第14話 商業ベースに乗れ

「よし。大丈夫だ。一人で出来る」

 加恋の父、西沢修三が車椅子から自家用車の運転席に体を滑り込ませた。

 心配そうに見守っている、加恋と和也。

「さて、ここからが問題だ。よっこらしょっと!」

 そう言って、一人で車椅子を折りたたみ、持ち上げた。


 加恋の父、西沢修三の車椅子の新型が届いた。

 新しいのは、軽量で、片手で折り畳みが容易に出来る代物だ。

 修三は、足が不自由でも乗ることが出来る、アクセルとブレーキがレバー操作の車を運転する。ところが、乗り降りするときは、一人では難しく、加恋や奥さんに手伝って貰うことが多かった。


「あっ。おじさん。大丈夫ですか?」

 和也が、思わず手を差し伸べた。

「カズ君。待って。大丈夫」

 加恋が、止めた。

「はは、和也君。君の優しさは嬉しいが、僕を甘く見ないで欲しいな」

 修三はそう言って、リクライニングシートを倒し、持ち上げた車椅子を、車の後部座席に移した。ガチャガチャと音をたてて、車椅子はハンドルやらレバーやらと、あちこちにぶつかっていた。

「ほら。出来た。軽いから簡単だ」

 ふふ~ん。と修三は笑った。


「すいません。出しゃばってしまって」

 和也は頭を下げた。

「とは言っても、お父さん。これじゃあ、車が傷だらけになってしまうわ」

 加恋が突っ込んだ。

「そうだな。もっと練習して、どこにもぶつけず、すんなり出来るようにならないとな」

 修三は苦笑いをしていた。


 和也は、加恋の父と母には、懇意にさせて貰っている。

 当然、「お付き合いをさせて頂いております」とのご挨拶は済ませており、その上で、撮影でキッチンをお借りしたり、双子の妹がお邪魔したりして、西沢家には、大変お世話になっていて、足を向けては寝られない。と思っている。

