第四話 逃れ人
おちよは、ゆっくりと身体を起こすと
そこには大きな人影があった。
「やい、誰かおるぞ」
知らぬ男の声に、おちよは身体を縮める。
──ここらで騒ぎになってた、山賊だわ……どうしましょう……
おちよは自分の心臓が、早鐘のように鳴っているのを感じた。
数人の男が入ってくる気配がした。
おちよは、一人の男に腕を掴まれる。
「うっ……」
男は、おちよの顔を見て舌打ちをした。
「なんだ、ばばあか」
その仲間は、おちよの荷物を漁っていた。
「このばばあ、何も持っておらぬぞ」
その時、おちよの目に、小さな影が映った。男の後ろに、子どもがいる。男の子のようだ。
「てめえら、行くぞ」
子どもは、おちよに向かって声を出さずに口の動きで伝える。
──助けて。
男はおちよを突き飛ばし、去っていった。
おちよはその場に、ぺたりと座り込み
その羽織の端を、ぎゅっと掴んだ。
──これを着ていて、良かった……
でなければどんな目に遭っていたことか……
さっきの子どもは……攫われたのだろうか。
おちよの心臓は、まだ大きく鳴っていた。
おちよは胸に入れていた小銭を、お堂のお賽銭に入れた。
「お守り頂き、ありがとうございます」
──あの子の
おちよはいてもたってもいられず、空が白み始めると、足早に山賊の足跡を追った。
おちよのお腹がぐうーと鳴る。
乳母の作ってくれた握り飯は、もうない。
──私はここで飢えて死んでしまうのかもしれない。
辺りを見回すと、ところどころに山菜があるのが見えた。
おちよは見つけたものを次々と摘み、背負い籠へと入れていった。
おちよは足跡をたどり、山の中を歩いた。
行けども行けども、同じ景色。
どこを歩いているのか、何時なのかすらも当然わからない。
おちよは木陰を見つけ、岩に腰を下ろすと、瓢箪の水を飲んだ。
すると、誰かの話し声が僅かに聞こえて来た。おちよは咄嗟に身を屈め、足音を殺しながら、声の方へと近づいていく。
そして、昨夜の山賊達をようやく見つけた。
──いた。
あの時の子どもだ。
繋がれた子どもが、身を捩っていた。
「あの……
お頭らしき人物が、誰かを呼んだ。
「おい、お前」
「へい」
「連れてけ」
「へい、お頭」
他の奴らが、呼ばれた男に声をかける。
「兄貴!あっしが行きやす!」
お頭は、声を上げた男を睨んだ。
「黙ってろ」
「へい……」
兄貴と呼ばれた男は、子どもを奥へと連れて行った。
おちよは忍び足でその後を追った。
おちよは背負い籠の山菜を掴み、二人に近づく。
男はすぐに気がついた。
「ばばあ、何を見てやがる」
おちよは目を伏せながら、おずおずと答えた。
「すみませぬ……山菜を摘んでおりまして……」
「邪魔じゃ」
おちよは男に近づいた。
「おいしいですよ、よかったら」
「いらぬ。失せろ」
男は背を向ける。
「本当に美味しいのですよ」
おちよはさらに近づいた。
「てめえ、ええ加減に……」
男が振り向いた途端、おちよはその胸に
針の束を突き刺した。
呆気に取られる子どもの手を握り、おちよは囁く。
(走って!)
二人は走った。
どこまでも、どこまでも。
おちよは見つけた川を何度も渡り、岩場を歩き、足跡を消した。
どのくらい走ったのか、おちよはわからなかった。
──ここまで来れば……もう大丈夫かしら。
岩場に腰を下ろすと、ようやく子どもに声をかけた。
「坊や、大丈夫?」
「ば、婆さまこそ……大丈夫なのですか……」
──そうだ、私は老婆なのだわ。こんなに走っていたら、おかしいはず。話し方も、ばあやのようにしなくては。
「……とっても疲れているよ。でも、坊やが助けを求めていたから……」
おちよは、子どもの髪を撫でた。
すると、おちよは子の髪の毛に切られた跡を見つける。そして、子どもの顔を見た。顔や手足には、炭が塗られている。
だが──
「…………坊やじゃなくて、女の子だね」
「……かっ、母様が……」
子どもは泣き出し、その夜を思い出した。
その、悪夢の夜。
山賊が屋敷に押し入り、人々は叫び声を上げる。
母親はすぐさま子の着物を脱がせ、男児の着物を着せ、顔や手足に炭を塗った。
そして、震える手で小刀を握り、子の髪を断ったのだ。
切った髪が、はらりと床に落ちる。
母親は子を見つめた。
「あなたは今日から男の子よ。
誰にも言ってはなりませぬ」
母親は子を押し入れに押し込み、その戸を閉めた。
直後、山賊が部屋の戸を破り、子は自分の母親が絶命したのを知る。
やがて、押し入れの戸が開けられた。
「お頭ぁ!子どもがおりますぜ!」
「……男か」
「男でございやす」
「殺せ」
──ああ、母様……殺される……
子は身を屈めた。
しかし、その“お頭”と呼ばれた男に
腕を引っ張られた。
「待て」
顎を掴まれる。
お頭と呼ばれた男は、じっくりと顔を見た。
「おい、てめえは失せろ。奴を呼べ」
「へい」
周りの山賊から"兄貴"と呼ばれていた男が、お頭の前へと歩み寄る。
「へい、お頭」
お頭は小声で囁いた。
「こいつは女だ」
「……さようですかい」
「隣町に着いたら売る」
「へい」
「他の奴らには知られるな」
「へい」
男は口元を歪め、にやりと笑った。
──隣町に着いたら、私は売られる。もうこの人しかいないと、あのお婆さんにも助けを求めた。
──ああ、父様も母様も、もういない……
おちよは、子に尋ねた。
「名は何というの」
「……おきぬです」
──ああ……きっとこの子は、私と一緒なんだ。
おちよは、下唇を噛み締めた。
「おきぬ……大丈夫ですよ。
ばあ様がついてます」
おちよは、ばあやに声を掛けられたことを思い出していた。
「ばあ様……」
その晩、おきぬはおちよの腕の中で泣いていた。
ずっと、ずっと。
そうしておちよの腕の中で泣き疲れると、やがて静かな寝息を立てた。おちよは、その小さな頭を抱いたまま、ようやく朝方眠りについた。
姥皮 -日本昔話- @Romina_
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