


 あの男と何の関係が?


「あの……ご存知なかったのでしょうか、伯爵様。アイラお嬢様のことを」

 トマス・タンディーがわたしに話しかけた。

「どういうことだ?」

「ご両親が亡くなり不遇な境遇に陥ったお嬢様は、サウス家から独立しようとして、自ら書いた小説をギーズ出版社へ持ち込んだんです。そのとき原稿を入れたのが、その手提げ袋でした」


 そんなことが!

 では、ランベール・ギーズとの関係とは……全くもって知らなかった。


「……詳しく説明してくれ」



※



 アイラが『カナン・ノース』という新進女流作家だということに驚いた。


(文学少女だったのか……日記を書いているとばかり思っていた)


 サウス家で虐げられていたアイラが、はじめて書いた小説をギーズ出版社に持参したときには、栄養失調で倒れたという。そのとき原稿を入れていたのがこの古ぼけた布袋だった。

 薄幸な境遇の令嬢なのに、本人は至ってサッパリしている。自分を少しも卑下しない、高潔な女性。知的な女流作家。


 舞踏会でのあの堂々とした姿は、そんな彼女だからこそできたのかもしれない。


 しかし……。


「文才もあり小説も書くのに、彼女はあまりにも無知だ。王族の存在を知らなかった……それに、ときどき呪文のような言葉を唱えるから、周りに聞かせないようにするのが大変だった。可笑しな行動や独り言も多かった(エリーゼも同様だったが……)」


「これは秘密にしてほしいのですが……お嬢様は周りから『知恵遅れ』『出来損ない』とされていたんです」

「ま、まさか!?」


 だから――あのとき従姉のミリー嬢は過去を詮索しないでほしいと言ったのか?


「二人は……知っていたのか……私は知らなかった」


 だったらなおさら、彼女の保護者はよそ者よりは私の方がいいだろう。

 あの男は信用ならない――いや、それは言い訳だ。私がアイラを手放したくないだけで。


「安心してくれ、何があっても私が守る。エリーゼとのことは早急に決着をつける。これ以上エリーゼには口出しさせない。エリーゼは……」



※



「フッ、フフフ……」

 黒い笑い? いきなりどうした? また発作か?


「クックックッ……」

 何が起きている? その目で気味悪く笑われると怖いぞ。


「エリーゼ……って、三回言った」

「「「は?」」」


 エリーゼという言葉にアイラが反応した。まさか、数えていたのか?


「天下の義人茂左衛門!」

「「「は?」」」


「老農船津傳次平!」

「「「エエエッ……呪文!?」」」


 唐突に彼女がベッドから起き上がった。


「ダーッ、エリーゼ許すマジ! エリーゼを呼びなさい、今すぐ、ここへ! 完膚なきまでやっつけてやる、わたしは上毛かるた大会強豪地区出身なのよ、ヲ~ッホホホホ!」


 叫びながらベッドから飛び降りて椅子を投げつけ、その拍子にすっ転んだ。


 ガッターン、ドサッ……。


「「大丈夫ですか、お嬢様?」」

「ハァ……お帰り、アイラ。それが特殊技なのか?」


 床に寝転んで見上げるアイラを抱き上げ、ついでに両腕を持って吊し上げた。


「私を散々翻弄した罰だ、この悪女め!」


 ぷららら~ん。


 クッ、か、可愛い!


「な、何をするのです、この、Kuzu!」

「「おやめ下さい、伯爵様!」」

「ジェシー様、貴族の女性を吊るし上げるなど……!」


「助けに来るのが遅すぎ、くらえっ、じぇ……じぇしー、うえすとっ」


 両足で太ももをゲシゲシ蹴られた。


 いやはや。



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☞元祖アイラを押さえて戻って来た北橘(ほっきつ)佳奈。このときランベールは南部で裏工作中でした。

☞タンディーゴルフ場は『プロローグ』に出て来た決闘場所です。

☞生成りの手提げ袋は【第一部】『自立の第一歩』『疑惑のギーズ出版社』を参照してください。セレーナは出版社でこの袋を見ていました。蜂蜜入りホットミルクとビスケットを用意してくれたエンジドレスのゴージャスお姉さんがセレーナです。

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