 自分に出来ることがあれば、なんだってお手伝いしたい。


「それでは、実地訓練といくか。乗りなさい」

 修三が、二人に声を掛けた。

 今のは、自宅の駐車場で一人で乗り込んでみた。

 今度は、イオンの駐車場に出向き、障害者用パーキングで、実際に乗り降りしてみよう。ということだ。

 すんなりいけば、修三の活動範囲が画期的に広がる。

 三人で、イオンに向かった。


 *   *   *


 イオン立体駐車場。一階、障害者用パーキングスペース。

 到着すると、すでに、三台あるスペースは埋まっていた。

「しょうがない。他に行って、試そう」

 修三がそう言うや否や、そこに止まっていた車から、若い男が二人降り、軽快な足取りで店の入り口に向かった。

 若い男は二人とも健常者に見えた。大笑いしながら、スタスタと歩いて行った。


「ちょっと待ってください。あいつら」

 和也は、ムカッときて、車から降り、二人の男を追いかけた。

「カズ君。いいから!」

 加恋が、そう声を掛けたが遅く、和也は飛び出していった。


 自動ドアをくぐって、和也が店内に入る。

 目の前で、二人の男は笑いながら歩いている。

「すいません。車椅子の方がいるんですけど」

 和也が、後ろから声を掛けた。


「はあ?」

 二人の男が振り返る。

「駐車場の事です。こっちには、車椅子を使っている方がいるので。そちらは、違いますよね?」

 和也も、最初から二人が健常者だと決めつけていたわけではない。

 外からは分からない事情があるかもしれない。

 だから、「健常者ですよね」とは聞けなかった。

 ただ、車椅子を使ってはいないですよね。と言いたかったのである。

 ところが――。


「ああ、いや。俺も足が悪くって」

 一人の男が急に足を引きずり出した。

「あ、俺も。俺も」

 もう一人も、同じように足を引きずって、歩き出した。

 二人とも、わざとらしく足を引きずり、そのまま店内に進んで行った。


「くそ~」

 和也は、それ以上何も言えなかった。拳を握り、自分の太ももを叩いた。


 障害者用の駐車スペースが広くなっているのは理由がある。

 一人で車椅子から乗り降りするときは、どうしても、車のドアを開けっぱなしにしなければならない。そのためにも、広いスペースが確保されてある。

 和也は、加恋のお父さんのお手伝いをすることで、初めて、そういう事情を知った。健常者が何食わぬ顔で、そこに駐車するのを見ると、腹が立ってしょうがなかった。


 一方、心配そうな顔つきで、加恋は助手席に座っている。

 修三が声を掛ける。

「加恋。お父さんは心配ない。一人で、もうどこでも行ける。お前が家を出ても大丈夫だからな」

 修三は、運転席に座って、真っすぐに前を向いていた。

「もう。なに言ってんの。お父さん」

 加恋は、目頭が熱くなってきて、思わず、そう言った。


 *   *   *


 和也は店内を出て、鼻息を荒くして車に戻った。

 どこにぶつけていいか分からない怒りが充満している。

 ――バン。

 後部座席のドアを、つい、力一杯閉めた。

「あいつら、絶対違いますよ。まったく!」

 ぼやきにも力が入っている。


「カズ君!」

 助手席の加恋が振り返った。眉間に皺が寄っている。

「ああいうこと、しないで。相手が変な人だったら、どうするの!」

「変なヤツだよ。あいつら。二人して、僕らも足が悪いんで。とか言いやがって」

「相手にしちゃ、ダメ!」

 加恋が語気を強めた。


 言いたいことはわかる。

 文句を言って、仕返しされたらどうするの。ということだ。

 結局は、和也のことを心配しているからこその、忠告だ。わかってる。

 だけど、納得いかない。

 怒りの矛先が加恋に向かった。


「ああいうヤツらのせいで、おじさんが苦労するんだよ!」

「お父さんは、何も言ってないでしょ!」

「じゃあ、あいつらを許せってか!」

「そういう問題じゃないの。これが現実なの。こういうもんなの」

 加恋が手で顔を覆った。

「クソ~・・・ゴメン」

 自分はなんで、加恋を責めているんだ。と和也は我に返った。


「お二人さん。お二人さん」

 修三が割って入る。

「すまないな。僕のせいで、嫌な思いをさせてしまって」


「おじさん。やめてください。そんな・・・」

「いや。やめない」

 修三がとって返した。

「和也君。僕は自分の娘が困っていたら、首を突っ込む。どんなことがあってもだ」

「はい・・・すいませんでした」

「もし、君たちが結婚して、離れて暮らしてても、僕は行くぞ」

「え?」

 和也は面喰った。結婚なんて言葉は初めて聞いた。

「もう一人でどこへでも行ける。いや、行けるようにするんだ。君たちの夫婦喧嘩がいつ勃発するか心配だからな。気が気じゃないよ。まったく。ははは」

 修三は高笑いを決めた。

「お父さん。なに言ってんの!」

 加恋が、覆っていた手を外し、顔を上げた。


 和也のスマホが振動した。

 尻ポケットから出して、見てみると、(株)ゲットからだ。


 内定通知だった。


 ――あっ!


