第三話 神殺しの娘

 おちよは一目散に山を駆け下り、

夜中には家に帰ってきた。



 おちよは誰も起こさぬように、蔵に忍び込み、その中で眠った。



 翌日、おちよが姿を現すと

乳母は駆け寄り、涙を流しておちよを抱き寄せた。



「お嬢!よくぞ……よくぞご無事で……」


「ばあや……ばあやのお陰よ」



 おちよも乳母を抱いて泣いた。




 村人たちが集まってきて、村長がおちよに尋ねた。



「沼の主の元へ行ったのではなかったのか」


「沼の主様の元へ行きました。

ですが、どうしても生きて帰りたく……主様を手にかけてしまったのです」



 それを聞くと、村人たちは響めいた。


 継母や姉は一歩下がり、子の親は子どもを抱き寄せた。



「そうか」



 村長は顔を背けた。




 


 翌日。


 いつもの畑に行っても、おちよは仕事を貰えなかった。


 井戸端で話してる人に近づくと、みんなが口を噤み、去って行く。



 市場で卵を買おうとすると、

「今日はもう終いだよ」と追い払われた。





 帰り道。

 おちよが歩いていると、村の子どもの一人がおちよを見つけ、石を投げつけた。



「やーい!神殺し!」



 もう一人の子どもも、真似をして

おちよに石を投げ始める。



 おちよは、走って逃げ帰った。






 家に帰ると、継母や姉は

以前よりもおちよに辛く当たった。



「お前のせいで、私たちまで気味悪がられているじゃないか」

「まったく。大人しく嫁いでればよかったものを……」

「なぜ余計なことばかりするんだ」



 おちよは耐えきれず、乳母の部屋へ逃げると

乳母はおちよのために粥を作っていた。



「お嬢、お疲れでしたでしょう。

どうぞゆっくりお召し上がりくださいな」



 椀を受け取り、粥を一口啜ると

おちよは涙を浮かべた。



「ばあや……私……」



「お嬢……たまは存じております。

お嬢のお陰で、雨が降りました。こんな偉業を成し遂げられたのは、この村ではお嬢だけです。ですから皆が恐れているのです」



「なぜ、皆が……」



「今はただ、恐れているだけです。そのうち皆の気持ちも薄れていくでしょう。

それまでこのたまが、お嬢のお食事をご用意いたします」



「でもこれは、ばあやが食べる分の食糧でしょう?

お継母様はもう、私の分はくれないわ」



「ばあやは少しで充分なのです。お気になさらず」


 

「……ばあや……ありがとう」



 おちよは、椀の中を静かに見つめた。


 


「ばあや。私、明日は山へ食べ物を探しに行くわ」


「では、握り飯を用意しましょうね」



 乳母は笑って早速米を洗い、炊き始めた。





 その夜、家族全員と乳母が寝静まったのを待ち、おちよは姥皮を被って家を出た。




 乳母に宛てた置き手紙だけを残して。




 おちよはまた、山の中へと入っていった。


 行くあてもなく、ただずっと歩いていた。



 沼へ行く、いつもの山道ではない。


 どのくらい歩いたのか、自分でもまるでわからなくなる。



 空が白み、やがて朝になった。



 道という道もなく、おちよは山中を歩き続けた。





 さらにしばらく歩き続けると、おちよは河原に出た。





 川で手足を洗おうと近づくと、水面に姿が映る。



 ──……誰?



 おちよは遅れて、姥皮を被っていたことを思い出す。




 ──ああ、そうだ。

私は老婆の姿なんだわ。





 おちよは川で手足を洗うと、木の影に腰を下ろし、乳母が用意してくれた握り飯を取り出した。



 おちよはそれを一口かじると、

乳母を想い出し、鼻の奥がツンとする。



 生暖かい雫が、おちよの頬を伝った。




 ──ばあやに、会いたい……






 


 朝になった村の方では、乳母が目を覚ますと

おちよの姿はなかった。


 机の上に、置き手紙があった。



『ばあや。

ごめんなさい。


こんな形でお別れすることをお許しください。


私は、生きてまいります』




 乳母は手紙を抱きしめ、泣き崩れた。



「ああ……おちよ…………」





 


 



 おちよは、再び歩き始めた。




 あてもなく、河原沿いにずっと歩いて行った。



 山は深く、人の気配はまるでない。




 夕刻前、おちよは古びたお堂を見つける。


 辺りを見回すと、草が生え茂っており

しばらく人の出入りはなさそうに見えた。



 おちよは周りに人がいないことを確認すると

その中に入って、身体を休めた。








 その夜。



 ギイ……っと、戸の開く音がして

おちよは、目を覚ました。















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