ギーズの変/一触即発
終わらなかった舞踏会。続きがあったのだ。
「久しぶりだな、ジェシー。誰だよ、そのヘンテコ娘」
ジェシー・ウエストが反応した。
サラリとした金髪ストレートヘアーを片耳だけ引っかけた、品は良さそうだけど悪そうな目つきの男が、胸がはちきれそうな女を両腕に従えていた。
(ビックリした! またまた誰?)
「しっ、アイラは挨拶しなくていいから」と言って、ジェシー・ウエストがわたしの前に立った。
「いきなり話しかけないでくれるかな、サイラス。彼女は私のパートナーだ」
「パートナーって……コレが? オリエンスの娘はどうしたんだよ。最近ご無沙汰していると思ったら子供のお守りなんかしてさぁ~」
「子供ではないし、お守りでもない。ウエスト家で保護している令嬢だ」
「ロリコンかよ。個性的な目をしてるんだな。それにそのドレス、なかなか似合ってないぞ、胸の小さいお子ちゃまにソレはないだろう、アハハッ」
(やっぱり似合ってないよね……未発達のお子様にコレはない)
「娼館のポーリーンが寂しがっていたぞ。たまには行ってやれよ」
「しょ、娼館!?」
「アイラ、気にするな。そんな場所へは(最近は)行ってない」
「アイラ? まさか、コレがアイラ・サウス嬢? 悪女って噂の? プフッ……」
「何がおかしいんだ」
「全然違う、自分が言ってたのはコレじゃない。もっと……」
『コレじゃない』って言われた!
「以前見かけたのとは別人だ」
「彼女がアイラ嬢だ。サイラスは勘違いしている」
「なぁ、来年また外国へ行こう。使えない通訳ばかりで困るんだよ、ジェシーが頼りなんだ。俺たち親友だろ?」
「……その話は断ったはずだ、失礼する!」
「待てよ! 新年になったら絶対に呼び戻すからな!」
何と、ジェシー・ウエストは語学が堪能、超有能だったのだ。
彼は強引にわたしの手を引っ張り、その場を離れた。
「アイツは大学時代からの腐れ縁だったが、距離を置こうと思う。それに私は娼館なんて(最近は)行ってない。アイツが言ったことは忘れてくれ」
「言い訳ですか?」
「違う(嘘)!」
「べ、別に、ジェシー様がどこへ行こうがわたしには関係ありませんけど」
「いや……」
契約期間が終わったらもう関係ない。
愛人といい娼館といい、何だかモヤモヤする。
※
「伯爵様、お久しぶりでございます」
またまた聞き慣れた声がした。
振り向いた先にギーズ夫妻がいた。
優雅な芸術家を装ったランベール様、素敵。シルバーブルードレスに包まれたエレン奥様……ウエストが五十センチしかなさそうなのに、お胸がワガママすぎるんですけど?
(はぁ〜、何てお似合いな二人。涼やかな風が全てを消すわ〜)
「ランベール様!」と叫んでわたしが飛び出そうとしたら、「大声を出さない。無暗に走ってはいけない」と腕をつかまれ、ジェシー・ウエストからお小言をいただいた。
「ギーズ卿でしたか。ご無沙汰しております。あれ以来何の連絡もしませんで、申し訳ございませんでした」
張り付いた笑顔のジェシー・ウエスト。
「いえいえ、伯爵様が謝るなど、滅相もないことでございます」
「ご夫妻も舞踏会へいらしていたとは思いませんでしたので」
「今シーズン最後の舞踏会ですからねぇ。外国籍とはいえ、一応貴族ということをすっかり忘れておりましたが、さるお方経由で招待状を頂きまして。それに、僕が庇護しておりますご令嬢のことも心配ですし」
「それには及びません。彼女はウエスト邸でつつがなく過ごしていますから」
ジェシー・ウエストがわたしの肩を引き寄せた。
「パトロンとして最近の様子を知りたいので、アイラ嬢と話をしたいのです。後見人との面会と考えていただければ」
「……でしたら後ほどウエスト邸で」
「この場をお借りして話せませんか。何しろ、前回の不手際の件もあるわけですし」
「今回は私が屋敷にいますから、心配には及びません」
「念のためですよ」と、ランベール様が鋭い視線を向けた。これは断れないやつだ。
ランベール様って物凄く押しが強いんだよね、執念深いというか。ときどき大蛇かと思うことがある。年下のジェシー・ウエストが太刀打ちできる気がしない。
「アイラ嬢、こちらにいらっしゃい」
二人が話している間に、エレン奥様がわたしをジェシー・ウエストから引っぺがした。
「ハァ……では、少しの間だけなら」
ジェシー・ウエストはあきらめたようにその場を離れた。
侯爵家や友人とのやり取りで分かったけれど、ジェシー・ウエストは見かけに寄らず押しに弱い。何というか……目立ちたくない感じ?
