第12話 コネクティング・ザ・ドッツ
「お待たせしました。菅原さん。この近くのマンションですから」
恭一郎は代々木上原の駅前で陽子と待ち合わせをしていた。
陽子ちゃんに案内され、着いたところは壮麗な外観のデザイナーズマンションだった。人気ユーチューバーとは、こんな一等地の高級マンションに会社を設けているのか。噂には聞くが、そんなに儲かるものなのか。と恭一郎は思った。
リビングルームに入って、恭一郎は少し驚いた。
中央に大きな会議テーブル。
ノートパソコンを真剣に叩く若者たち。
大きめのホワイトボードが二面並んでいた。
その一つには、再生数の推移グラフが大きく貼り付けてあった。
さらには、過去動画のサムネイルを印刷したモノ。137万回再生や102万回再生。と、太いマジックで手書きで記入してある。
広告案件の一覧表。ネット関連の企業名が多いようだ。
そして、次回動画の企画案。
『コネクティング・ザ・ドッツ』
と筆書きで大きく書かれた模造紙が壁に貼り付けられていた。
スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語った、あの言葉だ。
点と点をつなぐ。
恭一郎の目には、その言葉が飛び込んできた。
「おお、ちゃんとしてるな」
恭一郎は思わず口をついてしまった。
実は、少し見くびっていたところがあった。
人気ユーチューバーなんて、どうせ時流に乗った、チャラチャラした若者の集団だろう。と。
陽子が恭一郎の呟きを聞き逃さなかった。
「ちゃんとしてますよ。仕事ですから」
恭一郎は、軽く頭を下げた。
「菅原さんですね。桐野さんから伺っております。よろしくお願いします」
そう言って、名刺を差し出したのは、社長の藤川浩輔。そして、
「妻の帆奈美です」
こちらの名刺には副社長とある。夫婦で社長・副社長を務めている。
それにしても若い。この夫婦はどう見ても30代だ。
「私、マークと申します。この度は、ご参加頂きましてありがとうございます」
金髪の外国人、マーク・エドワーズが流暢な日本語で名刺をくれた。専務とある。
「日本語お上手ですね」
恭一郎は思わず聞いた。
「ええ、もうかれこれ15年になりますので、日本に住んで」
と、マークは返した。
「どうりで。すいません変なこと聞いてしまって」
恭一郎は恐縮してしまった。
他、スタッフが五名。皆、20代、30代の顔ぶれだった。
恭一郎は、さすがに自分が浮いていることに、大きく気が引けた。
* * *
「まず最初に、ABテストの結果から行きます」
副社長の帆奈美さんが、印刷された二つのサムネイルの数字を示した。
「一つが、137万回再生。もう一つが、102万回再生。やはりタイトルが短い方が引きが強いです。行けるときは断定型でお願いします」
恭一郎は、いきなり戸惑った。陽子ちゃんに聞いた。
「ABテストってなに?」
「サムネイルを二つか三つ作って、どれが一番再生回数がいいのか調べるテストです。それによって、効果的なタイトルやデザインを検証します」
「そんなことできるの・・・」
「サムネの制作には心血注いでいます。これによって、クリックされるかどうか。が決定しますので、重要議題です」
「ほう・・・なるほど」
恭一郎は感心した。
会議は進む。若手のスタッフが聞いた。
「今の副社長の話ですと、○○は正しいのか? というタイトルをつけるときには、?マークを外して、断定型で言い切った方がいいということでしょうか?」
マークが答える。
「モノによりますけど、そうしましょう。正しいのか。と言い切ると、論理学の基本的な知見には『前提』と言うのがあって、スタンスとしては正しい。と言う立場を主張していることになります。そこが狙いです。正しいという立場をとれば、反対派が牙をむいて襲ってきます。このほうが、アクセスが伸びます。コメント欄で議論が起きるからです」
「その方が、ユーチューブのアルゴリズムに評価され、エンゲージメントが高くなります」
社長の藤川が答えた。
「わかりました。頭に入れておきます」
若手スタッフは、軽く頷いた。
おい。レベル高いぞ。この会議。
恭一郎は黙って聞いていたが、内心では緊張感がどっと増した。
