第10話 天界全軍が来る前に、王都を一つの要塞にした


天界全軍の降臨まで。


残り一時間。


王都の上空には、巨大な門が開いていた。


門の向こう。


百二十万を超える神性生命体が、地上を見下ろしている。


白い翼を持つ兵士。


巨大な神獣。


空を埋め尽くす光の艦隊。


さらに、その最奥には。


五つの巨大な影があった。


この世界を長い間支配してきた。


五柱の神々。


『降臨準備ヲ開始』


天から声が響く。


『地上領域ノ封鎖マデ、五十九分』


王都の人々が、一斉に騒ぎ始めた。


「神の軍勢が来るぞ!」


「逃げろ!」


「どこへ逃げるんだ!」


「門を開けろ!」


城門へ向かって、人々が殺到する。


だが。


王都の外へ逃げたところで。


天界全軍が相手では、意味がない。


むしろ。


守りのない場所へ散らばる方が危険だ。


「ハルトさん!」


エリナが俺の服をつかむ。


「どうするんですか!」


「考えている」


「考えている顔に見えません!」


「どんな顔ならいい?」


「もう少し焦ってください!」


焦っても。


敵の数は減らない。


俺は上空の門を見た。


百二十万。


一体ずつ倒すのは面倒だ。


俺一人なら問題ない。


だが。


王都を守りながら戦う必要がある。


神々は。


俺を倒すためなら、町の人間を平気で巻き込む。


メタトロンを処分しようとしたときも。


町ごと消そうとしていた。


なら。


最初にやることは一つだ。


「王都を移動させる」


「はい?」


エリナの動きが止まった。


「王都を安全な場所へ移す」


「町をですか?」


「ああ」


「何十万人も住んでいる王都を?」


「ああ」


「どうやって?」


俺は《天律支配》を使う。


王都全体を包む。


地面。


城壁。


建物。


地下施設。


そして。


そこに暮らす人々。


すべての位置と空間を認識する。


《対象領域を確認》


《推定重量――測定不能》


《対象範囲が広大です》


《空間距離の一括操作には、高度な世界干渉が必要です》


できないとは表示されていない。


「距離をなくせばいい」


「どことの距離ですか?」


バルガスが尋ねる。


「安全な場所」


「それがどこにあるんだよ!」


確かに。


神々が世界全体を支配しているなら。


どこへ逃げても見つかる可能性がある。


魔王ノクスが口を開いた。


「魔界なら、天界の干渉を弱められる」


「魔界へ王都を運ぶのか?」


「ああ」


「待ってください!」


エリナが叫ぶ。


「人間の王都を、魔界へ移すんですか!」


「安全なのか?」


俺がノクスへ尋ねる。


「私の城の周辺なら、魔王軍が守れる」


「人間を襲う魔族は?」


「同盟の命令を出す」


ノクスはザルガを見る。


「全軍へ伝えろ」


『ハッ!』


ザルガが立ち上がる。


『黒鉄ハルト及ビ、人間ノ避難民ヘノ攻撃ヲ禁ズル!』


黒い魔力を声へ乗せる。


その命令は。


魔界全土へ伝わっていくらしい。


『違反者ハ、魔王様ノ敵ト見ナス!』


ゴブリンキングが小さく震えた。


『畑ヲ荒ラシタ件ハ……』


「同盟前だから不問だ」


ノクスが答える。


『ヨカッタ』


今は。


ゴブリンキングの過去を話している場合ではない。


「魔界までの距離は?」


俺が尋ねる。


「通常の空間には存在しない」


ノクスが手を上げる。


空に。


黒い亀裂が生まれた。


向こう側には。


紫色の空と。


黒い山々が見える。


「この門を通れば魔界へ行ける」


「王都全体が通る大きさにできるか?」


「不可能ではない」


魔王の表情が険しくなる。


「だが、私一人では十分以上かかる」


「残りは五十七分ある」


「門を開いたあと、王都を動かす力は?」


「俺がやる」


エリナが。


俺とノクスを交互に見た。


「本当にやるんですか?」


「ああ」


「国王陛下の許可は?」


「まだ会っていない」


