第23話奪った力をすべて焼かれても、仲間と積み上げたものだけは消えなかった

第23話 


「だったら正面から越える」


 ハルトが拳を構えた瞬間、ヴァルカスの姿が青白い線となった。


「速い!」


 エリナの声が届くより先に、大剣が振り下ろされる。


 ハルトは刃の腹を拳で押し返した。


 激突した場所から、《原初神焔》が腕へ流れ込んでくる。


 熱くはない。


 服も身体も傷ついていない。


 それなのに、ハルトの内側で何かが次々と消えていった。


【水流支配・成長上限――使用不能】


【記憶干渉・成長上限――使用不能】


【神域成長・成長上限――使用不能】


「ハルトの保有能力が封じられています!」


 メタトロンが叫んだ。


 ハルトは大剣を押し返し、距離を取る。


「燃やされたのか?」


「消失はしていません。しかし、《原初神焔》へ触れた能力から順番に接続が切断されています!」


「どう違うんだ?」


「戦闘中は使えませんが、炎が消えれば回復する可能性があります!」


「じゃあ、後で戻るかもしれないんだな」


「今使えないことを問題にしてください!」


 エリナの声に、ハルトはヴァルカスを見た。


「分かった。今は使えない」


「理解が一段遅いです!」


「話している余裕があるか!」


 ヴァルカスが踏み込む。


 大剣が連続で振るわれ、青白い軌跡が闘技場を埋めた。


 ハルトは一撃目をかわし、二撃目を拳でそらす。


 三撃目が退路へ回り込み、ハルトを闘技場の端まで押し戻した。


「《原初神焔》は、他者から得た力を焼く」


 ヴァルカスが大剣を肩へ担ぐ。


「奪った上限。授けられた加護。借り受けた魔力。自らの魂から生まれていない力は、我の前では意味を持たぬ」


「だから、模倣を捨てたのか」


「我が炎だけで十分だからだ」


 ハルトは黒い領域を広げる。


「なら、その炎の上限を喰らう」


「世界捕食界!」


 黒と青白の炎が衝突した。


【《原初神焔》の成長上限へ接続】


【捕食開始】


 世界捕食界が、ヴァルカスの炎を少しずつ呑み込んでいく。


 だが、取り込んだ力へ青白い火が移った。


【捕食した成長上限――焼却】


【取得失敗】


「喰らったそばから燃えてるぞ!」


 ハルトが驚く。


「《無限捕食》と《原初神焔》が拮抗しています!」


 メタトロンの解析結果が激しく乱れる。


「捕食はできます。しかし、奪った瞬間に“他者から得た力”と判定され、使用する前に封じられています!」


「なら、何度でも喰らう」


「何度繰り返しても同じです!」


「一回目より、二回目のほうが少し長く持った」


「え?」


 メタトロンが記録を見直す。


「一回目は〇・〇二秒。二回目は〇・〇三秒……無限捕食が炎へ適応を始めています」


「そういうことだ」


「今の一瞬で気づいたんですか?」


「何度もやれば慣れると思った」


「理屈ではなく経験則だったんですね!」


 ヴァルカスは笑わなかった。


「ゼノスも、同じことをした」


 その一言で、青白い炎が大きく揺れる。


「奴は我の炎に奪った力を焼かれても、何度も立ち向かってきた。やがて無限捕食は原初神焔へ適応し、我の上限にまで届いた」


「お前は、人間だったゼノスと戦ったのか?」


「ああ」


 ヴァルカスの視線が、遠い過去へ向く。


「五柱が生まれる以前、天界には数えきれぬ神がいた。神々は人へ力を授け、自分たちに従う者だけを守った」


 闘技場の炎に、過去の光景が映り込む。


 天を見上げる人々。


 その前へ立つ、まだ人間だった白髪のゼノス。


「ゼノスは言った。神に選ばれなかった者まで、すべて自分が守ると」


「今のゼノスが?」


 エリナが思わず聞き返す。


「かつてはな」


 ヴァルカスは大剣を握り直した。


「奴は一人で天界へ来た。神々を倒し、その上限を喰らい、誰よりも強くなった。我も全力で迎え撃ったが、最後にはこの炎さえ越えられた」


「それでゼノスへ従ったのか」


「最強の者ならば、選ばれなかった者も守れると信じた」


 青白い炎が静かに燃える。


「だが、奴は強くなるほど他者の選択を信じなくなった。失敗させないために命令し、争わせないために管理し、最後には世界のすべてを自分の予定へ組み込んだ」


「間違ってると分かってるなら、止めればいい」


「止めるに足る者がいなかった」


「だから、お前が止めろよ」


 あまりに単純な答えに、ヴァルカスの眉が動く。


「第三神の座へいる者が、何を恐れている?」


「恐れてなどいない!」


 原初神焔が膨れ上がった。


「我は確かめているのだ! 次の無限捕食を持つ者が、ゼノスと同じ道を歩まぬかを!」


「確かめるために、セインの妹を利用したのか?」


「弱き者を守りたければ、力ある者が結果を示すしかない」


「違う」


 ハルトは即座に否定した。


「妹を助けると決めたのはセインだ。治療方法を作ったのはリリアとミリア。道を開いたのはカイルたちだ」


「それは貴様が力を貸したから成立した!」


「俺はここで、お前と戦ってただけだ」


 ヴァルカスが言葉を止める。