 和也が固まった。しばらく動けなくなった。


「和也君。どうした?」

 修三が聞く。

「いや。なんでもありません」

 和也は、そう言うしかなかった。

 東京の企業の内定が決まったとは、今の今で、言い出せるわけがない。


 加恋は察したようだった。

「内定通知でしょ。良かったね。希望の会社に受かって」


「うん。あ、ありがとう・・・」

 和也は、どう答えていいか分からず、言葉だけを上滑りさせた。


 内定通知の文面には最後にこうあった。

「来月、一週間の体験入社を予定しております。弊社の業務内容を体験されてみて、入社されるか、ご辞退されるかをお決めください」


 *   *   *


「菅原さん、次の企画会議の日程なんですが」

 陽子ちゃんから電話が掛かってきた。

 例のユーチューブチーム「社会の出窓」の会議だ。恭一郎を正式にスタッフとして迎え入れてくれたのは嬉しいし、光栄だった。だが、


「陽子ちゃん。本当に申し訳ないけど、俺は辞退するよ」

「え?」

「彼等は凄い。俺なんかより、今の時代をずっとわかっている。俺が深入りすると、そのうち迷惑をかける気がする」

「はい? なに言ってるんですか」

 陽子ちゃんの声が裏返った。


「陽子ちゃんには、本当に感謝している。だからこそ、迷惑はかけたくない」

「じゃあ、迷惑掛からないように、仕事すればいいじゃないですか。何が気に入らないんですか?」

「気に入らないわけじゃないよ。彼らのスタンスに、俺の拘りがぶつかりそうな、そんな予感がするんだ」

「拘り? ぶつけなければいいじゃないですか。仕事として請け負って、結果を出す。それだけです。社会人として常識ですよ」

 最もだよな。それが出来れば苦労はないが。

「うん。・・・・・・・」

 恭一郎は返す言葉がなかった。


 だが、正直言って彼等について行く自信がなかった。

 会議で飛び交う言葉。

 ABテスト

 再生数

 エンゲージメント

 アルゴリズム

 コスパ

 タイパ

 これらに対して生じる違和感が頭から離れない。

 決して、それらを否定するわけではない。だが、どうしても引っ掛かる。

 もしかしたら、昔の経験が、まだ俺の中に残っているのかもしれない。


 約16年前のことだ。

 恭一郎が、会心の出来だと思って書き上げたシナリオが、とある映画会社の目に止まった。八千万円の予算がついて、企画が進められた。

 ミニシアターでの劇場公開も予定されていた。

 恭一郎にとって、新人監督としてデビューするには、これ以上ないほど恵まれた話だった。


 今と違って、配信サービスなどない時代だ。

 創った映画を上映するための劇場を押さえることは、簡単なことではなかった。

 劇場公開が決まれば、その先にも道が開ける。DVD化する際にも実績になる。テレビ局に放映権を売るにしても、劇場公開された作品であることは大きな意味を持つ。


 映画館を押さえ、劇場公開までこぎつけた。

 それだけでも、当時のプロデューサーの手腕は見事だったと言える。

 恭一郎は、ようやく自分の映画を世に出せるところまで来たのだ。


 しかし、いいことばかりではなかった。

 役者のキャスティングについては、芝居の出来ないアイドルの女の子をねじ込まれた。製作委員会は、どうしても、配役には人気のある役者、アイドルを置いて担保したがる。芝居の良し悪しは二の次だった。


 タイアップと言って、レコード会社に、これから売り出そうとするビュジュアル系バンドのハードロックをエンディング曲にさせられた。映画の雰囲気としては、エンディングはしっとりとしたバラードを、恭一郎は想定していた。


 極めつけは、シナリオの内容を書き換えろ。と言ってきたことだ。

 多少の変更点なら恭一郎は受け入れるつもりだった。ところが、指示されたのは、作劇上、かなめになる部分であった。これを書き換えると、自分の作品ではなくなる。そう思った恭一郎は、結局、この企画を蹴った。


 他の映画会社で自分のやりたい方向で企画を立ち上げたい。と思って、売り込んではみたが、結局、企画は立ち上がらなかった。

 せっかくの、監督デビューのチャンスを見逃したのである。


 昔から、商業ベースに乗る。という言葉がこの業界では横行していた。

 金になる見込みがなければ、映画をつくることは許されないのだ。

 無名の新人監督が書いたシナリオが面白い。というだけでは、映画は出来ない。

 ありとあらゆる錬金術が錯綜し、ようやく皆が納得したところで予算が降りる。

 ところが、それは、作品の質を担保するものではない。

 むしろ、作品を引っ掻き回すだけ回して、ズタボロにしていくモノが多かった。


 恭一郎が、いざ、その渦中に立って見ると、大きな虚しさに襲われた。

 ユーチューブの世界にも、あのときと同じものがある。

 そんな気がしてならなかった。


 恭一郎が黙っていると、電話口の陽子がボソっと聞いてきた。

「生活はどうするんですか?」

「うん。今、洗車のアルバイトをやっているって話したよね。少し体が慣れてきたから、洗車の台数も増えたんだ。当面はそれで、生活の方はなんとか・・・」

「ご病気の方に支障はないんですか?」

 陽子ちゃんが、か細く聞いてきた。

「うん。運動するのが必要な病気だから、洗車自体はいい運動になるんだ。ただ、熱中症には気をつけないといけないけどね」

「・・・・・・」


 陽子は、しばらく黙っていたが、口を開いた。

「菅原さん。私、お役に立てなくて、なんと言ったらいいか・・・」

「いや。違う。陽子ちゃん。俺は君と同期で良かった」

 少し間を開けて、続けた。

「良かったよ。本当に・・・良かった」

 声が少し震えていた。

「ありがとう」


 それだけ言って、恭一郎は電話を切った。



 第14話 終

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