「先に会ってください!」



俺たちは。


王城へ降りた。


突然。


魔王や魔族を連れた人間が現れたことで。


王城の中は大混乱になった。


「魔王だ!」


「陛下をお守りしろ!」


「聖騎士団、前へ!」


騎士たちが剣を抜く。


俺たちを囲む。


ノクスは人間の姿へ戻っていたが。


ザルガとゴブリンキングは。


どう見ても魔族だった。


メタトロンも。


二枚の白い翼を隠していない。


「敵ではない」


俺が説明する。


「魔王軍を連れてきた者の言葉を信じられるか!」


騎士の一人が叫ぶ。


「同盟を結んだ」


「誰が許可した!」


「俺と魔王だ」


「人類の代表でもない者が、勝手に決めるな!」


もっともな意見だった。


俺は。


人間の王ではない。


冒険者ですら。


まだFランクだ。


だが。


魔王は俺と同盟を結びたいと言った。


それを受けただけだ。


「話は国王にする」


俺が一歩進む。


騎士たちが。


一斉に剣を向けた。


「止まれ!」


「急いでいる」


「ここから先へは通さない!」


どうするべきか。


傷つけるつもりはない。


だが。


一人ずつ説得している時間もない。


俺は《絶対命令》を使った。


「剣を下ろせ」


騎士たちの腕が。


同時に下がる。


「なっ……!」


「体が勝手に!」


「全員、落ち着け」


騎士たちの動きが止まった。


俺より弱い相手には。


絶対命令が効く。


便利だ。


「これは落ち着いている状態ではありません!」


エリナが言う。


「話はできる」


「強制的にです!」


そのとき。


王城の奥から。


ゆっくりと拍手が聞こえた。


「見事だ」


赤いじゅうたんの先。


玉座の間から。


一人の男が歩いてくる。


白い髪。


立派なひげ。


金色の王冠。


国王だろう。


その後ろには。


王国騎士団長グレイ。


何人もの貴族。


そして。


勇者レグルスたちがいた。


レグルスは。


俺の腰にある聖剣エクスレイヴを見ている。


顔には。


悔しさが浮かんでいた。


「黒鉄ハルト」


国王が俺を見る。


「ようやく来たか」


「呼ばれたから来たわけではない」


「分かっている」


国王の視線が。


ノクスへ向く。


「その男が魔王か」


「いかにも」


ノクスの角と翼が現れる。


騎士たちが再び騒ぎ始める。


だが。


国王は逃げなかった。


「第六代魔王ノクス」


「人間の王よ」


二人の王が。


向かい合う。


「王都へ何をしに来た」


「神々と戦うためだ」


「人類の敵である貴様が?」


「今の敵は同じだ」


ノクスが空を指す。


王城の天井越しでも。


巨大な天界門の圧力を感じる。


「五柱の神は、人間も魔族も道具として扱っている」


「証拠は?」


「ある」


ノクスが。


勇者の魂の欠片を取り出す。


メタトロンも前へ出た。


『内部ニ、複数ノ人間魂魄ヲ確認』


「神の使いか?」


国王が尋ねる。


『元・天律執行者メタトロン』


「元?」


『神々ニ処分サレ、命令系統カラ離脱シタ』


国王は。


しばらく黙っていた。


その間にも。


空から神の声が響く。


『地上領域ノ封鎖マデ、五十分』


時間がない。


「説明はあとだ」


俺は言った。


「王都を魔界へ移動させる」


国王の表情が。


初めて崩れた。


「今、何と?」


「町ごと魔界へ避難させる」


「待て」


「神々は王都を狙っている」


「だからといって、王都を魔界へ移す王がどこにいる!」


「ここにいる」


ノクスが答えた。


「お前は魔王だ!」


国王の横にいた貴族が叫ぶ。


「魔界へ移せば、民を人質にするつもりだろう!」


「必要ない」


ノクスは冷静だった。


「人質に取るより、ハルトと戦った方が早い」


「説明になっていない!」


確かに。


普通の人間には納得しづらいだろう。


俺は国王を見る。


「ここに残れば、王都は戦場になる」


