思いに化けて

桜きなこ

第1話


あの日を境に、私の世界は色を失った。



心に真っ黒な物がジワジワと広がっていく感覚がした。



声が出なくなって


目の前も見えなくなって


火に炙られる煙の匂いが鼻を刺した。


やけに蝉が煩かったのを覚えている。



泣くことさえも出来なかった。



______________



ミーンミンミン


五月蝿いな。


もう1年が経ったのか。


動く肉の塊が話している。



『おはよー』


「おはよー!昨日のアレみたー?」


「見た見た!やばいよねー!」



暑い…

今日の気温は確か40度越えだ。

今朝のテレビ番組で耳に入った気がしたな。


「あっつ〜い!」


「ここまで来たら流石に殺す気だよね〜」


「それな〜」



はぁ…朝から憂鬱にも程がある。

7月10日の金曜日。

明日から夏休みに入る。

家にいたところで退屈で億劫なだけだ。

色を失ったこの世界は退屈する事ばかりだ。

色が見えていた時はもっと楽しかったのに。

おかしいな。



「転校生紹介するぞー」


私は窓際の一番後ろの席。

ぼんやりと窓の外を見ていても何も面白くないし楽しくない。

でも教室だってどこを見たとて面白くない。

代わり映えのしない景色をずっと眺めていればいつのまにか時は経つ。



「じゃあ席は…井上の隣ー」



急に苗字を呼ばれる。

少しだけ視線をやるとさっき話していた転校生とやらが私の隣の席になったらしい。

その人間にチラリと目をやる。



「よろしくね。梨花ちゃん。俺、牧野裕樹」



なんで名前を知っているのか。

なんでその名前を呼ぶのか。

鬱陶しい。



「あ、ねぇ牧野くん。その子にはあんまり関わらない方がいいかも…」



声を顰めていたとしても聞こえるものは聞こえる。



「え、なんで?」


「色がわからないらしいよ。なんかの病気かも知れないけど…話しかけても無視されちゃうんだよ」



余計なお世話だ。

全部聞こえてる。


まぁどうでもいいけど。



「……そっか」


「ねぇねぇ、そんなことよりさ!どこから来たの?」


「何が好きなの?」


「学校案内してやるよ!」


「あ…うん…えっと…」



私の隣で騒がないでほしい。

蝉の方がまだ静かなのに。



「おーい、井上!ちょっと来い!」



担任から呼ばれた。

面倒臭いな。


でも、行かないと怒られてお母さんにまで言われるのは嫌だ。



「はい」


「お前、進路希望まだ出してないだろ?」


「出しました」


「はぁ…空白だっただろ?」


「はい」


「適当でもなんでもいいから一度書いてからもう一度出しなさい」


「はい」


「あ、それと。お前、全教科必要単位取れてないぞ。夏休み補習な」


「はい」


「…俺が聞いた話によると去年までは単位取れてたらしいが…どうしたんだ?質問があればいつでも聞くぞ」


「いえ」


「…あと、友達ぐらい作れよ。今日も転校生の牧野が話しかけてくれてたのに無視しただろ?もうちょっと愛想良くしないと。せめて少しは反応するとか」



コイツは私の何を知ってるんだ。

なぜ私のことをとやかく言うんだ。


辛うじて進路希望は適当に書いてやるが。



「わかりました。では」



とっととこんな場所去りたい。

でも、家にいたいわけでもない。



放課後


今日は終業式もあって4限だけだった。

やっぱり夏の日差しは鬱陶しいくらい暑い。


夏は嫌いだ。



「ねぇ、一緒に帰ろう?」



トン、と肩を叩かれた。


触るなよ。



「…」


「あ、ちょっと!」



足を速める。

必要のないことをこんな奴と話すのは嫌気が差す。


なのに…



「家どっち方向?」



とか



「この学校めっちゃ綺麗だよねー!」



とか



「…人って死んじゃった後…どうなるんだろうね…」



と…か…



「え?」



しまった。思わず声が漏れてしまった。


いつもは聞き流すのに、なぜか彼のその言葉だけは心に引っかかった。


反応が来たことが嬉しいのかニヤリと悪戯っぽく微笑む。

……なんだっけ



「もし死んだ人間が生き返られる世界だったとして僕だったら生き返って大切な人に会いに行きたいな…それで僕は…伝えたいことをたくさんたくさん伝える。でももし、タイムリミットがあったら…」



