狩猟大会のち告白

 夏が終わり初秋。二階の窓から見える収穫済みの麦畑、色づきはじめたカエデ。このところ大気はいきなり冷たくなった。


 とうとう狩猟大会の朝。

 夜明け前から屋敷は準備で大わらわ、ハチの巣をつついたようだった。


「おはようございます、レディー。本日は誰よりも着飾って頂きたい。私の正式なパートナーだからね」と言って、ジェシー・ウエストが手の甲キスをした。

「えぇ、それなりに対処します」


 手の甲キスはもう慣れました。


 厚手のベージュコートをスタイリッシュに着こなしたジェシー・ウエストにエスコートされ、同じベージュ色のコートドレスに羽飾りの付いた毛皮の帽子、毛皮のもこもこブーツ姿でガーデンへ。すでに参加者が集まっている。


 招待したのはヴェストル領の地主、名士、医者や教師、司祭などだった。家令とナットさんはレッドヘッド家という大規模農場主の出身だった。狩猟というから男ばかりと思っていたけれど、猟銃を持った勇ましいレディーもいましたわ。


「皆さま本日は参加いただきありがとうございます。私が保護するご令嬢、レディー・アイラです。この場を持って紹介いたします」

「皆さまはじめまして」


 それなりに板について来たカーテシーで挨拶。


「それじゃあ、侍女たちとパーティー会場で待っていてくれ。分からないことがあったら侍女か執事に聞くこと」

「分かりました、ジェシー様」


 狩猟と同時に女性たちはガーデンパーティーですよ、バーベキュー大会かな? しかも湖陵館のガーデンかと思ったら、丘の麓、湖のほとり!


(寒いのに湖でガーデンパーティー!? 頭オカシイ……)


「じゃ、行ってくるよアイラ。獲物をたくさん捕って来るからね」と微笑みながら、みんなの見ている前でジェシー・ウエストがわたしの頬にキスして走り去った。


 お~い、ヤリ逃げ!

 この男、最近接触が多くないか?

 ランベール様も当たり前のように手を握ったりハグしたりしていたけど、ギーズ家はみんながそうだったからね。


 そして狩猟大会が開始され、ジェシー・ウエストはナットさんと共に低木だらけの藪の中へ消えたのである。



※



 合図と共に猟犬が放たれ、一斉に鳥が飛び立った。

 低木の生い茂る湖畔では、『パーン!』という乾いた銃声と、『ギャーッ』という鳥の声、歓声が聞こえる。

 わたしはジェシー・ウエストに言われた通り、ガーデンパーティー会場で奥様方・お嬢様方とティーパーティーでございますのよ。高級毛皮コートと帽子を身に付け、当主様の〈ザ・お連れ様〉として始終ニコニコするのだ。


 段取りは執事が取り仕切るので、わたしは招かれた人たちに挨拶するだけ。首都のサウス邸から付いてきた侍女がこっそり『こちらは〇〇様です』と名前を教えてくれるので、挨拶回りは何とかできたけど……。


「レディー・アイラは首都からいらしたのですよね、首都の話をお聞きしてもよろしいかしら」

「上流階級ではどんなドレスが流行っているんですの?」

「王宮舞踏会のお話を聞きたいですわ」

「新しいティールームなどありまして?」

「わぁ、お人形みたいなお嬢様」


(以前のウエスト邸や舞踏会のときとは全然違う。首都から来たというだけで話題の中心になってる。アイラが差別されてない、田舎すごい)


 ただ……寒いんですけど。


 やがて獲物をたくさん仕留めて上機嫌なジェシー・ウエストが、ネズミを狩って飼い主に見せる猫みたいに、キジをぶら下げて自慢げに見せた。


「ガーデンパーティーはどうだ? 見てごらん、これはさっき仕留めたキジだよ!」


 ウッ、眩しい笑顔。わたしの前ではどうしてそんなにほころぶような表情になるの?


 狩猟大会は三日間に渡って行われた。湖陵館に滞在する客もいたので、連日の賑やかな晩餐会。


(つ、疲れる……)


 最終日、わたしは体調を崩した。耳が痛くて吐きそう……。


「ジェシー様、わたし何だか寒くて……」

「顔色が悪いな。屋敷に戻って休むといい。部屋まで送ろう」


 という具合に、最終日、わたしは寒気にやられてしまったのである。



※



 なだらかな丘陵地帯、三日月形の湖を望む湖陵館の秋は素晴らしい。それなのに、体調を崩して以来心はふさぎ込む。

 二作目の長編小説も手つかずのまま、日中は窓から庭園が見えるモーニングルームでぼうっと過ごした。


 アイラはぼうっとするのが大好き。


 ジェシー・ウエストは馬で遠乗りに行ったり、家令や近所の名士たちと仕事と称し、お酒を飲んだりして談笑している。わたしには知り合いなんていないし、地元の人たちとの晩餐会も、体調が良くないからと言って最近は断っている。だってわたし、ただの契約パートナーだもの。


 住む世界が違いすぎる。


(いっそのこと一からやり直したい。どうして中途転生なの?)


 その後、無理して朗読会やら慈善活動やらに付き合ったら、とうとう風邪ひいて寝込みました。アイラの身体は軟弱なんだよね。


「慣れないことをさせてしまったみたいだ」と言いながら、ジェシー・ウエストは黒々とした天然パーマを無造作にかき上げ、長いまつ毛を伏せた。


 ウッ、ヤメテ。その困ったちゃんな顔に弱いのよ、何でも許したくなっちゃう。短気で強引そうなのに、こんな風に優しい面もあるから困る。


「無理させてしまってすまない……何かあったらすぐ私に言ってほしい、何でもいいんだ。もう少し私に甘えてもいいんだ」


 ランベールオジサマには甘えられるけど、ジェシー・ウエストにはちょっと……だって、中身は二十六歳の北橘(ほっきつ)佳奈。アンタとはほぼタメなんだよ〜。


「甘えるって……契約なのに?」

「契約なんて考えないでくれ、本当は……アイラのそばにいたかっただけだ」

「えっ?」


 どういうこと?


「はじめてアイラを見たとき――前回の契約終了日――天使だと思った」


 ご、ご冗談を。目は大丈夫?


「謝罪と同時にこの契約を申し出たのは、あなたを好ましいと思ったから。一緒にいたかったから」

「えっ……それはどういう?」

「アイラの隣にいたい、離したくない」

「ええっ?」


 マジでわたしを愛人にする気?


「いや、いいんだ、今は。回復したら気晴らしに街へ出よう」

「街へ……街……」


 わたしはいきなり泣き出した。


「街……首都に……帰りたい……」

「アイラ……領地は……田舎は、肌に合わなかったかな?」

「そういうことではなくて……」


 泣いているのは北橘(ほっきつ)佳奈じゃなくてアイラだ。ジェシー・ウエストが八の字眉で軽くわたしを抱きながら背中を撫でた。


「帰りたい……パパ……ママ……」



~~~~~~

☞次回、薄幸令嬢再び。

~~~~~~

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