「魔界なら安全だという保証は?」


「俺が守る」


「一人でか?」


「魔王軍もいる」


「昨日までの敵ではないか!」


「今日から味方だ」


国王は。


頭を押さえた。


エリナと似た反応だった。


「陛下!」


勇者レグルスが前へ出る。


「その男の言葉を信じてはいけません!」


「レグルス」


「魔王と同盟など、あり得ません!」


レグルスは。


俺を指さす。


「ハルトは魔王に操られています!」


「まだ言っているのか」


俺が尋ねると。


レグルスの顔が歪んだ。


「お前が勇者の立場を奪った!」


「奪っていない」


「聖剣を返せ!」


「剣が拒んだ」


「黙れ!」


レグルスが。


予備の剣を抜こうとする。


だが。


国王が低い声で止めた。


「レグルス」


「陛下!」


「下がれ」


「しかし!」


「今は、お前の感情を聞いている時間ではない」


レグルスが。


信じられないものを見る目で国王を見る。


「私より、荷物持ちの言葉を信じるのですか?」


「空を見ろ」


国王が言う。


「百二十万の神兵を前にして、まだ肩書の話をするつもりか」


レグルスは。


何も言えなかった。


国王は。


再び俺を見る。


「王都を移せるのか?」


「やってみる」


「失敗した場合は?」


「落とさないようにする」


「そういう問題ではない!」


国王まで。


エリナと同じことを言い始めた。


「成功率を聞いている」


「七割くらい」


実際には。


やったことがないので分からない。


だが。


できる感覚はある。


「三割で王都が消滅するのか?」


「その場合は俺が止める」


「なら最初から十割ではないのか?」


「そうかもしれない」


国王が。


長く息を吐いた。


「無茶苦茶だな」


「よく言われる」


「だが」


国王は。


窓の外に広がる町を見る。


逃げ惑う人々。


泣いている子供。


兵士たち。


王都に暮らす何十万もの命。


「ほかに策はない」


重い声だった。


「王都の全住民へ避難命令を出す」


騎士団長グレイが。


驚いて国王を見る。


「陛下!」


「ただし、条件がある」


国王は俺とノクスを交互に見る。


「魔界で民を一人でも傷つけた場合」


「傷つけない」


俺が答える。


「魔王に聞いている」


「私の名において誓おう」


ノクスが胸へ手を当てる。


「避難民への攻撃を禁ずる。違反した魔族は、私自ら裁く」


「分かった」


国王がうなずく。


「王都の移動を許可する」


その言葉に。


玉座の間が大きくざわめいた。



王都全体へ。


避難命令が出された。


ただし。


町の外へ逃げるのではない。


全員。


建物の中へ入り。


動かずに待つ。


王都が町ごと移動するなど。


誰も理解できない。


当然だった。


俺も。


初めてやる。


城壁の上。


王都を見下ろせる場所に。


俺とノクスは立った。


「門を開く」


ノクスが両手を広げる。


黒い魔力が。


王都の外側を囲むように広がっていく。


魔界へ続く亀裂が。


少しずつ大きくなる。


一キロ。


五キロ。


十キロ。


王都全体を飲み込めるほどの。


巨大な黒い門。


門の向こうには。


魔王城と。


果てしなく続く黒い平原が見えた。


『魔王様!』


門の向こうで。


魔族たちが集まり始める。


「人間の避難民を受け入れろ」


ノクスが命じる。


『人間ヲ?』


「同盟を結んだ」


魔族たちがざわめく。


「異論のある者は、私の前へ出ろ」


誰も出なかった。


魔王の命令は。


絶対らしい。


ノクスが。


俺を見る。


「門は開いた」


「ああ」


「本当に王都全体を運べるのか?」


「やってみる」


「失敗するな」


「国王にも言われた」


俺は。


王都全体へ意識を広げる。


地上だけではない。


地下水路。


地下牢。


倉庫。


