第1章 「白雪姫は夢の跡……」 第2話

講堂に続く長い廊下には、金のプレートで装飾された数多の額縁が、静かに並んでいた。


そこには歴代の「エーデル」たちの名前と、

彼女たちが獲得した称号が、

美しく刻まれている。



光の加減で金色に輝く文字は、

まるで彼女たちの功績そのものが、

今もなおこの学院を見守っているかのようだった。



その中に、翼の名前もあった。


飛彩 翼

第105代 エーデル フラウ・ヒンメル(空の君)


翼は足を止め、ひとつひとつの額縁をゆっくりと見つめていた。


今でも、自分がエーデルに選ばれた日のことをはっきり覚えている。


嬉しかった。

胸が張り裂けそうなほど、嬉しかった。

同時に、それは新たな困難の幕開けでもあった。


大好きなSNOW WHITEを演じられるのは、

夢が叶ったようで幸せだった。

けれど、好きでいるだけではダメだった。


時には自分を見失いそうになった。


本当の自分がわからなくなった。


憧れの存在も、いつも隣にいてくれた人も……

信じられなくなった。


あの夜、公園で聞いた真実。

李梨奈さんが自分を捨てた家族であること。

怜人が本当の兄ではないこと。


すべてが一度に崩れ落ちて、翼は暗闇の中に取り残された気がした。


でも、それでも支えてくれたのは——


いつも隣にいてくれた家族。

そして、エーデルのみんなだった。


二乃の明るい笑顔。

八重の静かな優しさ。

砂月の気高くも柔らかな言葉。

哪吒の凛とした強さ。


彼女たちがいたから、翼はもう一度、

舞台に立つ勇気を持てた。


翼はひとつの額縁の前に立ち止まった。


雪叢李梨奈(ゆきむら りりな)

第93代 エーデルフラウ・ヒンメル(空の君)


百合々咲で伝説的存在と称される、

第93代エーデル「過ぎ去りし流星たち」のひとり。


翼と同じフラウ・ヒンメルの称号を持ち、


そして……




翼の実の姉。




翼はそっと額縁に指を触れた。

冷たいガラスの感触が、指先に伝わる。


「お姉ちゃん……私、SNOW WHITE完成させること出来るかもしれないよ」


声は小さく、しかし確かに廊下に響いた。


「第2部も、第3部も……ちゃんと、みんなでやり遂げてみせるから。 だから……見守っててね」


額縁の中の李梨奈は、

静かに微笑んでいるように見えた。


翼は深く息を吸い、背筋を伸ばした。


過去の影は、まだ完全に消えたわけではない。

でも、今は前を向ける。


自分の名前を、自分の足で、

自分の心で選び取るために。



「李梨奈さんとは仲良くやられてますか?」


翼が振り向くと、銀色の髪を優雅にまとめ、深紅のスーツを完璧に着こなした女性が立っていた。


「理事長」



理事長——ミリー・マーキス。




まさに貴婦人というに相応しい佇まいだった。

歳を重ねた気品と、しかし決して色褪せない美しさが、彼女の全身から自然と溢れ出している。


「理事長は知っていたんですか?私とお姉ちゃんの関係」


「いえ、先日 李梨奈さん本人から聞きました」


ミリーは穏やかに微笑みながら、

翼の隣に並んで立った。


2人は同じ額縁を見つめる。


彼女は若々しく、しかしすでに伝説の片鱗を宿した瞳でこちらを見ていた。


「李梨奈さんとあなたはよく似てます。

好きなところに真っ直ぐなところが」


翼は少し照れくさそうに頰を緩めた。


「あ、砂月さんから聞いたんですけど……本当にSNOW WHITEを今のエーデルで完成させるんですか?」


「えぇ、そのつもりですよ」


翼の顔に、ぱっと明るい笑顔が広がった。


「ありがとうございます!」


ミリーも優しく微笑んだ。


「でも、まずあなたはエーデル以前に学生ということもお忘れ無く」


「え?」


「進級試験。もう準備しとかないと、いくら上位成績のあなたでもそう簡単にはいきませんよ」


「進級試験忘れてました!!!」


翼は慌てて両手を頰に当て、

そのまま廊下を小走りに駆け出した。


その後ろ姿を見送りながら、

ミリーは静かに笑った。


そして、ふと視線を移す。


一つの額縁——


白羽 結依

第104代 エーデル フラウ・ヒンメル(空の君)


かつて空に輝き、そして突然にその輝きを失った少女の写真。


ミリーの瞳に、ほんのわずかな影が落ちた。


廊下に、静かな足音だけが残った。


歴代エーデルたちの視線が、

これから新たな歴史を刻もうとする少女たちを、

静かに見守り続けていた。



これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……






世界を知る物語である。


第2話 完

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