第16話 俺を追放した勇者たちが神の操り人形になっていたので、今度は俺が救う



「――この世界から」


 黄金の聖剣が、まっすぐハルトへ向けられていた。


 その剣を握る男を、ハルトが見間違えるはずはない。


 勇者カイル・アークライト。


 かつてハルトが荷物持ちとして所属していた、勇者パーティーのリーダーだ。


 カイルの背後には、聖女ミリア、魔導士セイン、重戦士ガルドが並んでいる。


 ともに旅をした元仲間たち。


 そして、ハルトをパーティーから追放した四人だった。


「久しぶりだな」


 ハルトが言った。


「再会して最初の言葉が、それか?」


 カイルは聖剣を下ろさない。


「王都を消し、魔王と手を組み、天界軍を反乱させた。挙げ句に神まで喰らったそうだな」


「王都は消してない。あそこにあるぞ」


 ハルトが後ろを指さす。


 魔界へ移された王都では、今も人々が避難と復旧を続けている。


 城も、家々も、住民も無事だ。


「見え透いた幻術を使うな!」


 カイルが怒鳴った。


「神々は俺たちに真実を見せてくださった。王都はお前の力で跡形もなく消滅した!」


「目の前にあるのに信じないんですか!?」


 エリナが思わず口を挟む。


 カイルの瞳にある金色の輪が強く光った。


 一瞬だけ王都へ向いた視線が、見えない何かに引き戻される。


「世界の敵が作った偽物に惑わされるものか」


「認識阻害を確認しました」


 メタトロンが低い声で告げる。


「彼らの視覚情報が、天界の記録へ強制的に置換されています。実物の王都を見ても、破壊された光景として認識している可能性が高いです」


「やっぱり、操られてるのか」


 ハルトは元仲間たちの瞳を見た。


 四人全員に刻まれた金色の輪。


 第十五話まで神兵を縛っていた神命術式によく似ている。


 だが、神兵のものより深い。


 思考だけでなく、記憶と感情にまで根を張っていた。


「ハルト、下がれ」


 ノクスが前へ出る。


「話が通じる状態ではない。まずは拘束する」


「待ってくれ」


「貴様を消すために来た相手だぞ」


「でも、元仲間だ」


「貴様を追放した者たちだろう」


「それと、神に操られてるのは別の話だ」


 ハルトは一人で前へ歩き出した。


「お前は本当に、敵にまで甘いな」


「敵かどうか、まだ話してないから分からない」


「今、世界から追放すると宣言されたばかりだが?」


「だから、これから話す」


 ノクスは眉間を押さえた。


「エリナ。あれをどうにかしろ」


「私に止められると思いますか?」


「思わん。言ってみただけだ」


「魔王様が諦めないでください!」


 カイルの聖剣に、天界の光が集まっていく。


「話すことなどない。神託は下された」


「カイル。神に会ったのか?」


「何?」


「直接会って、王都が消えたのを自分で確かめたのか?」


「神々の言葉を疑うのか!」


「俺は、お前が見たものを聞いてる」


 カイルの表情が止まった。


 神々から授かった記録。


 天界の声。


 だが、自分の目で王都の跡を見た記憶はない。


 その疑問が生まれた瞬間、瞳の輪が激しく輝いた。


「黙れ!」


 カイルが大地を蹴った。


 聖剣がハルトへ振り下ろされる。


 ハルトは片手で受け止めようとした。


 しかし光の刃は手のひらをすり抜け、肩口の外套を切り裂いた。


「ハルト!」


 エリナの声が飛ぶ。


 ハルトは後方へ跳び、続く斬撃をかわした。


「今の剣、触れなかったぞ」


「当然だ」


 カイルが聖剣を構え直す。


「これは第一神ゼノスより授かった《神託聖剣》。世界の敵と認定された者の防御を無視する」


「防御無視ですか!?」


 エリナが顔を引きつらせる。


「どんどん能力が雑に強くなってません!?」


「神とはそういうものだ」


 エルシアがアストラを抜いた。


「自分たちで決めた規則を、自分たちだけ無視する」


「お前も神の敵か、エルシア!」


 魔導士セインが杖を掲げる。


 空に千を超える光の矢が現れた。


「神託魔法――《千光葬陣》」


「全軍、障壁!」


 ノクスの号令に、人間と魔族が同時に防御術式を展開する。


 降り注ぐ光の矢を、アダマスの黄金盾と神兵たちの翼が受け止めた。


「ハルト様へ近づけさせるな!」


 個体七〇八が神槍を構える。


「待て!」


 ハルトが止めた。


「四人とも、倒さなくていい!」


「攻撃ヲ受ケテイルノダゾ!?」


「分かってる。でも、あいつらの目を見ろ」


 カイルたちの瞳に浮かぶ神命の輪。


「自分で戦ってるわけじゃない」


「……了解。ナラバ、救出対象ト判断スル」


 個体七〇八は槍の向きを変え、四人ではなく天界の門へ狙いを定めた。


「切り替えが早いですね!」


「ハルトニ仲間ト認定サレタ者ハ、我々ノ仲間デモアル」