王城の地下深くにある。


天界門の祭壇。


すべてを含める。


地面から切り離すのではない。


王都の存在する座標そのものを。


別の空間へつなげる。


《天律支配を発動》


《対象――王都アストリア全域》


《空間距離の一括削除を開始》


地面が。


低く震え始める。


町の外側に。


金色の線が走る。


巨大な円。


王都全体を囲む。


城壁の外にいた兵士たちが。


慌てて内側へ戻る。


「始めるぞ」


ノクスが。


門をさらに広げる。


俺は。


王都と魔界の間にある距離へ命令する。


「なくなれ」


一瞬。


何も起きなかった。


次の瞬間。


世界が大きく揺れた。


王都の外側にあった景色が。


森から。


黒い平原へ変わる。


青かった空が。


紫色へ染まる。


城壁の向こうには。


巨大な魔王城。


そして。


数えきれない魔族たちが立っていた。


王都が。


町ごと魔界へ移動した。


《空間距離の一括削除に成功》


《超大規模転移を確認》


《天律支配の熟練度が上昇しました》


「成功したな」


俺が言うと。


ノクスが。


しばらく何も言わなかった。


「どうした?」


「二百年前」


魔王は。


元の世界へつながる門を見る。


「あの門を開くだけで、魔力の半分を使った」


「そうなのか」


「お前は王都を一つ運んだ」


「ああ」


「しかも、ほとんど疲れていない」


「少し腹が減った」


ノクスは。


片手で顔を覆った。


「比較するのをやめよう」


王都の中から。


恐る恐る人々が外へ出始める。


紫の空。


黒い大地。


城壁の外に立つ魔族の軍勢。


悲鳴が上がった。


「魔族だ!」


「魔界に来たぞ!」


「食われる!」


ゴブリンキングが。


王都の城壁へ近づこうとする。


『安心シロ!』


人々の悲鳴が。


さらに大きくなった。


「お前は黙っていろ」


俺が言う。


『ナゼダ!』


「子供を食べようとしていただろう」


『モウ食ベナイ!』


「そういう宣言も怖い」


ゴブリンキングは。


少し落ち込んだ。


ノクスが。


魔界全体へ声を響かせる。


「魔族の民よ!」


すべての視線が。


魔王へ集まる。


「本日より、人間との無益な戦いを終える!」


魔族たちがざわめく。


「我らの真の敵は、天界の神々だ!」


ノクスは。


王都の上に開かれた。


巨大な門を指す。


元の世界。


そこでは。


天界全軍が降臨しようとしている。


「人間も魔族も、神々に作られた道具ではない!」


魔王の声が。


魔界全土へ響く。


「自らの意思で生きる者だ!」


魔族たちが。


少しずつ武器を掲げる。


「人間の避難民を守れ!」


最初に。


ザルガが拳を上げた。


『魔王様ノ命ニ従ウ!』


続いて。


魔族の兵士たちが叫ぶ。


『オオオオオオ!』


大地が震えるほどの声。


王都の人々は。


まだ怯えている。


だが。


すぐに攻撃されないと分かり。


少しだけ落ち着き始めた。


「ハルトさん!」


エリナが城壁へ駆けてくる。


「本当に町ごと運んだんですね!」


「ああ」


「事前に、もっと詳しく説明してください!」


「説明しても信じなかっただろう」


「それでもです!」


バルガス。


リリア。


メタトロン。


エルシアも続く。


国王たちも。


少し遅れて現れた。


国王は。


城壁の外に広がる魔界を見ている。


「王都が、本当に魔界へ……」


「これで住民は安全だ」


俺が言う。


「少なくとも、神々の攻撃からはな」


国王は。


魔族の軍勢を見る。


「別の意味では、まったく安全に見えない」


「ノクスが守る」


「魔王を信じろと?」


「同盟相手だ」


「お前は人を信じるのが早すぎないか?」


「一度戦った」


「それで分かるのか?」


「ああ」


国王は。


理解を諦めたようだった。



『地上領域ノ封鎖マデ、三十分』


