第1章 「白雪姫は夢の跡……」 第5話
なんか、不思議な感じだった。
昔、憧れた人——雪叢李梨奈と、
こうして一緒に暮らすことになるなんて。
そして何より理解不能なのが……
その人と一緒にお風呂に入っているということ。
浴室の湯気が立ち込める中、翼の頭の中では
「何故」という文字がぐるぐる回っていた。
李梨奈はボディソープを手に取り、
白く滑らかな肌を丁寧に洗っている。
その曲線美は、まさに「美しい」という言葉がぴったりだった。
翼はぼーっとそれを見つめながら、
自分の頰が熱くなるのを感じていた。
(……お姉ちゃんだもんね。血の繋がった……本当の家族なんだもんね)
「ごめんね、いきなり一緒に住むって」
李梨奈が穏やかな声で言った。
「ううん、ちょっと驚いたけどね……」
翼は湯船の縁に座りながら、小さく答えた。
「私、大帝都歌劇団(だいていとかげきだん)受けようと思って」
大帝都歌劇団は、アジア最高峰とも呼ばれる歌劇団であり、100年以上の歴史を持つ由緒ある劇団だ。
過ぎ去りし流星たちのひとり、始妹蘭(し めいらん)が現在の花組トップスタァとして君臨している。
「あれ、お姉ちゃんって事務所に入ってるんじゃ?」
李梨奈は芸能事務所「矢島プロダクション」に所属していた。
ひと昔前はドラマや映画、バラエティに引っ張りだこだった。
「今いるところはやめるつもりだよ」
「もったいない……」
「私は私でやりたいことがあるから。とりあえず入団するまでは、ここで住み込みのバイトをすることになったってわけ」
「そうなのね……」
李梨奈が湯船に入ってきた。
湯気が2人の間を優しく包む。
「こうして一緒にお風呂入れるなんて思ってなかった……」
李梨奈が、ふっと微笑んだ。
李梨奈が翼を捨てて両親とともに夜逃げした時、
翼はまだ生後7ヶ月の赤ちゃんだった。
姉妹としての思い出は、一つもない。
だからこそ、この距離感がまだ少し不思議で、
でもどこか温かかった。
「これから兄さんと一緒に、作っていこ」
「うん……」
突然、李梨奈が翼の胸にそっと手を伸ばした。
「ひゃっ!?」
「翼って意外とおっぱい大きいのね。
意外と感度も張りもいい……」
翼の顔が一瞬で真っ赤になった。
「やめてーー!!」
李梨奈はくすくすと笑いながら、
悪戯っぽく目を細めた。
「翼って怜人とお風呂入ったことある?」
「へ?」
急な質問に、翼の思考が一瞬停止した。
「私は昔入ったような……入らなかったような…… 忘れちゃった」
「兄さんとは…幼稚園の頃にあったような……」
翼が小さい声で答えると、
李梨奈は興味深そうに頷いた。
「ふーん」
そして、にやりと笑った。
「じゃあ、一緒に3人で入っちゃう?」
「へ?」
「怜人〜、3人でお風呂入ろ〜!」
「やめてーー!!!!」
翼の悲鳴が、浴室に響き渡った。
湯気がゆらゆらと揺れ、二人の笑い声が、
少しずつ、家族の形を刻み始めていた。
リビングでは、怜人がソファに座って本を読んでいた。
柔らかな間接照明が部屋を優しく照らし、
本のページをめくる音だけが静かに響いている。
そこに、李梨奈が湯上がりの柔らかい表情でやってきた。
「風呂、楽しそうな声聞こえてたぞ」
李梨奈がからかうように言うと、
怜人は本から目を上げ、苦笑した。
「女の子の話盗み聞きはよくないよ?」
「大声で話してたら嫌でも聞こえてくるんだよ」
李梨奈は軽く笑いながら、
怜人の隣に腰を下ろした。
まだ少し湿った金色の髪が、照明に輝いている。
「なんか久しぶりに家族って感じする」
李梨奈も、両親とちゃんと過ごした期間は少なかった。
翼を捨てた両親は、
次に李梨奈をも置き去りにした。
その後は自力で親戚の家まで歩いて向かい、
孤独と戦いながら生きてきた。
だからこそ、今この瞬間が、
彼女にとって特別に温かく感じられた。
「なんだろ、この同棲みたいな感じ」
李梨奈がちょっと悪戯っぽく笑う。
「同棲というかお前は居候だろ」
怜人が本を閉じながら、呆れたように返す。
「せっかくムード作ろうかと思ったのに」
李梨奈が肩をすくめてみせると、
怜人も思わず小さく笑った。
家族——
血の繋がりだけではない、
新しく紡がれていく関係。
その温もりが、
ゼロタイムの2階に、静かに満ちていった。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第5話 完
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