第21話 俺より前の《無限捕食》持ち、その正体は神々の頂点でした


「《無限捕食》を持つ者は――貴様が最初ではない」


 ヴァルカスの言葉に、ハルトは拳を構えたまま問い返した。


「そいつは誰だ?」


「知りたいか」


「ああ」


「ならば、我が一撃を受けて立っていろ」


 第三神の姿が消えた。


「ハルトさん、右です!」


 エリナの声に従い、ハルトは右腕を上げる。


 直後、ヴァルカスの大剣が叩き込まれた。


 拳と剣が激突する。


 赤い闘技場を衝撃が駆け抜け、周囲の炎が一斉に吹き上がった。


 ハルトの両足が、石床を削りながら後方へ滑る。


「重いな」


「我を前にして、その感想だけか!」


 ヴァルカスが笑い、二撃目を振るう。


 ハルトは身を低くして刃をかわし、懐へ入った。


 能力は使わない。


 荷物持ち時代から鍛え続けた拳を、黒い鎧へ打ち込む。


 だが、拳が届く寸前。


【肉体出力を測定】


【神焔鍛造――反映】


 ヴァルカスの鎧から炎の拳が飛び出した。


 それはハルトの動きを正確になぞり、同じ角度から衝突する。


「自分の拳とぶつかった!?」


 バルガスが叫ぶ。


 二つの拳が打ち消し合い、ハルトとヴァルカスが同時に距離を取った。


「《神焔鍛造》」


 メタトロンの瞳に解析術式が流れる。


「《煉獄天秤》で測った力を、炎の武具として再現する能力です。ハルトが強い攻撃を見せるほど、ヴァルカスも同じ力を使用できます」


「つまり、能力だけじゃなく筋力も真似されるんですか!?」


「先ほど檻を破る際に登録されました」


「俺が教えたのか」


 ハルトが納得したようにうなずく。


「納得している場合ですか!」


「だが、これで奴の能力も分かった」


「なぜ追い詰められるたびに前向きなんです!?」


「鍛錬も、できないことが分かったところから始めるからな」


 ヴァルカスの背後へ、炎の武器が次々と現れた。


 大斧。


 聖剣。


 光の槍。


 これまで第三牢獄へ入った者たちから測定し、複製してきた力だった。


「力ある者は、より強い力に屈する」


 ヴァルカスが大剣を振るう。


「それが世界の理だ!」


 無数の炎の武器が、一斉にハルトへ降り注いだ。


「全員、下がれ!」


 ハルトは仲間たちの前へ立つ。


「天律支配――攻撃と仲間の距離を分断する!」


 空間が歪み、炎の武器が停止した。


 しかし、《煉獄天秤》がすぐに反応する。


【世界法則への干渉を測定】


【神焔鍛造――反映】


 ヴァルカスの足元から、もう一つの空間支配が広がった。


 止まっていた武器が再び動き始める。


「天律支配まで真似しました!」


「完全な再現ではありません!」


 メタトロンが叫ぶ。


「効果範囲はハルトの三割! ですが、使用するたび精度が上昇しています!」


「なら、完成する前に止める」


 ハルトが地面を蹴る。


 炎の武器の隙間を抜け、ヴァルカスへ拳を振るった。


 だが、第三神は大剣の腹で受け止める。


 ハルトの一撃が測定され、剣を包む炎がさらに大きくなった。


「愚直だな、二人目」


「二人目って呼ぶな。俺はハルトだ」


「ならば見せてみろ。最初の男とは違うという証を!」


 炎の大剣が振り抜かれる。


 ハルトは両腕で受けたが、今度は踏みとどまれなかった。


 闘技場の端まで押し戻される。


「ハルト!」


 カイルたちが駆け出そうとする。


「来るな!」


 ハルトの声に、全員の足が止まった。


「こいつの相手は俺がする。みんなは塔へ行って、セインの妹を助けてくれ」


「一人で戦うつもりか?」


 カイルが問い返す。


「違う」


 ハルトは迷わず答えた。


「俺はこいつを止める。みんなは妹を助ける。役目を分けるだけだ」


「言い方を変えても、残るのは一人でしょう!」


 エリナが声を上げる。


「エリナとメタトロンには残ってほしい」


「え?」


「俺だけだと、たぶんこいつの仕組みに気づけない」


 エリナは一度、言葉を失った。


「……自覚があったんですね」


「俺だって、自分が考えるのは得意じゃないと知ってるぞ」


「そこで胸を張らないでください!」


 緊迫した戦場に、わずかな笑いが生まれた。


 ハルトはカイルへ視線を向ける。


「セインを頼む」


「俺に任せていいのか?」


「勇者だからじゃない。セインを一番よく知ってるのは、お前たちだからだ」


 カイルは聖剣を強く握り、うなずいた。


「今度こそ、信頼を裏切らない」


「俺への謝罪は帰ってからだぞ」


「……ああ」


「ガルド、ミリア、リリア、エルシア、バルガス。道を開いてくれ」


「任せろ!」


 バルガスが大斧を担ぐ。


「こっちは心配すんな! 妹を助けて、炎の騎士もまとめて連れて帰ってやる!」


「目的を増やしている場合か?」


 ガルドが呆れたように言う。


「ハルトならそうするだろ!」


「……否定できんな」


 セインはしばらくハルトを見ていた。


「俺はまだ、お前を信じたわけではない」


「分かってる」


「だが、妹を助けたら……その後で話をする」


「ああ。待ってる」


 一行は炎の騎士を押し返しながら、逆さの塔へ続く階段を駆け上がった。