天界からの声。


王都は魔界へ移動した。


だが。


天界門は。


元の世界に残っている。


神々の目的は。


王都そのものではない。


俺。


ノクス。


エルシア。


そして。


神殺しの剣。


なら。


俺たちが元の世界へ戻れば。


戦場を無人の場所へ移せる。


「ここからは俺たちだけで行く」


俺が言うと。


ノクスがうなずく。


「魔王軍から精鋭を連れていく」


「必要ない」


「天界全軍は百二十万だぞ」


「王都を守る者が必要だ」


ノクスは少し考える。


確かに。


神々が別の門を使い。


魔界を攻撃する可能性もある。


「ザルガ」


『ハッ!』


「王都の防衛を任せる」


ザルガが。


驚いた顔をする。


『我ガ?』


「人間と魔族の両方を守れ」


『命ニ代エテモ!』


「死ぬ必要はない」


俺が言う。


『貴様ニ言ワレタクナイ!』


なぜか怒られた。


ゴブリンキングも。


胸を張る。


『我モ守ル!』


「畑を?」


『王都ヲダ!』


「頼む」


『任セロ!』


ゴブリンキングは。


嬉しそうにうなずいた。


「俺も行くぞ」


バルガスが言う。


「危険だ」


「知ってる」


「神の軍勢だぞ」


「それも知ってる」


バルガスは。


戦斧を肩へ担ぐ。


「俺は冒険者だ」


「Fランクではないな」


「お前と一緒にするな!」


Bランクだった。


「それに」


バルガスは。


俺を見た。


「町を守ってもらったまま、隠れていられるか」


「死ぬかもしれない」


「お前が守れ」


「人任せだな」


「世界最強なんだろ?」


言い返せなかった。


リリアも。


前へ出る。


「私も参ります」


「勇者パーティーは?」


「もう抜けました」


後ろで。


レグルスの表情が歪んだ。


「リリア!」


「私は、自分で決めます」


リリアは。


俺をまっすぐ見る。


「一人で背負わせないと約束しました」


「危険だ」


「治癒が必要になるはずです」


「俺はすぐ治る」


「ハルトさん以外の方もいます」


確かに。


バルガスや。


エルシア。


ノクスが傷つく可能性はある。


「分かった」


「ありがとうございます」


エリナも。


手を上げた。


「私も――」


「駄目だ」


「まだ最後まで言っていません!」


「戦えないだろう」


「受付嬢ですから!」


「なら残れ」


「自分でも、そう思いますけど!」


エリナは。


悔しそうに冒険者証を取り出した。


俺のものではない。


ギルド職員の身分証らしい。


「王都にいる冒険者をまとめます」


「頼む」


「絶対に帰ってきてください」


「ああ」


「今度は、冒険者証を預かりませんからね」


「腰につけておく」


エリナは。


少しだけ笑った。


メタトロンは。


当然のように俺の隣へ立つ。


『天界ノ戦力情報ヲ保有シテイル』


「来るのか?」


『肯定』


「神々と戦うことになる」


『現在ノ神々ハ、我ノ製造者デハアルガ』


金色の瞳が。


天界門を見る。


『我ヲ道具トシテ処分シタ敵性存在デモアル』


「怖くないのか?」


『恐怖反応ヲ確認』


メタトロンは。


胸へ手を当てた。


『ダガ、自身ノ意思ニヨリ同行ヲ選択スル』


「分かった」


エルシアは。


解放された聖剣アストラを握っている。


「私が道を開く」


「天界門まで?」


「うん」


少女の表情には。


恐怖があった。


二百年前。


五柱の神に敗れ。


剣へ封じられた。


それでも。


逃げようとはしていない。


「今度は勝つ」


「ああ」


「絶対に」


「ああ」


ノクスが。


俺たちを見回す。


「人間」


「元神の兵器」


「反逆神」


「魔王」


そして。


俺を見る。


「Fランク冒険者」


「何か問題があるか?」


「お前だけ肩書がおかしい」


「登録したばかりだ」


「天界全軍を倒せば昇格できるのか?」


