第13話 ミッドナイト・ランに学べ
「次の方、菅原和也さん。どうぞ」
「はい」
名前を呼ばれ、和也は立ち上がった。いよいよ三次の役員面接だ。
一歩一歩、踏み出す足が震えている。一度、立ち止まった和也。
とっぴんぱらりの、ぷう。
心でそう唱えて、ドアをノックした。
面接室に入ると、
正面に、代表取締役社長 林田佐久斗
向かって右に、取締役 速水賢治
向かって左に、取締役 森下翔一
机の上に名札が置かれ、三人の役員が鎮座して迎えてくれた。
皆、四十代そこそこの年齢だ。役員までもこんなに若いんだ。と和也は思った。
ただ、二次面接の時とは違い、こちらに送る視線が柔らかい。
皆さん、柔和な笑顔を向けてくれている。
少しだけ、気持ちが落ち着いた。
「では、自己アピールをお願いします。何か用意してきましたか?」
そう言われて、はい。と返事をし、説明を始めた。
「二次面接のときに作成しました絵コンテをもとに、自分なりに映像化してきました。30秒きっかりに仕上げております。ご覧頂けましたら。と思っております」
「では、お願いします」
絵コンテのコピーを三人にお配りして、ノートパソコンを開いた。
「では始めさせていただきます」
そう言って、動画を流した。
女子高生がエプロンの紐をキュッと締め、「よし」と言って気合いを入れる。
戸外のポストに新聞が入れられる。カタンと音がする。
時計の針は五時を指している。
フライパンの蓋を開ける。ハンバーグが真っ黒に焦げている。
あーあ、やっちゃった。という顔をする女子高生。
料理の本が開いておいてある。付箋があちこちについている。
お鍋の蓋が噴いている。慌てて蓋を開ける女子高生。
あっちっち。と即座に耳たぶをつまむ。
と同時に、大きな音をたててお鍋の蓋が床に落ちる。ガッチャーン!
ビックリしてふらつき、バランスを崩し、尻もちをついてしまう女子高生。
痛ぁい。という顔になる。
シンクの水が出っ放しになっている。
シンクの中には、ジャガイモの皮やニンジンの皮が散乱している。
トン・・・トン・・・トン。と包丁の音をたてている女子高生。
「イタッ」と言って、すぐに指を舐める。
人差し指の根元に二枚目の絆創膏を貼る。
「もう、嫌・・・」と半べそを掻きながら巻く、女子高生。
指先にはすでに、一枚絆創膏が巻いてある。
トルコキキョウの花が花瓶に生けてある。
純白の花びら。花びらの縁だけが濃い青紫色で染まっている。上品で気品あふれる花だ。つぼみがトルコ人のターバンに似ているところからそう呼ばれる。
「手伝おうかぁ?」
キッチンの外からお母さんの声が聞こえた。
「もう。お母さんは黙ってて。自分で作らないと意味ないの!」
女子高生はむきになって怒鳴った。
「もう!」と言って、小麦粉で白くなっている手で鼻を擦る。
鼻の周りが白くなってしまった。
焦げたハンバーグ。
ハート形にくりぬいた人参は割れている。
シンクにはお鍋やフライパンが山積みに積んである。
まな板の上には、無残に転がっている野菜たちの切りかけ。
グスグスと鼻を鳴らして半べそを掻きながら、女子高生が卵を掴んだ。
コンコンと叩いて、割ると、黄身が二つ並んで姿を現した。
あっ。と止まる女子高生。
プルンプルンと揺れて、ふたごたまごがボールの底に留まった。
ふっと力が抜けて、笑顔になる女子高生。
商品カット。
『割った瞬間、ふたごたまごは笑顔をもたらす』
○○農園のふたごたまご。
ラストシーン。
夕焼けに染まる校庭。
女子高生が友達に背中を押されて、サッカー部員に近づく。
モジモジしながら、手に持ったお弁当を差し出す。
サッカー部員は、照れ臭そうに頭を掻いて、ペコっと頭を下げた。
「以上です。ありがとうございました」
和也は、ストップボタンを押した。
画面が暗くなった。
誰も、すぐには口を開かなかった。
和也は、息を止めていた。
三人の役員は、そのままじっと黙っている。
和也は、失敗したのか? と、少々不安になった。
アピール時間は五分。まだ三十秒しか経っていない。
何か喋らなければ。
「え~。反省点としましては・・・」
と、和也が言いかけたところで、
「面白いね」