急にそこまで喋られるのは久しぶりだ。

人間の顔をちゃんと見たのはいつぶりだろうか。

相変わらず色はないけど。



「梨花ちゃんならどうしたい?」



上に向けられていた顔をこっちに向けて目を細める。

だけど、特に答える理由もないから黙る。



「……」


「…んー…難しいな…」



ボソッと聞こえた気がした。

なんのことかはわからなかったが。



「あ、ならさ。この後カフェにでも…」


「行かない」



私は歩幅を大きくして家まで早歩きをした。



ガチャ


なんなんだ。アイツ…

ストーカー同等のことではないのか。あの行為は…

でもなんか…



「ちょっと、帰ったなら先に手を洗いなさいってずっと言ってるでしょ!」



お母さん…



「もー!今日から夏休みでしょ?お母さんはパートがあるから1人で留守番してもらう日も多いだろうけど、ちゃんと勉強しなさいよ!」



五月蝿い…


甲高い声が耳に響く。



「色がわからなくなったって勉強には支障は出ません!言い訳しないでよ?!」



っ、…

息が詰まる…



「先生から電話あったわよ?アンタ、全教科必要単位取れてないらしいじゃない!ほんと、親として恥ずかしいわ…」



…五月蝿い…本当に….うるさい…、!



「お父さんが帰ってきたらそのことも言うからね?!いい?家族会議よ?!」


「……もう、ほっといて……!」



絞り出した声は掠れていた。



「はぁっ、全く…部屋も掃除しなさいよ!!」



ガチャ


私は服も着替えないままベッドに体を預けて天井を見つめた。


この部屋はこんなに質素だったけ。

地味だったっけ。



「はぁ…」



私の口から漏れたため息は重苦しく鼓膜に響いた。


このまま寝てしまおうか。

いや、またお母さんにあんなことを言われるのは億劫だ。

着替えてからにしよう。



着替えを終えると空気を入れ替えるために窓を開ける。

ムワッと広がる蒸し暑い湿気。

気持ちが悪い。

でも仕方がない。

お母さんの怒号を聞かないために。


ふと視線を落とすと家の入り口の前で2階の隣の部屋。リビングあたりを見つめている人間がいた。

よく目を凝らすとハッとした。

牧野裕樹だ。

あいつ、私の家まで尾行してきたのか。

なぜ家がわかったんだ。気味が悪い。


しばらくボーッと見てると一度目を伏せてから背中を向けて歩いて行ってしまった。



あの後お父さんが帰ってくると家族会議という名の説教会が始まった。

お母さんがお父さんに告げ口をしたらしい。



『なんで必要単位も取れないの?!』


『遊んでばっかりいるんじゃない!!』



と。

ほとんど頭には入らなかったが、五月蝿かった。



今日はお母さんは休みだった。

だから私は朝からフラフラと外にいた。

お母さんは『どこにいくの?!夏休みの宿題もしなさいよ!!』とまた怒鳴っていた。


特に行く当てもなく橋を歩いていると川沿いのベンチが見えてくる。


あぁ、昔よく遊んだな…

近くに大きめの木があって木陰になっているんだ。

川の水も相まって夏でもそのベンチはクーラーが効いているのではないかと疑うほど涼しくなる。


橋の横にある道から橋の下の川沿いまで降りて私は何も考えずにベンチに向かって歩を進めた。

ここの川沿いはあまり人も多くないからベンチには大体誰もいなくて…私と2人だけで…



「梨花ちゃん!おはよう!」


「ひゃっ!」



びっくりした。

急に声をかけないでほしい。



「ごめんごめん。そんな驚かすつもりじゃなかったんだけど…」



彼は橋の横の道から降りてくる。

というか、またいるのか。



「…」


「今日も暑いねー!」



典型的な会話の形。

面白くもなんともない。



「ここのベンチ涼しいね。梨花ちゃんはここらへんよく来るの?」


