第10話「ニャンだもんで遊ぶ」
在宅の日。
カフェに来て、奥のテーブルに陣取って、いつものようにPCを広げる。
タマが定位置(PCの排気口)に陣取る。クロはしずくの膝。トラはあおいの足元でじゃらしを噛んでる。モチはレジ裏。みんな今日もそれぞれ。
◇
スタンドアップは終わった。コードを書く。AIに投げる。
「にゃんにゃん、始まったのです」
カウンターから、のどかが顔を上げた。
「この前から気になってたんだけどさ」
「ん」
「ニャンだもん、他の言葉言えないの?」
「言えるよ」
「え、そうなの?」
「入力欄に文章を打ち込むだけで、好きな台詞を追加できる。音声合成だから、書いた通りに読み上げてくれる」
◇
のどかの目が、輝いた。
「言わせてみたい」
「仕事中」
「終わってからでいい。お願い」
「考えとく」
のどか、嬉しそう。カウンターをトン、と叩いて戻っていった。
タマが「何ごと?」という顔でこっちを見た。
◇
しずくが窓際から、こっちを見てた。
「お兄さん、それ、ちょっとずるいです」
「え」
「のどかが楽しみにしてる時に、わたしも気になっちゃいます」
「しずくも?」
「……ちょっと」
クロが「同意」とでも言いたげに、しずくの膝で尻尾を振った。
◇
あおいは床から首だけ上げた。
「なに、なに。なんの話?」
「ニャンだもんに好きなこと言わせる遊び」
「は!? それやろう!」
トラがびっくりして飛び上がった。
「あおい、まだ言ってないでしょ」
「いや、絶対やる。やらせて」
◇
しずくとあおいは、今日は講義が午後だけらしい。それで、朝からずっといる。
午前の作業はそこそこ集中できた。AI処理の合間に、のどかがコーヒーおかわり持ってきたり、しずくがクロを連れて隣に来たり、あおいが「終わった?」って覗き込みに来たり。
仕事は進む。けど、誰かの気配がずっとある。在宅の日とは全然違う。
◇
十一時前、軽い実装が一段落。
「お兄さん、もうそろそろ?」
のどかがカウンター越しに聞いてきた。すでにエプロン外して、休憩モード。
「もうちょっと」
「もうちょっと、ね」
しずくとあおいも、自然にこっちのテーブル周りに集まってきた。三人とも、PCを覗き込もうとしてくる。
「邪魔」
「邪魔じゃない、応援」
「同じだろ」
◇
仕方ない。勤怠アプリを開いて、休憩開始を押す。昼休憩、今日は早めに、長めに取る。
「あれ。お仕事、いいんですか」
しずくが心配そうな顔をした。
「わたしたちのせいで怒られるの、やだよ」
あおいも床から見上げてくる。
「うちの会社、休憩は好きに伸ばしていいんだ。ちゃんと記録して、そのぶん後ろで働けば問題ない」
「え、そんな制度あるんだ」
「働き方改革のやつ。中抜けっていうらしい。病院とか役所とか、昼間の用事に行けるように」
「用事……猫の声、作るのが?」
「……休憩の使い道は自由」
「いい会社になったじゃん」
のどかが笑った。
◇
VOICEVOXのエンジンを立ち上げる。ローカルで動かしてる、無料のやつ。ニャンだもんの声色も、これで入れてる。
「これ、VOICEVOXってツール。テキスト渡すと、その通りに喋る。ニャンだもんの声、ここから出てる」
GUI画面を見せる。テキスト入力欄、再生ボタン、それとアクセントを編集するちょっとごちゃっとしたUI。
「うわ、ちゃんと音声合成のソフトがある」
「のどか、こういうの見たことないでしょ」
「YouTubeで聞いたことはある。ずんだもんとか、四国めたんとか」
「あれと同じ仕組み。猫バージョンが、ニャンだもん」
◇
「で、何しゃべらせたい?」
三人が、顔を見合わせた。
「えっと」
のどかが先に口を開いた。
「『コーヒー、入ったのです』」
「……普通」
「いいの、これがいいの」
入力欄に打ち込む。再生ボタン。
「コーヒー、いったのです」
「あれ」
のどかが眉を寄せた。