と、社長の林田が口を開いた。
「卵のCMなのに、卵が出てくるまで、卵のことをほとんど意識させていない」
取締役の速水が言った。
「でも、最後に卵が出たとき、なぜか納得する」
取締役の森下が続いた。
「ありがとうございます!」
和也は、深く頭を下げた。
林田が和也の履歴書を手にして、聞いた。
「菅原君でしたね。映像制作の勉強は、どこでされていましたか?」
「いえ。これといっては。今回初めてこういった動画をつくりました」
和也が答える。
「とは言え、叔父が昔、アマチュア映画を撮っていまして、叔父にいろいろとアドバイスをして貰ったので、なんとか出来上がりました」
そこは正直に申し出た。
「ほう。そうですか」
林田は納得したように頷いた。
「主役の女子高生ですが、演劇経験者の方ですか? 元演劇部とか?」
速水が聞いた。
「いえ。知り合いの女性でして、演劇の経験などは、ありません」
「そうですか。それにしても、いい笑顔でした。好感度アップです」
「ありがとうございます。自然な笑顔が撮れるようにと、拘りました」
「どのような、やり方で?」
速水が興味津々に聞いてきた。
「はい。これも叔父からのアドバイスなんです。このCMは笑顔がキモだから、出来るだけ自然な笑顔が撮れるように、工夫しろ。と言われました。但し、役者さんがプロじゃないので、無理にダメ出ししない方が、いい。とも言われました。ああしろこうしろ。と言うと、役者さんが混乱して何もできなくなる可能性があると」
「ほう・・・」
「顔に意識がいかないように、と言われました。なので、笑うときに肩の力をふっと抜きながら、笑ってみてください。と演出してみました。すると、自然な笑顔が撮れたんです。彼女の演技力があってこその話だと思いますが」
「そうですか。なかなかですね」
速水は感心した様子だ。
林田が若干、身を乗り出した。
「今回、この映像を創ってみて、一番勉強になった点、もしくは刺激的だった気付き。は何ですか?」
「はい。関係性です」
和也は即答した。
「と言いますと・・・」
今度は、森下が聞き直した。
「最初に、あら編で繋いだ映像を見てみると、妙に息苦しかったんです。それを叔父に相談したら、こう言われました。人物ばかり映っているからだと」
「ほう・・・」
「人を撮るなら、その人だけを撮るんじゃなくて、その人が何を見ているのか、何に囲まれているのかを撮れって」
「なるほど。それが今回の映像にも?」
「はい。最初は女子高生が料理しているところを撮ればいいと思っていたんです。でも、それだけだと、ただ料理している女の子です」
「それで、焦げたハンバーグや、絆創膏や、料理の本を?」
「はい。そういうものを見せると、この子がどんな子なのか、だんだん分かってくる。あらゆるものとの関係性の中で、その人物の物語が浮き上がってくる。そう言われて、ハッとしました」
和也は続けた。
「それから、観客を信用しろ。とも言われました」
「観客を?」
「はい。全部説明しなくても、観客が勝手につないでくれる。と」
森下が、少し身を乗り出した。
「今回の最後の、お弁当ですね」
「はい」
「あれで、この子がなぜ料理を頑張っていたのかが分かる」
「そうです」
和也は大きく頷いた。
良かった。届いた。
おじさんの教えに、間違いはなかった。
「先程から、出ている菅原君の叔父さんですが、その方のお名前をお聞きしてもいいですか?」
森下が、和也の履歴書を手に持って、聞いてきた。
「はい。菅原恭一郎。と申します」
森下が一瞬固まった。
そして、和也の履歴書にもう一度目を落として、聞いた。
「出身は山口県の防府市ですね。防府天満宮のある」
「はい。そうです。山口県防府市です」
「・・・そうですか」
森下は、なにかを噛みしめるように頷いていた。
* * *
「で、どうだった。どうだった?」
恭一郎は、相変わらず茹でたブロッコリーを皿に盛って、テーブルに着いた。
「うん。狙いがハマった。お弁当を渡すのをラストにして、良かった」
和也は、店屋物のカツ丼にガッツキながら、答えた。
