7.付け焼刃で耐えろ
しばらく待ったが、屍体兵は動かない。
ベック軍曹が術式室のドアを開け、外へ首を突っ込んだ。
「ケラー、ドルン。こいつの四肢を回収しろ。コンスタンス、念のためついていけ」
ドア越しに了承する声が聞こえ、三人分の足音が遠ざかっていった。
わたしはベック軍曹を見た。
「四肢なんて、何に使うんだ?」
「軍の《資産》だからな。保全してもらう」
「してもらう?
「お前が切ったのをくっつけてもらう」
動けなくするためにわざわざ手足を外したのに、《資産》だから元に戻したいらしい。
わたしはヴィジリア先生を振り返った。
「屍体の切った手足を戻せるのか?」
「ええ。
「なんか馬鹿みたいだな。まあいい。やり方を教えてくれ」
ヴィジリア先生は、ゆっくりと身体を起こして、担架に寝かされている屍体兵に目をやった。肘の
「ねえ。保全は、急いでないのでしょう?」
ベック軍曹が難しい顔でうなずく。
「保全できるなら、多少の遅れは容認する」
「なら、彼を待ちましょう」
「彼?」
「
何となく面白くないが、まあいい。急がないなら後回しだ。
そんな話をしているうち、廊下から足音が近づいてきて、術式室の前で止まった。
まず、ドルン一等兵が入ってきた。次いでケラー上等兵。やがてコンスタンスが入って扉を閉めた。三人とも小脇に細長い布の包みを抱えている。包みはどれも、内側から跳ね上げるように蠢いている。切り落とした手足を回収してきたらしい。
どうやって同じ四肢だとわかったんだろう? 興味が頭をもたげたが、とても訊ける雰囲気ではない。代わりに、別の質問をすることにした。
「運用区画の別のやつも、《接続》を切れば止まるのかな? こいつみたいに」
「何とも言えないわね」
ヴィジリア先生の答えに、腕を組んで考える。
手足をちぎることはできても、少佐の指示で脊柱を残してあるから、首はいくらでも動く。
次に待機場へ入るとして、向日葵みたいにじっと追尾されるのも気味が悪い。
「先生は、同じ処置が通るって思う?」
「わからないわ。この子と同じ仕組みなら止められる、としか」
「だが、試す価値はある」
反応したのはベック軍曹だった。彼はケラー上等兵たちへ向き直った。
「一体だけ追加で回収する。正門から最も近い個体でいい。新しい個体が待機場へ入ってきた時点で中止だ。深追いはするなよ」
せっかく戻ってきたばかりなのに、三人はまた待機場へ向かうことになった。
*
二体目の屍体兵は、思ったより早く運び込まれた。
一体目と同じく肘と膝から先がなく、担架の上でぱたぱたと跳ねている。扉をくぐって術式室に入ったところで、布を巻いた顔がぱっと持ち上がる。
わたしのほうを向くと、動きがぴたりと止まった。
「はいはい。わたしはここにいるよ」
うんざりしながら、わたしは二体目の屍体兵に近寄った。
一体目は術式室の奥、壁際へ移してあって、ヴァイス上等兵とケラー上等兵が傍で警戒している。
二体目は扉に近い側で止められ、こちらにもコンスタンスとドルン一等兵がついた。
二つの担架のあいだには、人が三、四人は横になれそうな間隔を空けてあった。
「大袈裟だな」
わたしの独り言に、コンスタンスがけらけらと笑った。
「安全なほうがいいだろ? さっきまであんた、こいつらに床を引きずり回されてたじゃんか」
「押し倒されただけだ。それも一体だけだぞ。それに――」
ベック軍曹がこっちを睨んできたので、それ以上はやめた。
その間も、屍体兵に何かが起きるようすはない。
「まあいい。やるぞ」
わたしは二体目の横に立った。
遠くに焦点を合わせるように、ぐっと目を凝らしてみる。すると、肉体へ重なる薄い靄がぼんやりと浮かび上がってきた。
わたしは手を伸ばした。指先を靄の中へ差し込む。何もないはずの空中で、指の腹にふわりと触れるものがある。
「よーし……」
一発で触れられたのが嬉しくて、ついにやけながら、指にかかった感覚を手繰り寄せていく。