「三万六千人でその理屈を共有すると、とんでもない規模になりますね……」


 戦場の後方で、倒れたアクアリアがゆっくり身体を起こした。


『あれは……《深層従属環》』


 その声に、全員が振り返る。


「知ってるのか?」


『神兵へ与える命令術式とは違います。対象の記憶に偽りを混ぜ、本人の正義感を利用して行動させるものです』


「壊せるか?」


『外側から無理に壊せば、偽りだけでなく本来の記憶まで失われます』


 アクアリアはハルトから目をそらした。


『かつて、私も術式の完成に協力しました』


 エルシアの表情が険しくなる。


「なら、解き方も知っているでしょう」


『本人が、植えつけられた記憶と現実の矛盾に気づく必要があります。わずかでも自分から神託を疑えば、環に亀裂が入ります』


「話せばいいんだな」


 ハルトが再びカイルへ向かう。


『簡単ではありません。疑問が生まれるたび、環は痛みと偽の記憶で思考を塗り潰します』


「それでも、話さないよりいい」


 重戦士ガルドが巨大な戦斧を振り下ろす。


 ハルトは刃の側面を拳で押し、軌道を大地へそらした。


「相変わらず重い一撃だな、ガルド」


「馴れ馴れしく呼ぶな!」


「お前、前は『もっと腰を入れて受けろ』って毎日言ってただろ」


「俺が、お前に……?」


 ガルドの動きが止まる。


 金色の輪に、小さな亀裂が走った。


「聞くな、ガルド!」


 セインが雷撃を放つ。


 ハルトはガルドを抱えて横へ跳び、二人まとめて雷をかわした。


「なぜ俺を助ける!」


「仲間だったから」


「俺たちは、お前を捨てたんだぞ!」


「それでも、一緒に旅したことまで消えるわけじゃない」


 ガルドの輪に、二本目の亀裂が入った。


「やめろ!」


 カイルの神託聖剣が迫る。


 ハルトはガルドを後ろへ押し、攻撃をかわす。


「世界捕食界を使えば、あの輪だけ食べられませんか!?」


 エリナが尋ねる。


「今は無理だ」


 メタトロンが代わりに答えた。


「従属環と四人の記憶が完全に融合しています。敵性指定を行えば、彼らの記憶まで捕食する危険があります」


「じゃあ、また自分で切り離してもらうしかないんですね」


「そのとおりです」


 聖女ミリアが祈りを捧げる。


「神託治癒――《完全回帰》」


 ガルドの輪に入った亀裂が、塞がり始めた。


「まずい。聖女が術式まで治してるぞ!」


 バルガスが叫ぶ。


 ハルトは一瞬でミリアの前へ移動した。


「ミリア。王都で疫病が流行ったとき、三日間ずっと治療してたのを覚えてるか?」


「黙りなさい!」


「お前は、神に命令されたから助けたんじゃない。目の前で困ってる人がいたからだって言ってた」


「黙って!」


「今、王都の人たちは生きてる。それでも俺を倒すのか?」


 ミリアの杖が止まった。


 視線が、遠くの王都へ向く。


 金色の輪が偽物として塗り潰そうとする。


 だが王都から、一人の少女が声を上げた。


「ミリア様!」


 かつて彼女に救われた住民だった。


「私たちは生きています! ハルトさんが、王都を守ってくれたんです!」


 続いて、城壁の上からいくつもの声が上がる。


「勇者様、私たちはここです!」


「王都は消えていません!」


「どうか、自分の目で見てください!」


 金色の輪と、目の前の現実がぶつかり合う。


 ミリアの手から杖が落ちた。


「私、は……王都を、守るために……」


「ミリア!」


 カイルが呼ぶ。


「神託を疑うな!」


 その命令に反して、ミリアはハルトを見た。


 瞳の輪へ、はっきりと亀裂が走る。


「ハルト……」


 震える声が、確かに届いた。


「私たちを、止めて」


 直後、天界の門から金色の鎖が伸び、四人の身体を包んだ。


『自我汚染ヲ確認』


 第一神ゼノスの声が響く。


『深層従属環、第二段階ヘ移行』


 四人の輪が広がり、全身を覆う黄金の鎧へ変わっていく。


「戦闘能力、急上昇!」


 メタトロンが警告する。


「四人の生命力を神力へ変換しています。このまま長時間戦わせれば、元へ戻せなくなる危険があります!」


「ゼノス!」


 ハルトが天界を見上げた。


『勇者ハ神ノ剣。剣ニ意思ハ不要』


「違う」


 ハルトの足元に、黒い光が集まる。


「こいつらは、俺を追放した」


 カイルの聖剣が輝く。


「腹も立ったし、見返したいとも思った」


 ガルドが斧を構え、セインの背後に魔法陣が展開する。


「でも――だからって、神の道具になっていいわけじゃない」


 ハルトは四人をまっすぐ見た。


「今度は俺が、お前たちを追放する」


 世界捕食界が、ハルトの周囲に小さく展開される。


 狙うのは四人ではない。


 彼らと天界をつなぐ、金色の鎖ただ一つ。


「神の支配から」

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