面接が終わると、いつものごとく宿泊代を浮かせるため、恭一郎のアパートに来ていた。勿論、いろいろ報告することがある。
「おじさん。嬉しいな。面白いな。自分の創った作品が、ああやって受け入れられると。たまんないよ」
和也は、口からご飯粒を吹き飛ばしながら、喋った。
「そうだろう。そうだろう。実は、そうなんだよ! ものづくりってヤツはな」
恭一郎は、フォークにブロッコリーを刺して、振り回した。
「ま、相手が役員さんだからな。目が肥えていたとも言えるがな」
そう言って、ブロッコリーを頬張った。
「でもね、役員とは言っても、皆、どう見ても四十代だった。社長クラスもあんなに若いなんて、驚きだったよ」
「ほお。そうか。勢いのある会社は違うな。やはり、ピリピリしてたか?」
「いや。そうでもないんだ。二次面接の時とは打って変わって、柔らかな視線で迎えてくれた。お陰で、大して緊張しなかったよ」
「よし。でかした」
「おまじないが聞いたかな・・・」
和也が、ひょいっと視線を上げた。
「なんだ? おまじないって」
「とっぴんぱらりのぷう。・・・そう心で唱えて、ドアをノックしたんだ」
「なんだ、それ。若者言葉は、いろいろあるな~」
恭一郎は、面喰った。
「いや、違うんだよ。香織と沙織が、最近こればっかり言ってんだよ」
「おお、チビ助たちか。しばらく会ってないな。元気か。あいつら?」
「うん。元気元気。花火に行ったり、お菓子作りしたり、忙しそうだよ」
「そっかそっか。で、とっぴんナントカってなんだ?」
「うん。それがね・・・」
和也は、とっぴんぱらりのぷう。について、説明した。
学校で昔話の『笠地蔵』の話が出た。
先生が秋田の出身で、最後の「めでたし。めでたし」を、秋田では「とっぴんぱらりのぷう」と言う。
それを聞いた香織と沙織は、何でもかんでも、とっぴんぱらりのぷう。に置き換えて、会話をするようになっている。と。
「さぞかし可愛いだろうなぁ。あいつらが、そう言っているのは」
恭一郎は、上を見あげた。
「うるさくて、たまんないけどね」
和也が、コップの麦茶をグイっと、一気飲みした。
空になったコップを、カンっとテーブルに置いて、和也は「ふう」と息を吐いた。
「おじさん。俺、シナリオ、勉強したい」
キッと、真剣な眼差しを恭一郎に向けた。
「うわっ。そう来るか」
恭一郎は、視線を外した。
「なんで。ダメなの?」
和也の眉がへの字に曲がった。
「いや、ダメってことはない。そんなのは自由だ。やりたいことをやればいい。志を立てることは大いに結構だ。青年よ大志を抱け!だ。出来る限り、協力はする」
「じゃあ、なに? 今の反応は?」
「まあ、最初にこんなこと言うのはなんだが・・・それでも、覚悟を持った方がいいかもな。はっきり言って・・・辛いぞ」
恭一郎は、静かに、そして諭すように言った。
「ん?」
和也は首を傾げた。
「誰でもそうだが、最初から面白いものなど書けない。それでも、書いて、書いて、書きまくるしかない。そして、面白くない。面白くない。と突き返される。そのうち、自分には才能がない。と悲観する。自己否定が始まる。正直言って、死にたくなるぐらいに落ち込む。少なくとも、俺はそうだった。周りのみんなもやはり、そう言っていた。そんな思いをしても、俺みたいに、途中で夢破れて、挫折するのが大半だ。それほど、厳しい世界であるのは、間違いない」
「そっか・・・」
和也の顔が、どよんと曇った。
「いや、悪い悪い。お前の夢を潰すつもりはない。出来ればチャレンジして欲しい。但し、厳しいってことだけは理解してた方がいい。書いたシナリオを読んでくれ。と言われれば、俺で良かったら、いつでもOKだ。但し、面白くない時は、正直に言う。じゃないと、意味がないからな」
和也は無言のまま、ゆっくりと頷いた。
「一つ、アドバイスをすれば、仲間がいた方がいい」
「仲間?」
「ああ、俺の場合は、青山のシナリオセンターに通ったときに、仲間が出来た。彼等と、いろいろ議論して切磋琢磨したもんだ。それで、面白いものが書けるようになる。というわけではないが、もっと大事なものが出来る可能性がある」
「もっと大事なもの?」
「俺だって最近になって、それに気づいたので、偉そうなことは言えないがな」