「…久しぶりに来ただけ」



しれっと隣に座るな。

私は彼と少し距離を離して座り直す。

一瞬私の方を見て苦笑いも浮かべたがすぐにいつも通りの微笑みに戻る。



「梨花ちゃんは用事?」


「……ううん、散歩」


「そうなんだ!いいねー散歩」


「…」


「でもこんなに暑いとずっとここにいたくなるなぁ…」


「…」


「ねぇ、今度お祭りあるの知ってる?」


「…」



祭り…

花火大会か。

ここらへんの花火はめちゃくちゃ綺麗で別の県からも人がたくさん集まるらしいな。

だからこいつも知ってるのか。


あんなの人が多いだけだ。

私は人酔いしやすいタイプだからあんなところすぐに頭が痛くなる。

特に今年は誰かと行く予定もないし。

というか誰かと行く予定がないから行かないんだ。



「僕はまた行きたいなーって思うんだ。でも1人で行くのも浮いちゃうかなって…」


 

なんだその視線。「一緒に行きたい」とでも言うのか。

バレバレだ。

でもこんなストーカーと一緒に行くわけがない。



「…私は行かない」


「えぇっ!一緒に行ってくれないの?」


「行かない」


「そんなー」



唇を尖らせる。

というか、なんで私はこいつと話してるんだ。

涼しいからとベンチにいたらこいつが…

はぁ、面倒臭いな。



「あのお祭りは毎年大人気だって有名だよねー!たくさん人が集まるみたいだし!」


「…」


「まぁ、これはお祭りデートのお誘いだと思って考えててよ!また今度教えてね」


「だから行かないって…」


「まーまー、そんな事言わないでさ!」


「…」



どう言おうと私は行かない。

もう行く必要もない。



「あ、ごめん。僕もう帰らないと!じゃあね!」



彼は腕時計に目をやりながら立ち上がり、こっちに手を振りながらて橋の上に戻っていく。

あの腕時計どこかでみた気が…

まぁ、どっかの店で売っていたのかな。


はぁ、暇だな。

家に帰ったらまたあの怒号が響くと考えると寒気がする。

心配してくれてるのはわかる。多分だけど。

何もしなくなった私に呆れて心配してるだけだって理解はしてるけど。

何もしなくなったわけじゃない。

何も出来なくなったんだ。


というかあいつはなんでここに来たんだ。

なぜ私がここにいる事というがわかった。

家が近いのだろうか。

でもあいつが行ったのは私の家とは真反対だし。


まぁ、いいか。

あんな奴のこと。

私には到底関係ない。


私はベンチから立ってまたフラフラと散歩を続けた。



そこから1週間が経った。

あいつは外に出るとほとんど毎回の確率で出会う。

やはりストーカーか。


お母さんがパートで家にいないから外に出なくていい日もあったが暇だったので外に出てみたりした。

するとすぐあいつは来た。

ある公園だって橋近くの駄菓子屋だって駅の側にある図書館にだっていた。

本当にどこでもいた。

でもそこで出会ったとて私には関係なかった。



「やっほー!梨花ちゃん!昨日ぶりだねー」



昔よく来ていた花畑。今日、私が外に出たのは夕方から夜にかけて日が落ちるタイミングの17時あたりだった。

今日は祖父母が家にくる日で顔を見せてほしいと言われたが、私は「図書館で勉強する」と嘘をついて抜け出してきた。


祖父母は嫌いだ。

出会ったらまず学校のことを聞いて成績、勉強、部活のことを聞いてくる。

私が部活に入らないと言った時は鬼の形相で怒鳴った。

さすがお母さんを産んだ人たちだ。



「夜に会うのは初めてじゃない?嬉しいなー!」


「…」


「あ、そういえば。夏祭り来週だよね?どう?一緒に行ってくれない?」


「うん…行かない。家族で行けば?」


「家族…ね…」



私から視線を外して伏し目がちに呟いた。

もしかしたらコイツも家族とうまく行ってないのか?

