第1章 「白雪姫は夢の跡……」 第4話

夕暮れに染まる帰り道を、翼と二乃は並んで歩いていた。


橙色の空が、住宅街の屋根を優しく包み込み、

遠くから聞こえる自転車のベルや、

夕飯の支度をする家の匂いが、 穏やかな日常を演出している。


「今週のライブマジで楽しみ〜」


二乃がスマホの画面を嬉しそうに眺めながら言った。


画面にはスクールアイドルグループ「D4」のホームページが表示されている。


今週、近くのショッピングモールでライブとサイン会が予定されているらしい。


「試験も目前なのにライブなんて行って大丈夫なの?」


翼が少し心配そうに尋ねると、

二乃は笑って手を振った。


「大丈夫大丈夫!試験勉強は夜にまとめてやるから!」


二乃はやっぱり気楽でいいな……と、

翼は心の中で苦笑した。


「今週は誰のサイン貰おうかな〜」


二乃はアイドル好きで、

サインを部屋に飾るほど夢中になっている。


机の上や壁には、すでに何枚ものサイン色紙が並んでいた。


「この前は、リーダーの子貰ってなかったっけ?」


「黎夏ちゃんね。みんな可愛いし格好いいから、推しとか決められなくてさ〜」


二乃がスマホを翼に見せながら、目を輝かせる。


「翼も行く?」


「私、アイドルとかあんまり分からないし……」


「翼は舞台バカだもんね〜」


「舞台バカって何!?」


翼が頰を膨らませて抗議すると、

二乃は楽しそうに笑いながら翼の肩を軽く叩いた。


夕陽が2人の影を長く伸ばし、

並んで歩く足音が、静かな道に響く。


試験のプレッシャーも、SNOW WHITE第2部の準備も、まだ重くのしかかっている。


それでも、こんな何気ない帰り道で、

二乃と他愛もない会話をしている時間が、

翼にとってはとても大切で、心の支えになっていた。




二乃と別れて、翼はひとりでいつもの帰り道を歩いていた。


夕暮れのオレンジが住宅街を優しく染め、

遠くから聞こえる夕飯の支度をする音や、

近所の犬の鳴き声が、穏やかな日常を彩っている。


ふと、前方に人だかりができていることに気づいた。


しかも、そこは翼の家でもある喫茶店「ゼロタイム」の前だった。


「え……?」


確かに人気店ではあるけれど、

こんなに大勢の人が集まるほどの店ではなかったはずだ。


翼が近づくと、周りにいた百合々咲の女子生徒たちが彼女に気づき、慌てて駆け寄ってきた。


「ねぇ、なんで翼の家にあの雪叢李梨奈が働いてるの!?」


「え?」


状況が全く理解できず、翼は目をぱちくりさせた。


生徒たちの興奮した視線に囲まれながら、

翼は恐る恐る店の窓から中を覗き込んだ。


そこに——


綺麗な金髪をポニーテールにまとめ、

エプロン姿でコーヒーを運んでいる女性の姿があった。


「お姉ちゃん……!?」


翼の声が、思わず漏れた。


すると、店内から小津理央が気づいて出てきた。


「翼ちゃん」


「理央さん、これどういうこと……?」


理央は頭を掻きながら、

困ったような苦笑いを浮かべた。


「怜人のやつ、言ってなかったのか……」


彼は周囲の視線を気にするように小さく肩をすくめ、翼の腕を軽く引いた。


「とりあえず裏口から2階上がって」


「うん……」


翼はまだ状況を飲み込めないまま、

理央に促されるまま店の裏口へと回った。


頭の中では、様々な疑問がぐるぐる回っていた。


李梨奈さんが、ゼロタイムで働いている?

いつから? どうして?


夕暮れの風が、翼の頰を冷たく撫でていく。


ゼロタイムの灯りが、いつもより少しだけ、

不思議な温かさで輝いて見えた。




ゼロタイムの営業が終わった後の店内は、

静かで少しだけ寂しい空気に包まれていた。


照明を落としたカウンターに、

グラスを拭く音だけが小さく響く。


翼は2階からゆっくりと階段を降りてきた。


「兄さん……?」


飛彩怜人は、カウンターでグラスを拭く手を止め、顔を上げた。


「あ、帰ってたんだね。おかえり」


「ただいま……」


翼は何から話せばいいのか分からなかった。


頭の中がぐちゃぐちゃだ。


李梨奈さんが——お姉ちゃんが、

なぜここにいるのか。


言葉を探していると、裏の扉が静かに開いた。


「怜人、裏の掃除終わらせたよ」


李梨奈が、エプロン姿のまま出てきた。

金色の髪を軽くまとめ、穏やかな笑みを浮かべている。


「翼、おかえり」


その瞬間、カウンターでPCに向かっていた理央が、怜人を見て小さくため息をついた。


「お前、雪叢李梨奈のこと翼ちゃんに言ってないだろ」


怜人の顔が「あ」と思い出したように固まった。


「……言ってなかったんだ……」


李梨奈が小さく呟いた。


店内に、短い沈黙が落ちる。


李梨奈はエプロンを外しながら、

翼に向かって柔らかく微笑んだ。


「翼。私ね、ここに住むことになったんだ」


なるほど……ここに住むのね。

住み込みで働くみたいな感じかな……。


翼は一瞬そう思ったが、

すぐに頭の中で言葉が引っかかった。


ん?


「今、住むって言った……??」


翼の声が、思わず上ずった。


李梨奈は少し照れくさそうに頰を掻きながら、

しかしはっきりと言った。


「うん。2階の空いてる部屋を使わせてもらうことになったの。怜人にも了承してもらってる」


翼は目を丸くしたまま、怜人、理央、そして李梨奈の顔を順番に見回した。


頭の中が真っ白になる。


お姉ちゃんが……ここに住む?

このゼロタイムの2階に?

自分の部屋のすぐ隣に?


怜人は困ったように頭を掻きながら、

少し申し訳なさそうに翼を見た。


「ごめん、タイミングが悪くて……ちゃんと話そうと思ってたんだけど」


理央がカウンターに頰杖をつきながら、

からかうような笑みを浮かべた。


「怜人、ほんとタイミング悪いよな」


ゼロタイムの店内に、夜の柔らかな灯りが、

4人の影を静かに照らしていた。


新しい家族の形が、

ここから始まろうとしていた。





これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……






世界を知る物語である。


第4話 完

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