人体相手なら、こういう感覚仕事も珍しくはない。だが、これを人に教える羽目になったら困る。あとで絶対に言葉にしてやらないと。
そんなことを考えながら、靄を束にして、ぐっと握り込む。
よし。あとは、こいつを――
ぎし。
革が擦れた音だった。わたしは咄嗟に、処置中の屍体兵を見下ろす。こいつはさっきから、ギシ、ギシと身を捩って拘束帯を軋ませている。
でも、今のは……
振り返る。
壁際の担架で停止していた屍体兵。そいつの左肩が持ち上がっている。その内側に……
「《接続》が戻っているわね」
ヴィジリア先生の言葉に、わたしは顔をしかめた。やっぱりそうか。
そのあいだにも、一体目は肘や膝の断端を擦り付けるように身を捩り、担架を叩いている。
「ケラー、ドルン。二体目を隣の部屋に移せ」
ベック軍曹が言うと、ケラー上等兵とドルン一等兵が担架を動かした。二体目は相変わらず、わたしのほうへ首を向けようとしながら、そのまま扉を抜けていく。
す、と一体目の顔が動いた。さっきまで二体目の担架が置かれていた場所だ。
二体目はすでに運び出されており、そこにはもう何もいなかった。それなのに、そいつは空っぽになった場所へ顔を向けたままだ。
「……何見てんだ、こいつ?」
「エレゲイア。待って。何か……」
ヴィジリア先生が言いかけたところで、ベック軍曹の通信機が鳴った。
『運用区画、南側で動きがあります』
焦りを見せまいとするような、切羽詰まった声だった。
『内部の屍体兵が南に集まっています。旧本棟の東西から南下中。待機場から出てきた個体もいます。確認できるだけで九体。まだ増えています』
わたしは思わず一体目を見た。そいつは何もない床を凝視し続けている。
通信機から、別の声が割り込んだ。
『先頭が門へ到達しました!』
『止まりません。門に接触したまま前進しています!』
ベック軍曹が扉を開けた。
「ヴィジリア。こいつを外へ出すな。それだけ考えろ」
ベック軍曹は廊下へ出ながら矢継ぎ早に命じる。
「二体は別室のまま固定しろ。――調査は中止だ」
*
正門前では、警戒についていた兵たちが横木へ手をかけていた。門扉からは、ボト、ボトと柔らかいもので叩くような音が始終、響いている。
「うわ」
コンスタンスが、露骨に嫌そうな声を出した。
門柱へ渡した横木を兵たちが押さえているが、ゴッ、と一度大きく揺れて開きかける。戻りきる前にまた押される。
「あと何体いる!」
「見える範囲で、二十以上!」
「角材を持ってこい! 鎖もだ!」
「荷車を二台、正門へ回せ!
そのとき、門と門のあいだに、屍体兵の肩がねじ込まれた。屍体兵は隙間に身体を挟まれたまま、それでも前進しようとした。肩、胸、腰と、無理やり外へ押し出されてくる。
隙間から半身を出した屍体兵が一体、とうとう外へ転がり出た。
コンスタンスが腕を振る。
途端に屍体兵の身体が横へ弾かれ、地面を転がる。ケラー上等兵とドルン一等兵はすぐに追いつき、二枚の盾を重ねるようにして胸と骨盤を押さえ込んだ。その間も、屍体兵の脚は激しく床を蹴っている。
わたしは切断刀を手に駆け寄った。
まず膝だ。もはや慣れた手つきで刃を入れる。何も言わないうちに、見えない力で下腿が引かれ、関節面が開いた。そこへ切断刀を差し込み、膝を外す。
もう片方も同じように外す。
四肢を外し終えて、ふう、と息を吐いた。ひとまず目の前の一体はこれでいい。
兵たちが長い角材を担いでくる。家の梁にでも使えそうな太さだった。ベック軍曹の指示で、数人がかりで横木が掛けられ、門扉と門柱をまとめるように鎖が回される。
やがて、石炭を積んだ荷車もやってきた。車輪止めを噛ませ、荷車の側面を門扉へ押し当てる。
鉄門扉はまだボタボタと叩かれている。
追加したばかりの横木が跳ね、鎖が張る。
わたしは、足元の屍体兵を見下ろした。
手足を失っても《接続》は残っている。肉体へ重なる薄い靄に目を凝らすと、その中を走るものがちゃんと見えた。さっきは、これに指を突っ込んで掴まされたのだ。
……手で掴めるなら、触れられるってことだよな。
別に、手でなくても?