色のない彼の目は一瞬だけ潤んだ気がしたが気のせいだったのか直ぐにいつも通りに戻った。



「そうだね!そうする!」


「…」


 

不意に彼の首元に目が行った。

綺麗に筋が通ってる。

でも、私が気になったのはそこではない。

隠されているのかわからないけど鎖骨あたりに痣よようなものが見えた気がした。



「…?どうしたの?」


「…怪我してるの?」


「え?」



私が彼の服の上から鎖骨のところを指差す。

もしかしたら違うかも知れない。

色がわからないから。


彼は目を丸くして固まった。



「違ったら…ごめん」


「…あ、ううん。平気だよ!これは生まれつきみたいなものだから!」



無理して笑っているようだった。

苦しそうだ。

でも、関係ない。



「…大丈夫ならいい」


「うん、心配してくれてありがとう」


「…」



私はいつからこいつとここまで喋るようになっていたんだっけ。

こんなに仲良くする必要ないのに。



「お花畑って綺麗だよね。色んな色で」



色…

私の色がわからないことを知っていて…嫌がらせか何かか?



「そんな色が見えないってさ…辛いでしょ?」


「え…?」



予想外の言葉だった。


『色が見えなくったって大丈夫!』

『私たちが支えてあげるから!』


なんていう励ましの言葉よりも


『色が見えなくても勉強に支障は出ないでしょ?』

『色が見えないだけで甘えるな!』


なんていう怒号よりも


私が今一番欲しかったもの。

だけど…



「色が見えないと大変でしょ?」



…っ…



「この世界は沢山の綺麗な色でできてるんだ。なのに…それがわからなくなっちゃうなんてさ、可哀想だよ…」



私は…



「色ってさ、人によって少し解釈が違うんだ。そういうのって面白いと思わない?……僕は、君の色になりたい。側にいなくてもずっと側にいる。目に見えなくてもね」



…五月蝿い…


…違う。


…アンタなんかに…っ!



「…アンタなんかが、わかるわけないじゃん!!」



自分で思っていたより何倍も震えてしまう。

顔を上げると目を見開いて私を見る姿があった。



「何がわかるの?!私のこと…何も…何も…わかんないくせに…!!」



泣きたくないのに目からは大粒の涙がとめどなく溢れてくる。



「ほんの少し前に会っただけなのに鬱陶しいんだよ!!アンタなんかに言われたって嬉しくない…!何にも…嬉しくなんかない…!!もう私に構わないでよ!!」



偶然なのかも知れないけど。

でも…

許せなかった。

踏み躙られた。そんな気がしたんだ。


___________


『この世界は沢山の綺麗な色でできてるんだ』


『僕は君の色になりたい』


『色ってさ、人によって少し解釈が違うんだ。そういうのって面白いと思わない?』


___________


フラッシュバックされるように思い出す。


大好きだったあの声はもう聞けない。

大好きだったあの顔ももう見れない。

大好きだったあの瞳ももう見れない。


大好きだったのに…なのに…私は…!!