エリナが。


遠くから叫ぶ。


「できません!」


「なぜだ?」


「依頼が出ていません!」


規則は難しい。



天界軍降臨まで。


残り十分。


俺たちは。


元の世界へ戻った。


王都があった場所には。


巨大な円形の空白が残っている。


建物も。


城壁も。


地面の一部も。


すべて魔界へ移動した。


広大な平地。


これなら。


周囲を気にせず戦える。


「本当に王都が消えている」


バルガスがつぶやく。


「戻せるんだよな?」


「ああ」


「絶対だな?」


「多分」


「今すぐ確実にしろ!」


戻す場所の座標は覚えている。


問題ない。


上空では。


天界門が完全に開き始めていた。


白い翼の軍勢が。


少しずつ前へ出てくる。


『降臨準備完了』


『地上ノ生命体ヘ告グ』


空を埋め尽くす。


五柱の神の目。


『世界ノ敵ヲ引キ渡セ』


誰も答えない。


『黒鉄ハルト』


『魔王ノクス』


『反逆神エルシア』


『処刑兵器メタトロン』


『四個体ヲ引キ渡セバ』


神の声が。


世界全体へ響く。


『ソノ他ノ生命ノ存続ヲ許可スル』


「嘘だね」


エルシアが言った。


「私を封じたときも、同じことを言った」


「そのあと?」


「反逆に関わった天使も、人間も、全員消した」


話し合いは。


やはり無理らしい。


俺は空を見上げる。


「断る」


『回答ヲ確認』


神の目が。


冷たく細められる。


『ナラバ』


天界門から。


最初の一歩を踏み出したのは。


巨大な白い騎士だった。


身長は。


百メートルを超えている。


全身を神聖な鎧で覆い。


両手に。


山ほどの大きさの剣を持っていた。


俺の目の前に。


青白い文字が浮かぶ。


《最高位神性生命体を確認》


《名称――天界第一守護者アダマス》


《推定レベル――3200》


ザルガよりも。


はるかに高い。


だが。


今の俺から見れば。


大きな差ではない。


アダマスが。


剣を振り上げる。


『地上浄化ヲ開始』


巨大な光の刃が。


地上へ向かって落ちてくる。


狙いは。


俺たちだけではない。


周囲数百キロを。


一撃で消すつもりだ。


「最初から全力か」


ノクスが。


七重魔界を展開しようとする。


「待て」


俺は前へ出る。


「俺が止める」


「一人で?」


「ああ」


《無限捕食》を発動する。


だが。


領域は広げない。


右手だけへ。


力を集中させる。


神殺しの剣アストラ。


女神エルシア。


魔王ノクス。


天律執行者メタトロン。


倒し。


あるいは。


力を受け継いだ者たちの能力を。


一つへ重ねる。


《獄炎支配》


《天律支配》


《万象喰らい》


《神性切断》


《捕食能力の統合を開始》


右手に。


黒と金と白銀の光が集まる。


光の剣が。


目の前まで迫る。


「食え」


俺は。


右手で刃へ触れた。


その瞬間。


百メートルを超える光の剣が。


動きを止めた。


『攻撃停止ヲ確認』


アダマスの声が。


わずかに揺れる。


「止めたのではない」


俺の手のひらから。


黒い亀裂が広がる。


「食っている」


光の剣が。


先端から崩れ始める。


神力。


術式。


剣を構成する法則。


すべてが。


俺の右手へ吸い込まれていく。


《最高位神性武装の捕食を開始》


《光属性上限を捕食》


《神力圧縮上限を捕食》


《浄化権能の一部を捕食》


わずか数秒で。


巨大な剣が完全に消えた。


アダマスが。


空になった両手を見る。


『理解不能』


「メタトロンと同じことを言うな」


『我モ以前ハ、頻繁ニ使用シテイタ』


メタトロンが答えた。


「今は?」


『理解ヲ諦メツツアル』


「それでいい」


アダマスの背後。


百二十万の天界軍が。


一斉に武器を構える。


空から見れば。


白い海のようだった。