「あいつらは、俺がいなくても自分で選んで、自分の役目を果たした」


 ハルトは拳を握った。


「守るっていうのは、全部自分でやることじゃない。相手を信じて任せることも、守ることだ」


「綺麗事だ!」


 ヴァルカスが大剣を振り下ろす。


 青白い炎が巨大な波となり、闘技場全体を覆った。


「ハルトさん!」


「二人は俺の後ろへ!」


 ハルトはエリナとメタトロンの前へ立ち、世界捕食界を最大まで広げる。


 炎を喰らう。


 捕食した力を焼かれる。


 それでも、焼かれるより先にもう一度喰らう。


【保有する捕食上限――連続封印】


【使用可能能力――低下】


【無限捕食――継続】


 黒い領域が押し戻されていく。


「まずいです!」


 メタトロンが声を上げる。


「無限捕食以外の取得上限が、ほぼすべて使用不能! これ以上は防ぎきれません!」


「まだだ」


 ハルトは一歩も退かない。


「能力が消えても、俺がここに立つ理由は消えない」


 青白い炎が、黒い領域をさらに押し込む。


「理由だけで炎は止まらぬ!」


 ヴァルカスが大剣を振り抜く。


 炎の波から十二本の刃が分かれ、ハルトの背後にいるエリナとメタトロンへ回り込んだ。


「二人とも、左へ!」


 ハルトは世界捕食界を維持したまま、炎の刃へ拳を振るう。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 能力ではなく、純粋な打撃で軌道だけをそらしていく。


「右上から四本!」


 メタトロンが位置を告げる。


「次は足元です!」


 エリナが地面に映る炎の影を見て叫ぶ。


 ハルトは二人の声を頼りに、見えない方向から迫る刃まで弾き返した。


「貴様一人の力ではないではないか!」


「最初から、そう言ってるだろ!」


 最後の一本が、ハルトの守りを抜ける。


 青白い刃がエリナへ迫った、その瞬間。


 一枚の赤い盾が間へ差し込まれた。


 炎の騎士だった。


 鎧には大きな亀裂が入り、ヴァルカスの命令紋も消えかけている。


 それでも騎士は自分の足で立ち、エリナとメタトロンを守っていた。


『ナゼ……』


 長く奪われていた声を、少しずつ取り戻していく。


『我ハ、コノ者タチヲ知ラナイ』


「ならば、なぜ守る!」


 ヴァルカスの問いに、騎士は盾を下げなかった。


『知ラヌ者ヲ守ルカドウカモ、我ガ選ブ』


 命令ではない。


 勝てると判断したからでもない。


 たった一人の騎士が、自分で選んだ行動だった。


 ヴァルカスの青白い炎が、一瞬だけ揺らぐ。


「助かった!」


 エリナが声をかけると、騎士はぎこちなくうなずいた。


「ヴァルカス。お前が弱いと決めた相手も、自分で誰かを守れる」


「一人が盾となった程度で、何が変わる!」


「一人目が動けば、次も来る」


 ハルトは第三牢獄の奥を見た。


 通路の向こうから、いくつもの足音が近づいていた。


 そのとき。


「《聖盾陣》!」


 横から飛んできた光の盾が、原初神焔の流れを二つに分けた。


 カイルだった。


 その後ろから、救出へ向かった仲間たちが闘技場へ戻ってくる。


 リリアとミリアが作った淡い光の球の中で、セインの妹が静かに眠っていた。


「遅くなった」


 セインがハルトの横へ立つ。


「助けられたのか?」


「ああ。炎の騎士たちを犠牲にせずにな」


「やっぱりできたな」


「最初からできると分かっていたような顔をするな」


「信じてた」


 セインは一瞬だけ黙り、視線をそらした。


「……そうか」


 ガルドとバルガスが、ハルトの左右へ大斧を構える。


 エルシアは聖剣アストラを抜き、リリアとミリアは妹の治療を維持したまま結界を広げる。


「これで全員です!」


 エリナが仲間たちを数える。


「いや」


 メタトロンが第三牢獄の奥を見る。


「まだ増えます」


 炎の道の左右で、鎧に亀裂の入った騎士たちが立ち上がっていた。


 ヴァルカスの命令で動くのではない。


 七本の治療経路から解放された魂が、自分の意思で鎧を動かしている。


 一人の騎士が槍を地面へ立てた。


『我々ノ力ハ、我々ガ選ンデ使ウ』


 次々と炎の騎士が並ぶ。


 赤、青、白、緑。


 第三牢獄に集められていた無数の炎が、ヴァルカスの青白い波へ立ち向かった。


「弱き者を集めたところで、我が原初神焔は越えられぬ!」


 ヴァルカスが大剣を掲げる。


「一人ずつなら、そうかもな」


 ハルトは仲間たちの先頭へ立った。


「でも、俺たちは一人ずつじゃない」


 カイルの盾。


 ガルドとバルガスの斧。


 エルシアの聖剣。


 セインの魔法。


 リリアとミリアの治癒。


 エリナの指示と、メタトロンの解析。


 そして、自分の意思を取り戻した炎の騎士たち。


 すべての力が、ハルトの後ろへ並ぶ。


「ヴァルカス」


 ハルトは、青白い炎へ拳を向けた。


「お前が信じられなかった強さを、今から見せる」

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