彼の顔も見ずに私は走った。

とにかく走った。行く当てもなく。





気づいたら私は真っ暗闇にいた。

いつもなら光や明るさはわかるのに。

目の前が真っ暗で何も見えない。

がむしゃらに走ってしまってここがどこなのかもわからない。


ど、どうしよう…どうすれば…


手探りに手を彷徨わせて奥へと歩いていく。

風が嫌な音を立てる。

私の呼吸もなぜか響く。

トンネルかな…


何故か寒くなってきた。

夏真っ盛りの時期なのに。


とにかく歩いていけば大丈夫。だいじょ…



「梨花!!」


「…!」



顔を上げて振り向くと落ちかけの夕日を背にした彼…裕樹が立っていた。


眩しい…

それに、後ろが眩しすぎるからか裕樹が透けて見えた。


にしても、今、梨花って…

ていうか何でついてきて…


裕樹は私の姿を見つけると走って追いかけてきた。



「な、なんでつ…」


ガバッ


時が止まったような気がした。

ハグされた…

いつもなら、すぐに突き放すけど…

なんか…



「…ごめん」



裕樹の声は震えていた。

泣いているのか。



「ごめん。本当に…ごめん」



ギュウッと強く強く抱きしめる。

あったかい…

心の鎖が解けるように。


私も裕樹の背中に手を回した。

何も考えずに。



裕樹の背中は冷たかった。

自分が感じている温もりとは裏腹に裕樹は氷のように冷たい。


たくさんの疑問が浮かんだ。

これまで覚えていた彼への違和感も思い出した。

それから、あの人のことも。





___________


『ねぇ、悠人!ここすごい涼しいよ!』


『ほんとだー!不思議だねー!』


『ねー!でも冬は寒いかも』


『梨花と一緒にいればあったかくなるよ!』


『えへへ!そっかぁ!』


___________


『ねー、梨花。アイス一口ちょうだい!』


『えー…自分で買ってきなよ…』


『梨花のがいい』


『あはは、仲がいいねぇ。ほら、これはおばちゃんからのサービスさ。いつも来てくれてありがとうねぇ。ほら悠人くん。持ってきなさい』


『いいのー?』


『うん、2人で仲良く食べておいで』


『おばちゃんありがとう!』


『よかったねー!悠人!』


『うん!』


『また明日も駄菓子買おーね!』


『ねー!』


___________


『わ〜花火きれー!』


『だね!』


『ん…でも、なんか頭痛くなってきちゃった』


『大丈夫?人酔いって言うらしいよ。お母さんから聞いた!』


『そうなの?』


『うん、無理しちゃダメだからね』


『はーい』


『あ、リンゴ飴あげる。治るかもよ?』


『治んないよ』


『治る』


『もー!』


___________


『ねー!悠人!滑り台やりたい!』


『いいよ!やろう!』


『うん!』


『梨花は滑り台好きだね』


『ブランコも好きだよ?』


『ふふっ、そうだね!』


___________


『悠人、はいこれ。誕生日おめでとう』


『え!いいの?ありがとう!梨花。なんだろう…これ』


『腕時計だよ。それ欲しいって言ってたでしょ?』


『…!うん!ありがとう!高かったでしょ?』


『気にしないで』


『…ありがとう!』


『どういたしまして〜』


『え?!梨花、彼氏いたのー?!』


『ひゃっ!ち、違う!幼馴染だよ!』


___________


『こんなところにカフェなんてできたんだ〜』


『ね!新品だよ〜』


『新品ってw』


『何頼む?』


『じゃあ、カフェオレにしよ』


『梨花いつもそれだね』


『べ、別にいいじゃん!』


『ふふ、いいけど』


『あ、悪戯っぽい笑い方だー』


『えへへ』


___________


『ねぇ梨花。これ何?』


『これ?これはここの公式を当てはめれば…こうなってここがこうで』


『うぅ…難しい…』


『簡単な方だよー』


『図書館って参考書あるの?』


『あるんじゃない?探す?』


『うん、探してくる』


『私もいくよ』


『ありがとう、梨花』


___________


『ここ、久しぶりに来た気がするなぁ…』


『だね。いつ見ても綺麗だな』


『うん、カラフルだね』


『こうやってみると、よく思うんだよね。この世界は沢山の綺麗な色でできてるんだなって』


『うん、そうだね』


『ねぇ、この花何色に見える?』