『第一守護者ヨ』


五柱の神が命じる。


『全軍ヲ投入セヨ』


『対象ヲ、世界ゴト消去スル』


アダマスが。


残った片方の剣を掲げる。


『天界全軍』


百二十万の翼が。


同時に広がった。


『進軍』


空が落ちてくる。


そう見えるほどの軍勢が。


一斉に地上へ向かう。


バルガスの顔が。


青ざめる。


「本当に全部来たぞ」


リリアが。


杖を強く握る。


エルシアは。


聖剣を構えた。


ノクスの四枚の翼が広がる。


メタトロンの周囲には。


光の武器が現れる。


全員が。


戦う準備をしている。


俺は。


少し考えた。


王都は避難させた。


周囲に人はいない。


守る必要のあるものも。


今はない。


なら。


試してみてもいいだろう。


「全員、少し下がってくれ」


ノクスが俺を見る。


「何をする?」


「新しい領域を使う」


「万象喰らいか?」


「違う」


俺の目の前に。


先ほどの攻撃を食らったことで。


新しい文字が浮かんでいた。


《複数の捕食権能が統合条件を満たしました》


《無限捕食が進化可能です》


《進化を実行しますか?》


「実行する」


体の奥から。


今までにない力があふれ出す。


《上限捕食》


《万象喰らい》


《聖剣アストラの最上位捕食権限》


《神性切断》


《天律支配》


それらが。


一つへ溶けていく。


《進化完了》


《新規固有権能――“終わりなき捕食界”を獲得》


「終わりなき捕食界」


俺の足元から。


黒い円が広がる。


一メートル。


十メートル。


百メートル。


一キロ。


領域は。


空へ向かって広がっていく。


降下してくる。


百二十万の天界軍。


その先頭を。


黒い世界が飲み込んだ。


《固有領域――終わりなき捕食界を展開》


《領域内の敵性存在へ、自動捕食を開始します》


最初の天使が。


領域へ入る。


剣を振り上げる前に。


白い翼が黒い粒子へ変わった。


続いて。


鎧。


武器。


肉体。


最後には。


神性と能力上限まで。


すべてが吸収される。


《下位天使を捕食》


《神力上限が上昇》


二体目。


三体目。


十体。


百体。


領域へ入った天界兵が。


次々と消えていく。


『進軍ヲ停止セヨ!』


アダマスが叫ぶ。


だが。


後方から来る軍勢が多すぎる。


止まれない。


前方の兵士を押し。


次々と黒い領域へ入ってくる。


そして。


食われる。


《神性生命体百体を捕食》


《光属性耐性が上昇》


《神性生命体千体を捕食》


《飛翔上限が上昇》


《神性生命体一万体を捕食》


《レベルが上昇しました》


《レベル1520》


《レベル1608》


《レベル1734》


数字が。


止まらない。


天界軍を食うたび。


俺の力が増えていく。


五柱の神の目が。


明らかに恐怖へ変わった。


『撤退セヨ!』


一柱が叫ぶ。


『領域カラ離脱セヨ!』


「遅い」


俺は。


天界軍と天界門の間にある距離へ命令する。


「距離をなくす」


逃げようとした軍勢が。


天界門へ戻るのではなく。


俺の領域の中心へ移動した。


『空間支配ヲ確認!』


『離脱不能!』


「まとめて来るなら」


黒い領域が。


さらに広がる。


「まとめて食う」


百二十万の神兵が。


初めて。


人間一人を前に。


逃げ始めた。


俺の目の前に。


新しい表示が浮かぶ。


《天界軍総数の一パーセントを捕食しました》


《二パーセント》


《三パーセント》


まだ。


始まったばかりだ。


だが。


俺が一体ずつ倒す必要はない。


敵の方から。


俺の力になりに来ている。


五柱の神々は。


ようやく理解したらしい。


大軍を送ったことが。


最大の間違いだったと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る