そういえば、ミリーの姿を見かけない。今シーズン最後の舞踏会だもの、あの派手好きミリーが来ないわけないよね、と思っていたのだけれど。
「アイラ嬢、何事もなく過ごしていますか?」
久しぶりのギーズ夫妻との面会。これだけでも舞踏会に来て良かった。
「ご心配をおかけしています、ランベール様、エレン奥様」
「伯爵様は良くしてくれているのかしら?」
「はい、今のところは」
「ならいいんだけど……ドレスはわたしがプロデュースした方が良かったみたい」
奥様は今二十七歳、前世なら女ざかり。小柄だけど素晴らしいボディを誇る、首都のファッションリーダーでもあるのだ。平民出身とはいえ父は有力銀行の頭取だからなのか、堂々としている。
「ではお嬢様、僕と一曲踊っていただけませんでしょうか」
「えっ?」
何と、ランベール様がわたしの手を取ったのです。ジェシー・ウエストとは異なるダンスへの誘い。
「エレン奥様とは?」
「奥様とはもう踊りました。次はアイラ嬢と決めていますので」
「楽しむといいわ。わたしのことは気にしないで」
(どうしよう。でもでも、せっかくのお誘いなんだし!)
「はい、喜んで!」
・⋆・⋆・⋆・⋆
曲がはじまった。
嬉しい、わたし今、ランベール様にリードされてダンスを踊っている。
イケオジな王様と夢の舞踏会。ガラスのシャンデリアがわたしたちをキラキラ輝かせているわ。
左手でわたしの手を取り、右手をわたしのウエストに回したランベール様の温もりが、手袋を通して伝わって来る。右に揺れて左に揺れて、クルクル回って、見つめ合って。周りなんて見えない。
かすかなタバコの香りが懐かしくて泣きそう。
早く契約終了して、ギーズ家のサロンでみんなとおしゃべりしたい……けれど……。
「初めて会ったとき……アイラ嬢はまだ幼い少女のようでしたねぇ」
「そうだった……かも?」
「大分言葉遣いが上手くなりました」
「お陰様で。ときどき伯爵様からマナーレッスンを指導して頂いてるんです」
「あの男が? 僕のお姫様をその辺の男に渡す気はありませんよ」
「えっ、その辺の?」
ジェシー・ウエストをその辺の男と言うんだ。
「さぁ、笑って」
わたし、上手く微笑むことができてる?
心躍るワルツの調べ。
夢中でクルクルしているうちにプツンと音が途切れ、魔法が解けた。
(ダンスって、数分くらいなのよね)
「何があろうとも、僕はアイラ嬢のパトロンで保護者ですからね」
夢は終わり、ランベール様が名残惜しそうにわたしの耳元でささやいた。どんな言葉よりも嬉しい。
・⋆・⋆・⋆・⋆
「ではお嬢様、シャンパンでもいかがかな? ギーズ家に帰るのが待ち遠しいですね。戻り次第パーティーを開きましょう。ミシェルが新しいピアノ曲を作曲しているようですよ」
「はい……」
……ゴメンナサイ、ギーズ邸へは戻らない。
この世界での初恋の人。涙を流してはダメ、この想いは一生秘めていく。
ランベール様と別れてジェシー・ウエストの元へ。映画のようなダンスの余韻が残り、足取りがフワッフワッという感じだったから、わたしはこの上なく幸せそうな顔をしていたんだろう。
「ギーズ卿は経済面でのパトロンなんだろう?」
「ランベール様は、わたしを見つけてくれた人なの。この世界で一番大切な人よ」
「初心な顔をして、あの男を誘惑したのか?」
「どうしてそんな風に思うんですか?」
わたしが『カナン・ノース』という小説家だということは話していない。だからランベール様との関係も金銭的なパトロンとだけ言ってある。この契約が終わったらジェシー・ウエストとは他人になるのだし、言う必要のない情報だと思うから。
「今度こそ帰ろう」と、彼はわたしを会場から連れ出した。
ランベール様はというと、若作りのオバサマに攫(さら)われていた。
(ところで、エレン奥様はどこ!?)
~ヴェストル領湖陵館に続く~
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