「なんなの?」
「うん。つながりだ」
恭一郎は、はっきりと、陽子の顔を思い浮かべた。
「つながりか・・・」
一方、和也はそれを聞いて、地元のみんなを思い出した。
親友の倉本。倉本の彼女の美穂。そして、加恋。
今の自分にとって、彼らが最も強いつながりであることは間違いなかった。
「もし、東京に来ることになったら、青山に通ってもいいし、地元で働くなら、福岡には、シナリオ学校はあるだろう。勉強したいなら、それも視野に入れて、考えてみたらいいかもな」
「わかった。考えてみる」
和也は下を向いて、考え込んだ。
「まあ、そんな暗くなるな。お前には今、いい風が吹いている。それに乗っていけ。じゃあ、俺のテキトー・シナリオ講座の初級編だ」
恭一郎は話を切り替えた。
「え。なに?」
「さっき、『笠地蔵』の話が出たな。笠地蔵って、最後にどうなる?」
「おじいさんとおばあさんが、お地蔵さんからお礼をもらって、めでたしめでたし」
「そうだな。つまり見返りがある。いいお話だ」
「まあね。昔話だからね」
「じゃあ、ローマの休日はどうだ?」
「あっ。見返りがない。グレゴリー・ペックは何も手に入れていない。いや、待って。でも、男の美学は貫いた」
和也は、ドンとテーブルを叩いた。
恭一郎は、ニヤリと笑った。
「どっちが心に残る?」
「そりゃ。ローマでしょ」
「そういうことだ」
「見返りがない方が、いいシナリオなの?」
ふふふ。と笑う、恭一郎。
「そんな単純ではないんだ。ここからが、本題だ」
「なになに・・・」
和也は喰いついた。
「俺達の大好きな映画を思い出してみろ。散々映画談議しただろ」
「え?どれ。いっぱいあるからな・・・」
「デニーロだよ。デニーロといえば」
「ミッドナイト・ランだ」
和也の目が、パカッと見開いた。
「そうだ。これはテキトー・シナリオ講座だからな。話を整理するぞ」
「うん」
「賞金稼ぎのデニーロは、デュークを連れて帰ると、いくら貰えるようになっていた」
「10万ドル」
「そうだ。大金だな。でも、デニーロはどうした?」
「その大金を諦めて、最後の最後で、デュークを逃がした」
「なぜ、逃がした?」
「それは、バディストーリーだからでしょ。おじさんが教えてくれたじゃん」
「バディストーリーとはなんだ?」
「喧嘩ばかりして反目してる二人が、段々、心を通わせて、友情を深める話」
「そうだな。手錠のままの脱獄。48時間。と、名作がいっぱいある」
「その中でも、ミッドナイト・ランは抜群だよ」
和也の目がランランと輝いている。この映画が相当好きだ。
「デニーロはデュークとの友情を深め、デュークを逃がし、賞金10万ドルを諦めた。つまり、見返りがない話だったか? だから名作なのか?」
「いや。そんなことは無い。逆に、その友情に答えるようにして、今度は、デュークが隠し持っていた、30万ドルをデニーロに渡した。結果、デニーロは思った以上の見返りを手にした」
恭一郎は腕組みをした。
「じゃあ、笠地蔵と一緒じゃないか。見返りがあるんだぞ」
「いや。一緒じゃないよ」
「なんで?」
「だって、気持ちいいもん! スカッとした!」
和也が両手を広げてアピールした。
「それが、カタルシスだ」
「カタルシス?」
「観客の気持ちを、一気に胸がすくような快感や、涙を伴う深い感動へと、昇華させる作劇法だ」
「なるほど」
「見返りが、あるから名作。無いから名作。といった単純なモノではない。その見返りを、観客がどう捉えるか。で決定的な違いが生まれる」
「どうすればいいの?」
和也は貪るようにして、聞いた。
「それが難しい。緻密に緻密に、シナリオを組み立てていくしか無いかもな。この勉強は一生ものだ」
「うわ~。勉強したい」
「まずは、ミッドナイト・ランに学ぶか。配信で観れるぞ」
「観よ。観よ。おじさん、今すぐ、観よう」
二人は、すでに何回も観た『ミッドナイト・ラン』を見直して、ああだ。こうだ。と、夜更けまで話し合っていた。
第13話 終
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