「次、企画案に入ります。桐野さん、お願いします」
陽子が「はい」と返事をした。
「先日、菅原さんから出た、ファミレス敬語についてですが・・・」
皆、手元の資料に目を移す。
「『こちら、エビグラタンになります』これって、私は聞き流していましたけど、菅原さんはつい、心の中で突っ込んでしまうらしいです。どうでしたっけ?」
陽子が恭一郎にふった。
「あ、ええ。くだらないので、そのおつもりで聞いてください。エビグラタンになりますって出されても、――で、いつ、なるの?って思ってしまうんです」
ハハハ。と軽く笑いが起こった。
「ところが、どう見ても、目の前に出されたのは、エビグラタンなんですけどね。これが、これからエビグラタンになるのか。そうか。だとしたら、これはまだ、エビグラタンじゃないんだ。じゃあ、これは一体何なんだ。―――ま、それはいいとして、これが、今からエビグラタンになるらしい。どうやって、エビグラタンに変身するんだろうか。これは見ものだ。滅多にないチャンスに巡り合えたぞ。って考えてしまって、ついつい、笑いをこらえてしまうんですよ」
「なるほど」
「面白いですね」
「確かに、言われて見れば・・・」
「エビグラタンでございます。が、正解ですよね」
スタッフ各位からの反応が返ってくる。
マークが言う。
「これ強いですね。日常の中に、気付かないうちに言葉の変遷が起こっている。そして、皆、あまり気付いていない。何故なら、その方が、柔らかくて、親しみやすく聞こえるんですよ。そう言われても、嫌な気がしない」
「ああ、そうかも・・・」
「これ。日本語の特徴だと思われます。丁寧な対応を保ちつつ、お客さんとの距離を微妙に近くする。ございます。より、なります。の方がその意味で優れている。少なくとも、アメリカでは、こういう変化は起こりにくいと思います」
マークの分析は見事だ。日本人以上に、日本語に詳しい。
恭一郎は、少し考え直した。
自分はただ、「なるって何だよ」と笑っていただけだった。
しかし、こうして説明されると、なるほどと思うところもある。
言葉は、正しいのか間違っているのか。だけではない。人と人との距離まで変えてしまうものなのかもしれない。
恭一郎はもっとマークに聞きたくなった。
「マークさん。これはどうですか? 一万円の方からお預かりします」
スタッフは皆、キョトンとした。
何がおかしいのだろう。と言う反応だ。
「いやね。うちの甥っ子がちょうどファミレスでバイトしてまして、彼に聞いたんですよ。変な敬語使ってないかって。そしたら、コレが出てきて、彼が言うには、方って、方角だろ。どっちだよ!って突っ込んでいたので」
恭一郎は半笑いで言った。
「ほう、ほう・・・」
皆、背もたれに背中を預けて、軽く頷いた。
マークが少し考えて、答えた。
「それも、日本人特有の気遣いが垣間見れる気がします。一万円をお預かりします。と断定すると、妙にトゲがある。エビグラタンのときに縮めた距離感がスッと離れてしまう。お会計の時になると、事務的な態度に切り替わるのか。さっさと金払って帰ってくれ。とでも言いたいのか。と。」
「そこまで、考えるかな・・・」
恭一郎は、首を傾げた。
マークが続ける。
「でも、一万円の方から、お預かりします。だと、どうでしょう。一万円の輪郭がぼんやりしてきます。つまり、私共は、一万円というお金そのものに執着しているわけではありません。あくまでも、お会計にお間違いのないように、確認作業をさせて貰っているだけです。という柔らかいニュアンスになります。しかも、いいことに。お預かりしたのは、一万円で間違いございませんね。という、ある種、不躾な確認作業にもなっていない。はい、間違いありません。と言う客の返答も待たなくていい。これは極めてタイパがいい。と思います」
「はあ・・・なるほどね」
恭一郎はさらに感心を深めた。
「いいね!」
社長の藤川が切り込む。
「落としどころは、マークの言った、日本人の気遣いが垣間見れる。という部分に着地させよう。若者言葉は忌避な目で見られることが多い。ところが、ファミレス敬語には、きちんとお客様に対する気遣いがあり、さらには、タイパを稼ぐ機能も備えている。これは、店にもお客にもウィンウィンの関係が成り立つ。言葉の変遷には、その時代特有のものがあり、ちゃんとした合理性を兼ね備えている」