――四つ、
「まさかな……」
わたしはなんとなく、切断刀を持ち上げた。
鉄門扉に向けて、さっき術式室でやったように、肉体へ重なっている《接続》を見ようと目を凝らす。
――周囲の色が、サアッと引いた。
一瞬で日が落ちたように、視界が暗くなった。だが、ふしぎとよく見える。門扉も、煉瓦塀も、その奥の建物も、墨を流したような暗がりの中に、灰色の線で描かれている。さながら絵のようだ。
その中で、とりわけ光るように明るいものがある。傍にいる兵たちやコンスタンス――生きている人間。細い光の筋が幾重にも束なって、人の形を作っている。
「なん……」
驚いて目を瞬いた。
ふと色が戻ったが、すぐにまた視界が暗くなる。
「何だ……?」
改めて、門扉の向こうに目を凝らした。
門の向こうに、人の形が重なって見えた。だが、どれも灰色の線で形を描いているだけで、隣にいる兵たちのようには光っていない。
――そうか。向こうには屍体しかない。
そのうち、門扉へ一番近い一体を見る。
もっとよく見ようと目を凝らすと、灰色の人型へ、薄い靄がぼんやりと重なった。
さっき見たのと同じ。《接続》だ。
先頭の人型は胸を門へ押しつけ、片腕を身体と門扉のあいだに挟まれていた。肘をあり得ない方向に曲げながらも、脚を止めるようすがない。後ろから続々と人型がぶつかり、さらにその後ろからもう一体が押してくる。前の人型が門へ押し潰されようとしているのもお構いなしで、前へ前へと脚を動かしていた。
わたしは先頭の一体へ刃を向けた。
肉体へ重なる薄い靄。その中を走る《接続》のほうへ、刃を向ける。
――
「うそだろ」
ほんとに刃が手になるのかよ。
何か間違えているような気がするが、せっかくできてしまったのだ。そのまま刃を引く。
門の向こうで、狙った一体の動きがぷつんと切れた。後ろの屍体兵がそのままぶつかり、倒れた身体の背中へ次の一体が足を乗せ、それでも構わず前へ進んでいく。
――正門の連中を、全部切ってしまえばいいのか?
別の一体へ焦点を移す。薄い靄を拾い、その中の《接続》へ刃を重ねる。
刃を引くと、そいつも止まった。
門扉を押していた力も、わずかにゆるんだのだろう。横木を押さえていた兵の一人が叫んだ。
「今だ! 二本目を持ってこい!」
後ろで、角材を引きずる音がした。
三体目に焦点を合わせる。《接続》を捉え、刃を引く。
――寒い。
切断刀を握った指先が、かじかんでいる。一瞬、自分がどこに立っているのかわからなくなった。足元がおぼつかない。ひどい立ちくらみに似ていた。
これが
たった三体でこうなる。これを、ヴィジリア先生は十七回も繰り返したのか。
「二本目を入れるぞ!」
コンスタンスが叫ぶと、運ばれてきた角材の端へ手を向けた。数人がかりで持ち上げていた材木が浮いて、そのまま門柱の受けへ収まる。
わたしは膝に腕を突きながら、頭上を軽々と運ばれていく角材を見上げた。
「便利なこった。力術ってちゃんと魔術してる感じするよな」
わたしが言うと、コンスタンスは鼻を鳴らした。空いた手で襟を摘まみ、ばさばさとあおいでいる。
「専門魔術士になるとな、一回は思うんだよ」
「なにを?」
「『こんなことのために、魔術を学んだんじゃない』」
はは、と乾いた笑いが漏れる。
「わたしも、
「それはいかにもじゃんか。根暗っぽいし」
「いつかあんたのも外してやるよ」
「死んでからにしてくれよな、
しばらくして、屍体兵の増加は止まったらしい。
横木が一本、わずかに撓んでいるのを見て、ベック軍曹はさらに鎖を追加させた。
それから通信機を取り出す。
「術式室の二体は?」
『別室のまま固定しています。双方とも監視中です』
「そのままにしろ。追加の《接続》処置は行うなとヴィジリアに伝えろ」
『了解』
ベック軍曹は通信を切った。
「今夜は正門を交代で監視する。補強はこのまま維持しろ」
「なら、原因調査は延期だな」
わたしが呟くと、ベック軍曹は門扉を見た。
「少なくとも、今夜はここを守る」
門の向こうからまた力がかかって、横木がぎしりと鳴った。
次の更新予定
毎週 土曜日 07:30 予定は変更される可能性があります
死霊術士エレゲイア 遠野文弓 @fumiyumi-enno
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