君を忘れる
雪方ハヤ
消失
『おはよー』
この言葉をどこかで聞いたことがある。
『アイス、食べるかな? 私の分もあげるよ』
この言葉もどこかで聞いたことがある。清らかな泉のような美しい声の響き。脳内に現れるぼやけた姿。
『じゃあ! 私は帰るよ』
俺の意識はだんだんとはっきりと戻る。目の前は制服姿の女の子が、俺の手を繋いでいる。目先は一本の木の隣にある一軒家だ。
「バイバイ」
俺は当たり前、でも不自然に手を振った。
俺の足は命令されることなく、自分から動き始めた。向かう先は懐かしい我が家。距離は遠くない、歩きで数メートルでつく。
「ただいま」
家の扉を開けると、白衣を着た男が、俺の両親がリビングで会話をしているのを見えた。
「母さん、父さん?」
母さんはいつものように笑顔で俺を迎えた。
「おかえり! ようやくあなたの病気を治してくれる先生が来てくれたの!」
「先生……?」
白衣の男は一つの薬瓶を取り出した。
「これを食べなさい、そうすれば病気は治る」
「俺って、なんの病気があるの? 飲みたくない」
「飲みなさい」
俺は薬を飲み込む以上の恐怖感が心を包む。一歩、後ろに足を引っ込めると、母さんは俺の手を握った。
「ほら、飲んで」
抵抗しようと手を払うが、むりやり両親に体を抑えられる。
ごくりと、水と共にカプセルが喉を通した。
「母さん、俺はなんの病気があるの?」
「よかったね、これで治るよ」
俺は意味不明に薬を飲まされ、怒りが心頭にくる。俺は扉を開け、外に逃げる。目的もなく、街中を彷徨う。
『さようなら』
俺の足が止まる。後ろに振り向くと、例の少女が立っていた。
「ねえ、あなたは、誰なの?」
彼女は口を開けない。いや、開けられない。彼女の姿はだんだんと崩れ、ぼやけ、やがて透明になって背景と一体化する。
「離れないで……ねえ!」
叫んでも、誰も返答をしてくれない。
※
「あれ……」
気づけばベッドに倒れていた。母さんは水を持って俺に近づける。
「これで治ったっぽい。よかったね」
「なにを、治ったの?」
「なんでもないよ、忘れていいの」
心に穴が空いた気がする。なんだか誰かを忘れたかのような。
その人はとても大切で、俺の心の全部を占めた人が、消えた気がする――。
君を忘れる 雪方ハヤ @fengAsensei
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