「『入った』が『いった』って読まれた」
「漢字の読みが違うほうに行ったな」
「修正できるの?」
「ふりがな振ればいける。どうしてもダメな単語は、辞書に読み方を登録する手もある」
打ち直す。「コーヒーが、はいったのです」。再生。
「コーヒーが、はいったのです」
「それ!」
「アクセントの位置も、これ、ちっちゃい点を上下にずらすと変わる。ただ、難しいときは、何度やってもしっくりこない」
「お兄さん、すごい」
「すごくない、ただのGUI操作」
◇
しずくが、控えめに、
「『ページ、めくってほしいのです』」
打ち込む。再生。
「ページ、めっくてほしいのです」
「『めっくて』?」
しずくが、口に手を当てて笑った。
「『めくって』が『めっくて』に。促音の位置がずれた」
「直せます?」
「やってみる」
アクセント編集画面で、点を一つずつ動かす。何度か再生して、ようやく「ページ、めくってほしいのです」が綺麗に出た。
「やった」
クロが、しずくの膝の上で、ぴくっと耳を動かした。
◇
あおいは、もう前のめり。
「『走るのです』!」
打ち込む。再生。
「はしるのです」
「! ちゃんと走ってる!」
「短い文は楽」
「『あおいは天才なのです』」
打ち込む。
「あおいは、てんさい↑なのです」
「あー、『てんさい』が変なところで上がってる」
「『てんさい』は、難しいやつ」
「直して」
何度か直して、ようやく落ち着いた「あおいは天才なのです」が出た。
あおいが、ぱっと立ち上がった。ガッツポーズ。
「やった!」
「自画自賛系、やっと完成」
トラがあおいの足首を噛んだ。賛同なのか不満なのか分からない。
◇
のどかが乗ってきた。
「ねえ、もう一個、お願いしていい?」
「いいよ」
「『お兄さん、もう休憩したらいいのです』」
「……それ、のどかが言いたいだけだろ」
「ニャンだもんが言ってくれたら、お兄さんも素直に休めるかなって」
「ニャンだもん使った圧力じゃねえか」
「ちがう、優しさ」
打ち込む。
「おにいさん、もうきゅうけいしたらいいのです」
「!」
のどかが満足げに頷いた。
◇
しずくも、ぽつりと、
「『本の話、もっとしたいのです』」
「……それも、言いたいだけでしょ」
「ばれましたか」
しずく、本に視線を戻す。耳が、ちょっと赤い。
打ち込む。
「ほんのはなし、もっとしたいのです」
クロが、しずくの膝でぴくっと反応した。
◇
あおいも続ける。
「『お兄さん、ぼんやりしてるのです』」
「失礼な」
「ほんとのことじゃん」
打ち込む。
「おにいさん、ぼおんやりぃしてるのです」
「『ぼんやり』が変」
「直して直して」
何度か直して、ようやく自然になる。
あおいが手を叩いて笑った。
◇
そのうち、三人がリクエストの嵐になってきた。
「『お腹すいたのです』」
「『コーヒー入れるのです』」
「『今日もいい走りなのです』」
「『眠いのです』」
「『お兄さん、隣いいですか、なのです』」
「最後のは却下」
「えー」
打ち込んでは聞いて、変なイントネーションを直して、また聞いて、笑う。これは、もう、仕事っぽい。
AIの完了通知なんて、とっくに忘れてる。画面の中では、コードがちゃんと出来上がってるのに、誰も見てない。
猫の声を、みんなで作ってる。ただ、それだけの、昼休み。
悪くない。
◇
一時前。しずくとあおいが、講義の時間だと立ち上がった。
「続き、また今度です」
「ニャンだもんに『いってらっしゃい』言わせといて!」
二人が出ていくと、店が急に静かになる。トラが入り口のほうを、しばらく見てた。
◇
勤怠アプリの休憩終了を押す。休憩、二時間。記録は正直に。そのぶん、今日は少し遅くまでやる。
出来上がって待ってたコードを、レビューするところから再開した。
◇
つづく
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