副社長も続いた。
「だとしたら、カウンターの意見も欲しいですね。言語学の権威どころの御意見番に、けしからん。なっとらん。と言葉遣いを叱咤してもらうような、ふりが欲しくないですか?」
「わかりました。そちらは、伝手がありますので、私の方であたってみます」
社長の藤川が答えた。
凄い。と恭一郎は思った。
自分が言った何気ない一言が、ちゃんとした企画となって立ち上がった。
しかも、よく見るアルアルネタの笑い話で終わらない。きちんとした文化論として帰結しようとしている。
恭一郎にも、知らないうちに、別のスイッチが入った。
「あの~。だとしたら、冒頭、現場の生の画が欲しくありませんか?エビグラタンを注文して、来た来た。と言って動画を撮る。テーブルに置かれるエビグラタンに被って、店員さんの声がする。『こちらエビグラタンになります』って。臨場感が出ますよ」
「あ~、撮れたらいいですね」
社長の藤川が賛同した。
「ですよね。ついでに、一万円の方から、も撮れればいいんですけどね」
恭一郎がノッテきた。
「社長。すいません。撮影班からいいですか」
若手のスタッフが手を上げた。
「確かに、『エビグラタンになります』は、たまに耳にします。けど実際には、『エビグラタンのお客様。』で終わるケースが多い気がします。となると、なかなか撮れなくて、撮影に思わぬ時間を要する可能性があります。一日で何杯も食べ続けることは出来ませんし、結局、二、三日掛けて撮影するとなると、今度はコスパが合いませんが・・・」
なにを言ってるんだ。こいつは。
と恭一郎は思った。
撮影に、二、三日かかるなんて、当たり前じゃないか。
NHKのドキュメンタリーを見ろ。
シロクマを追っかけて、北極に五年間居続けるんだぞ。五年間。テント張って、髪も髭も凍ったままで、死にそうな思いをして、バッチリ画を撮ってくるんだよ。それに比べれば、屁でもないだろうが。
「確かに。その危険性はありますね。わかりました、トークだけでいきましょう」
藤川があっさり答えた
――えっ。
恭一郎は拍子抜けした。
「このネタは強いから、トークだけでいけると思います」
マークも藤川に賛同した。
この番組は、社長の藤川とマークがパーソナリティとなり、スタジオでトークを繰り広げるのがメインのコンテンツである。必要な場合には、ゲストを呼んだり、外ロケに出て、VTR素材を用意することもある。今回の場合は、二人の経験からしても、トークだけで充分盛り上げることが出来ると判断したらしい。
「菅原さん。ありがとうございます。もしよろしければ、今後ともご協力いただけますでしょうか。ギャラの件など含めまして、改めて、ご提案させて頂きます」
藤川が、丁寧に頭を下げた。
「あ、そうですか。私なんかがお役に立つようであれば、幸いです」
恭一郎も頭を下げた。
「菅原さん。良かったですね」
陽子がニコッと笑った。
* * *
恭一郎は、帰りの電車の中で一人、考え込んでいた。
窓の外を流れる街並みに、ただ視線を預けていた。
企画会議は思ったよりちゃんとしていた。
人気ユーチューバーと言われるだけあって、いいメンバーに、いいチームだ。
驚きもあった。
ABテスト。
再生回数。
エンゲージメント。
アルゴリズム。
コスパ。
タイパ。
自分が若い頃に、映像制作していた頃の会議では聞かない言葉の応酬だった。
ふと思った。
「コネクティング・ザ・ドッツって、こういうことなのか?」
と同時に、ほんの少し違和感を持った。
ジョブズの言っていた
「点と点をつなぐ」
というのは、人生を振り返ったとき、あの経験がここにつながっていたのか、と気づくことだったはずだ。
一方、この会社では、
視聴者・動画・広告・再生数・アルゴリズムという点を、意図的につないで成果を最大化する。
同じ「つなぐ」でも意味が違うのではないか。
と、まあ、こんな考えだから、俺は負け組なのかもなぁ。
第12話 終
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