 塔の入口を越えた瞬間、階段が二つに分かれる。


 右には赤い炎。


 左には白い炎。


 セインの胸にある《神契》が光り、右の道を示した。


【契約者ハ、右ノ階段ヲ進メ】


「右だ」


 セインが足を向ける。


「待ってください」


 リリアが白い炎へ手をかざした。


「治癒の力を感じるのは、左です」


「神契は右だと示している」


「それを作ったのはヴァルカスでしょう」


 ミリアも左の階段を見つめる。


「妹さんへ届かせたくないなら、正しい道を教えるはずがありません」


「だが、もし左が罠なら時間を失う」


 セインは動けなかった。


 妹を救うため、ずっと神の示す道を選んできた。


 その選択を疑うことは、今まで耐えてきた時間まで否定するように思えた。


「セイン」


 カイルが隣へ並ぶ。


「神託ではなく、お前はどちらへ行きたい?」


「そんな感情で決められる問題ではない」


「なら俺たちの判断も使え。一人で正解を選ばなくていい」


 ガルドが左の階段へ盾を向けた。


「罠なら俺が受け止める」


 エルシアが聖剣を構える。


「神の術式なら私が斬るわ」


「扉なら俺がぶっ壊す!」


 バルガスが大斧を掲げる。


「壊す前に確認しろ」


「お前、さっきから俺に厳しくないか!?」


 仲間たちの声を聞き、セインは左の階段を選んだ。


「……リリアを信じる」


 右を示していた神契の光が乱れる。


 左の階段の先で、固く閉ざされていた扉に《治療区画》の文字が浮かび上がった。


「こっちで合っています!」


 リリアの声に、セインは初めて小さく息をついた。


「急ぐぞ。今度は、俺たちがハルトの信頼へ応える」


 ヴァルカスは、それを追わなかった。


「仲間を逃がし、自分だけで我を倒すつもりか」


「逃がしたんじゃない」


 ハルトの左右にはエリナとメタトロンが残っている。


 遠くには、塔を進む仲間たちの背中が見える。


「信じて任せたんだ」


「同じことだ。最後に力を振るうのは一人。頂点へ立つ者も一人だけだ」


「違うな」


「何?」


「俺が間違えたら、エリナが止める」


「当然です!」


 エリナが即答する。


「ハルトさんが世界の支配者になろうとしたら、受付嬢として説教します!」


「受付嬢の仕事なのか?」


「今決めました!」


 ヴァルカスが目を細めた。


「最初の男にも、仲間はいた」


 炎の大剣が、ゆっくりと持ち上がる。


「だが、奴は強くなるほど他者を信じなくなった。自分一人ですべてを守れると考え、最後には守るべき者すら自らの管理下へ置いた」


「そいつと俺は違う」


「力を得た者は皆そう言う」


 ヴァルカスが踏み込んだ。


 大剣と拳が、再び激突する。


 今度は炎の拳が現れるより先に、ハルトが自分から力を抜いた。


 複製された拳が空を切る。


「何?」


 ハルトはヴァルカスの大剣へ手を添え、その勢いを横へ流した。


 力ではない。


 荷物を崩さず運ぶために覚えた、重さの向きを読む技術だった。


 体勢を崩したヴァルカスの胸元へ、軽い拳を当てる。


 威力は小さい。


 だが、第三神を初めて一歩後退させた。


「《神焔鍛造》は力を真似できても、力を抜く判断までは真似できない」


 エリナが気づく。


「ハルトさん! 大きな攻撃は駄目です! 弱い攻撃と動きを組み合わせれば、測られても次を読まれません!」


「分かった!」


「本当に分かりました!?」


「たぶん!」


「そこは言い切ってください!」


 ヴァルカスは後退した自分の足元を見つめた。


 そして、声を上げて笑った。


「なるほど。貴様は力を抑えることを知っている」


 背中の炎の輪が、さらに大きく広がる。


「ならば、抑えられぬ力を見せてやろう」


 第三神が大剣を天へ掲げた。


「《神焔鍛造》――記録最深部を開放」


 赤い炎の中から、黒い炎が噴き上がった。


 それは人の形へ集まり、一人の男を作り出す。


 白い髪。


 感情のない金色の瞳。


 背後に広がる、ハルトの世界捕食界とよく似た黒い領域。


 メタトロンの顔から表情が消えた。


「この神力波形は……第一神ゼノス」


「ゼノスが、無限捕食を?」


 ハルトが黒い炎の男を見る。


「五柱が生まれる以前、ゼノスは人間だった」


 ヴァルカスが告げる。


「奴は《無限捕食》で旧き神々の上限を奪い、天界の頂点へ立った。そして自らの過去を、世界の記録から消した」


「なら、俺が能力を持っている理由は?」


「それはゼノス自身に聞け。我が知るのは、奴が貴様を恐れる理由だけだ」


 黒い炎で作られたゼノスが、ゆっくりと片手を上げる。


 闘技場を覆う黒い領域が、ハルトの力へ食らいついた。


「貴様が無能と判定された神託の日、天界だけは見ていた」


 ヴァルカスの大剣が赤く燃える。


「ゼノスと同じ、世界の上限を喰らう空白をな」


 第一神の黒い炎と、第三神の赤い炎。


 二つの神力がハルトを挟み込む。


「最初の《無限捕食》を持つ者――その正体は、第一神ゼノスだ」


 ヴァルカスは大剣を構えた。


「さあ、二人目。神になった貴様の前任者を越えてみせろ」

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