『え?ピンクじゃないの?』


『んー?僕には紫に見えるけどなぁ…』


『うっそー!絶対ピンクだよ!ほら、これとかが紫じゃない?』


『これは青だよ』


『えぇっ?!違うよ!』


『ふふ、色ってさ、人によって少し解釈が違うんだよね。そういうのって面白いと思わない?』


『んー…そうかもね…』


『ふふふっ』


___________


『なんか煙臭くない?』


『…!ほんとだね』


『ちょっとだけ見てくる』


『…ダメ!行かないで』


『え?』


『梨花、お願い。逃げて』


『え?どういうこと?火事なら私も一緒に…』


『ダメだ!早く出て!!』


『…っ、なら…悠人も…』


『早く!!』


『…っ…わかった…ひゃっ!』


『…!梨花!』


『ひ、火が…、!』


『…っ、身を低くして、そっちのドアから逃げられるから」


『…、う、うん…』


『先に行ってて』


『うん、後でね』


___________


『…っうっ…うぅ…』


『ごめんなさい。私の娘がついていながら…』


『悠人…?……悠人……っ……ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…っ』


ミーンミンミンミーンミンミン


___________





しばらくすると裕樹がそっと離れた。

そして私はハッとした。



「…梨花。久しぶりに会えてよかった」



彼の姿は透けていた。

見間違いなんかじゃなくて。

冷たいのも。

全部…ぜん…ぶ…



「ゆう…と…?」


「…ふふ、うん」



一度、彼の顔に影がかかった。

そしてもう一度顔が見えるようになると…


あぁ、そうだ…そうだよ…

悠人だよ…

さっきよりもずっと綺麗な顔。


また涙が溢れる。

さっきとは別の。



「ゆうと…っ、会いたかったよ…私…私…」


「うん…ごめん」


「ううん、私の方こそ、ごめんなさい。話したい事いっぱいあるんだ。謝りたいことも」


「うん…でもね、僕は大丈夫。梨花が自分を責める必要はない。生き延びてくれてありがとう。これからは笑って生きて」



悠人は笑う。

すると、一段階悠人が薄くなる。



「嫌…嫌だよ…私だけが笑うなんて…生きるなんて…出来っこない…」


「梨花…」



ヒラリ、と服の隙間から肌が見える。

あぁ、あの痣に見えたものは火傷の跡だったのか…

腕時計も私があげたやつ。

それに会うところも限られていた。

2人で行ったところ。

悠人はそこを巡っていたのかな。



「私は…悠人と一緒に居たい!ずっと…ずっと…一緒がいい…!」



悠人は一瞬だけ寂しげに顔を歪めるとすぐに笑顔に戻る。

でもどこか寂しげな。



「僕の夢は、願いは、梨花に幸せになってほしい。それだけなんだ」



涙がとめどなく溢れる。

嗚咽を漏らしながら下を向く私の頭を悠人は撫でてくれる。

あったかい。

確かに。あったかいのに…


その手は冷たいんだ。


嫌だ…嫌だ…こんなの…



「ありがとう。僕のことを思ってくれて。でも、僕のせいで梨花が苦しむのは嫌なんだ」



さっきまで寒かったトンネルは暖かい空気が流れていた。



「お願い。生きて。僕の分まで。この世にある沢山の色を見つめながら」



悠人は私の目線に合わせて少し屈むとニッコリと微笑んで私たちが来た道に誘導した。

眩しい夕日と共に見えたのは…



「え…」



半分がオレンジ色に染まったカラフルで鮮やかな世界だった。

ピンク色の花。緑色の葉っぱ。オレンジ色の夕日。茶色いベンチ。黒いアスファルトの道。白い私のシャツ。紺色のスカート。



「私…色が…」


「…この世界で生きて。俺は待ってるから。梨花が笑顔でまた、戻って来られるのを。何百年でも何千年でも」


「……っ、…あははっ。何百年も生きられないよ」


「…でも。待ってる。ずっと」


「……ふぅ……」



ちゃんと、笑顔で。

返してあげないと…



「うん!…待っててね!」



1年ぶりに作った笑顔。

うまく笑えてるかもわからないし涙は止まらないけど。

悠人は笑った。

その…黄色い瞳を潤ませながら。


あったかい夏の空気に吸い込まれるようにして彼の、悠人の姿は見えなくなった。

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